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橋本さとしが生き様と想像力で生み出す新ファントムとは〜ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』インタビュー

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ファントム役:橋本さとし

ミュージカル界の巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバーが、ミュージカル『オペラ座の怪人』の後日譚として生み出した『ラブ・ネバー・ダイ』が、2025年1月17日(金)に東京・日生劇場で開幕した。

本作は2010年にイギリスで誕生し、翌年にオーストラリアでサイモン・フィリップスによる新演出版が評価され、そのオーストラリア版の演出で日本でも2014年から上演されている。今回は2019年以来、3度目の日本上演となる。

物語の主軸となるファントム役は、初演から続投の市村正親、再演から参加の石丸幹二に加え、新たに橋本さとしが参加することでトリプルキャストの布陣となった。

初日まで2週間を切った某日、都内スタジオにてオケ合わせ前の橋本さとしにインタビューすることができた。オーケストラが奏でる甘美なメロディが漏れ聞こえる中、初のアンドリュー・ロイド=ウェバー作品に挑む橋本の覚悟を聞いた。

ファントムを演じるということ

ーー橋本さんといえば『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』のハロルド・ジドラーや、『千と千尋の神隠し』の釜爺など、ユーモアのあるキャラクターを得意とされている印象があります。そんな橋本さんがファントムを演じるということに、驚いたミュージカルファンは少なくなかったのではないでしょうか。

僕は劇団☆新感線の出身ですからね。体を張ってなんぼな笑いやギャグもやってきましたけれど、今回のファントムという役は体というよりも心を使う役柄になります。これまで演じてきた役でいうと『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンや『ジェーン・エア』のロチェスターのような、どちらかといえば“陰キャ”と言うんでしょうか(笑)。ファントムはかなり根深い傷を負っていますよね。心の奥底に闇を抱えていて、その闇の中で光を求め続ける男。実は、僕自身がそういう男なんですよ。素の自分はどちらかといえば陰キャだと思いますし、劣等感のような負の要素も持っています。だからこそその反作用で、お客様を楽しませたいと強く思うんです。お客様に笑ってもらうことで、自分の役者としての存在価値を見いだすことができるんですよね。

とはいえ、今回は笑いに逃げることはできません。それでも「お客様を楽しませたい」という気持ちは、たとえそれが陰キャでも陽キャでも、コメディでもシリアスでも、表現方法が違うだけで一緒なんです。ファントムを演じるからには、お客様の心の奥底にある闇の部分をグッと掴んで、それを引きずり出していけるようなエネルギーを使いたいなと思います。

ーーそもそもの出演の経緯を聞かせてください。まずファントム役のオファーがきたのでしょうか?

そうですね。ただファントムは重要であり難しい役柄でもあるので、オーディション形式で海外スタッフに見てもらった上で、日本のスタッフの方々にも「橋本さとしでいける」と判断していただくプロセスはありました。

橋本さとし         写真提供:読売新聞社

ーーではオーディションを受け、ファントム役に決まったと聞いたときはどんなお気持ちでしたか?

正直、喜びよりも覚悟の方が大きかったです。世界的に有名なファントムというキャラクターを演じるということは、やはりそれなりの期待感を持たれているでしょうし、その時点で自分にとっては高いハードルがありました。そのハードルを越えて舞台に立つということは、役者の責任になります。そういう意味でのプレッシャーはやると決まったときから感じていますし、その期待は裏切りたくない。いや、期待通りでもダメなんだろうなと思っています。

日本初演の『ラブ・ネバー・ダイ』を観たときから、いつか自分もあの仮面をつけてアンドリュー・ロイド=ウェバーの世界で演じてみたいと思っていました。ロイド=ウェバーの『オペラ座の怪人』や『ジーザス・クライスト・スーパースター』などは、曲も含め本当に素晴らしい作品だとずっと思っていましたし、ひとりのファンとして大好きなんです。そんな憧れの世界観の中で実際に演じることはかなりハードルの高いことだと理解しつつも、いつかやってみたいという願望はずっとあったので、心して臨みたいと思います。

「悲劇のさじ加減を学ばせていただきました」

ーー稽古もいよいよ大詰めだと思いますが、稽古場の雰囲気はどうですか?

海外スタッフの方々が中心となって、とてもにこやかな雰囲気の中で作品を作っていくことができています。オーストラリアのメルボルン公演(2011年)からこの演出を作り続けてきた方々なのに、僕たちと一緒にいろんな角度から新鮮に作品を見てくださるんです。だから僕は演出のサイモンに役者として自分を委ねることができています。直接言葉は通じないかもしれないけれど、演技者と演出家としての信頼関係で会話ができている。僕はそう思っています。

ーーサイモンさんの演出を受ける中で特に印象に残っていることを教えてください。

この作品は悲劇だと思うのですが、悲劇って、役者が演じるとお客様は置いてけぼりになっちゃうんですよ。ファントムはとにかくストロングでいて、でも同時に弱りきってしまっている心を持っている。けれどそこで泣くという表現方法は使いません。「泣くのは演者じゃなくてお客様の方だ」とサイモンは言うんです。演者は涙を流すと役に入っているような気になりがちなんですけど、そこを踏ん張って耐える方が本当の悲しみに繋がっていくんじゃないかなと。そうした悲劇のさじ加減を学ばせていただきました。

ーー稽古の初期段階と比べて、橋本さんのファントム像は変化してきていると感じますか?

自分の生き様と想像力を役に投影するという意味では、役に挑み始めたときの自分と、稽古を重ねたときの自分が自然に変わっているのが正解なのかもしれませんね。ただ、与えられた役は橋本さとしというフィルターを通してしか生まれないものなので、そういう意味で変化はあまり意識していないんです。

もちろん稽古の中で日々発見はありますし、視野は広がっていると感じています。例えば、今までは点でしか見えなかったものが線で見えるようになってきました。『ラブ・ネバー・ダイ』はまず『オペラ座の怪人』でクリスティーヌを失ったファントムの10年間を前提として幕が開きますよね。作品では描かれていない空白の10年の想いが、稽古を重ねることで線として繋がって見えるようになってきたんです。

ふと思ったんですが、『オペラ座の怪人』を観たことがない人が『ラブ・ネバー・ダイ』を観たらどう感じるんでしょうね。観ていなくても楽しめることは間違いないと思いますが。とにかくこの作品はエンターテインメント性があって、豪華絢爛なセット、目にも楽しめる衣裳、そして何より音楽が持つ力がとんでもなく大きいですから。曲を聴いているだけで物語が紡がれていって、気付けばドーンと何か大きな感情が心に強く残る作品だと思います。体感時間も短くて、きっとあっという間に終わってしまいますよ。

橋本さとし         写真提供:読売新聞社


「役は役者の生き様が出る」

ーー先程もおっしゃっていましたが、橋本さんは役を演じることを「橋本さとしというフィルターを通して」とよく表現されています。その言葉に込めた真意とは?

僕は劇団育ちなもので、常に先輩や後輩という存在がいました。その中で、自分がどう見えているのかということをすごく気にしてしまう時期があったんです。行きたいあそこに行き着けない自分がいて、自分自身を見失っていたんですね。そんなあるとき、劇団☆新感線の座長のいのうえひでのりさんが、ポロッと「自信って何かわかるか?」と。普段、真面目な話なんて滅多にしないんですけど「自信っていうのは、自分を信じる力だ。自分が自分を信じなかったら、誰もお前のことを信じないよ」と言ったんです。それ以来、自分の生き様や自分から出てくる表現を信じようと思えるようになりました。もしそれが嘘なら、僕の演技が不正解だということ。自分を自分に委ねて、自分から生まれてきたキャラクターこそが真実だと思えるようになったんです。むしろ、そう思っていないと怖くて演じることができないんですよ。

例えば、(『オペラ座の怪人』の)ファントムのように人を殺めるといった非現実的なことは経験したことがないけれど、そこは自分の生き様と想像力をフルに使って演じるんです。そうして自分から生まれてきたものこそが、今の自分自身でもあるんですよね。“フィルター”という言葉を使っていますが、言い換えれば「役は役者の生き様が出る」ということです。“生き様”と言うほど、僕は偉そうな生き様はしていないんですけどね(笑)。

ーー来年には還暦を迎える橋本さんですが、歳を重ねるごとにどんどん役の幅が広がっていらっしゃいますね。

いやあ、ラッキーですね。いろんな景色を舞台の上から見せてもらいましたから。コメディから蜷川幸雄さんのシェイクスピアをはじめとする重厚な作品、小劇場からグランドミュージカルまでやらせてもらいました。そうして様々な役と出会って今の自分があるんだなあって。出会った作品も役もみんな、自分から生まれてきた子どものような存在なんですよ。それぞれに思い入れがありますし、今回のファントムも自分にとって大切な宝物になればいいなあ。いや、既になっていますね(笑)。

取材・文 = 松村 蘭(らんねえ)

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