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10年ぶりのサザンオールスターズ!渾身のアルバムに込められた桑田佳祐の鋭利なメッセージ

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2025年03月19日 サザンオールスターズのアルバム「THANK YOU SO MUCH」発売日

ファンへの感謝を込めた「THANK YOU SO MUCH」


サザンオールスターズ16枚目のオリジナルアルバム『THANK YOU SO MUCH』が3月19日にリリースされた。1年半の長期にわたるレコーディングが行われ、既に配信の形でリリースされたシングル6曲を含む全14曲である。また、前作『葡萄』から10年ぶりというインターバルを感じさせないのは、その間にも精力的に楽曲制作やコンサートを行ってきたからだろう。

『THANK YOU SO MUCH』というストレートなタイトルは、50年近いキャリアを支えてきたファンへの感謝を込めた、彼らからのさりげないメッセージにも思える。だが、個々の楽曲を聴いてみると、集大成的なアルバムというよりは、現在進行形のサザンを強く感じさせ、同時に桑田佳祐の音楽的ルーツを感じさせる内容となっているのだ。

1曲目「恋のブギウギナイト」は前作『葡萄』の1曲目「アロエ」を引き継ぐようなダンスミュージックで、妖しげなメロディーラインに乗る、少し懐かしいエレクトロディスコの趣がある。続くワイルドなロックチューン「ジャンヌ・ダルクによろしく」、そして能登半島地震に思いを寄せる「桜、ひらり」と、冒頭3曲は既に配信シングルで発表されたナンバーである。

鋭利なメッセージを持った「ごめんね母さん」「史上最恐のモンスター」


シリアスな表情を見せる楽曲は、近年のサザンの特徴の1つだが、今回のアルバムでは、現代世相を活写したファンクナンバー「ごめんね母さん」が強烈な印象を残す。同じダンスチューンでも「恋のブギウギナイト」とは全く違うアプローチで、この曲調にこの歌詞が乗るとはちょっと予測不能だった。近年の社会病理である振り込め詐欺や裏バイト、あるいはドラッグ密売といった若者層の問題が、当事者目線でストレートに歌われており、ウィスパー気味の桑田佳祐のボーカル、宅録風の密室的な音作り、ラストのAIのようなモノローグと、全てが不穏な空気を纏っている。

鋭利なメッセージを孕んだ楽曲は、8曲目の「史上最恐のモンスター」も同様だ。自然災害や環境破壊による地球の危機を、飄々とした言葉遣いで表現しつつ、さらりと "ウクライナの春は待ちぼうけ" というフレーズを挿入し、聴く者をドキッとさせる。世界の危機的な出来事が次々とニュースで流れる現代社会は、少し前の出来事もあっという間に忘れ去られてしまう、そんなことを思い起こさせてくれる1曲だ。

名曲「鎌倉物語」を想起させる「風のタイムマシンにのって」


もちろん、そういった作品ばかりではなく “サザンらしい” 楽曲も随所に配されている。原由子ボーカルの「風のタイムマシンにのって」は、TBS系のテレビ番組『集まれ!内村と○○の会』からインスピレーションを受け作られたたもの。

同番組のロケで、出川哲朗らが由比ヶ浜から稲村ヶ崎までの移動の車中で「勝手にシンドバッド」を流し、車の運転の速度と歌詞の風景が現実に現れるタイミングをピッタリ合わせるミッションを行った。この番組を見た桑田が感銘を受け、この歌詞を書いたとライナーノーツで語っている。デビューからずっと歌われている湘南風景、そして原坊のボーカルということもあり、1985年の名曲「鎌倉物語」を想起させるのも嬉しい。

「チャコの海岸物語」などにも通じる歌謡曲コラージュ「暮れゆく街のふたり」


桑田佳祐の音楽的ルーツや影響を解き放った楽曲もある。宇宙旅行の妄想と、現実の自分を交錯させたストーリーテリングが鋭い9曲目「夢の宇宙旅行」は、イギー・ポップの名前も登場するグラムロック。デヴィッド・ボウイのアルバム『スペース・オディティ』的世界観の桑田流解釈だろうか。

昭和テイストのモダン歌謡「暮れゆく街のふたり」は「チャコの海岸物語」などにも通じる歌謡曲コラージュ。桑田の音楽的ルーツの1つにこういった草創期のジャパニーズポップスがあることを再認識させてくれる。そしてラス前13曲目に配された「神様からの贈り物」では、日本のポップミュージックの歴史を辿り、先人へのリスペクトとオマージュを捧げている。

歌詞に、 "胸の振り子" "上を向いて歩こう" "クレイジー(キャッツ)" "シャボン玉(ホリデー)" など、随所に偉大な作品、アーティスト、番組名などを散りばめ、"歌は世に連れ" を地でいく楽しさと、音楽への敬意を最大限に表明しているのだ。

47年ぶりに音源化された「悲しみはブギの彼方に」


そして今回、最も驚かされたのは11曲目「悲しみはブギの彼方に」だ。デビュー前に作られ、ライヴのレパートリーとして歌われていた楽曲が47年ぶりに音源化されたのだ。当時の音源をベースに、アレンジも桑田のブルージーな歌唱法も当時のままに、現在のサザンの演奏で蘇らせている。曲調も初期のサザンが影響を受けたリトル・フィートへのオマージュを感じさせるものだが、とはいえ "ちょいとお待ちよ車屋さん" と、美空ひばり「車屋さん」の一節を挿入する遊びも面白い。

これに続く「ミツコとカンジ」は、大のプロレスファンである桑田の趣味性が全開したナンバー。タイトルはもちろん、アントニオ猪木とその奥方だった方のお話である。桑田が猪木フリークであることは有名だが、昭和世代の、特に男性陣にはブッ刺さる曲であろう。この2曲が敢えてレイドバック風の1970年代サウンドで表現されているのは、サザンの原点回帰とも、この時代の音楽への限りなき愛情とも受け取れる。そしてアルバムは、神宮外苑の再開発に関しての問題提起、意見交換の重要性を歌った「Relay〜杜の詩」で静かな余韻を残して終わる。

新しさと普遍性が共存する渾身の一作


『THANK YOU SO MUCH』の楽曲はどれも、日本人であるなら体験した出来事、共感を覚えるエピソードや一度は立ち止まって考えたことのある事象が歌われている。シリアスな社会的メッセージと、大衆音楽としてのキャッチーさを両立させている。そして、日本人の精神性に寄り添い、自らの音楽的ルーツにオマージュを捧げ、故郷・茅ヶ崎をこよなく愛する。

これらが全て共存しているのが『THANK YOU SO MUCH』というアルバムの魅力であり、サザンオールスターズというバンドの偉大さである。デビュー47年にして、新しさと普遍性が共存する渾身の一作を届けてくれたサザンには、それこそ “THANK YOU SO MUCH” という感謝の言葉しかない。

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