下北沢の暗渠を歩く。埋まっているのは線路だけじゃない
「暗渠(あんきょ)」とは、もともとあった川や水路を地下に移したもののこと。都心の多くの川は下水道に転用され、見えない流れとなって今でも地下に存在している。また完全に埋められた単なる川跡も、そこには川の魂が残っていると考えればそこも広義の暗渠である。足元の暗渠に気づけば、見慣れた街がいつもと違って見えてくる!
案内人=髙山英男(取材・文)
中級暗渠ハンター(自称)。吉村生との共著に『暗渠マニアック!増補版』(筑摩書房)、『暗渠パラダイス!』(朝日新聞出版)、『まち歩きが楽しくなる 水路上観察入門』(KADOKAWA)、『「暗橋」で楽しむ東京さんぽ 暗渠にかかる橋から見る街』(実業之日本社)など。
【見に行く前に】暗渠探しのポイント
ポイント1 暗渠ANGLE(ANkyo General Level Explorer)
暗渠は、人が川に手を入れることによって作られる。その手の入れ具合、つまり加工度によって、暗渠も全く違う景観を見せてくれる。
上図は、人の川への手入れ具合による暗渠景観をモデル化したものだ。レベル3までくるとぱっと見は普通の道路であり、暗渠かどうかなかなか判別がつかない。下記の「暗渠サイン」などのエビデンスを含めた複合的かつ高度な判断が必要となってくる。
ポイント2 暗渠サイン
暗渠の存在を示唆するものを「暗渠サイン」と呼ぼう。経験に基づいて暗渠がある確からしさを「暗渠指数」とし、その高低でまとめたものが上図だ。
「橋跡」や「水門」、水の神「弁財天」が暗渠の側に多いのはイメージしやすいだろう。意外なヒントとなるのが「車止め」。地下に水路を抱えたデリケートな暗渠にとって、重いものは天敵。そこで車両の進入を防ぐため、暗渠の出入り口に設置されるケースが多いのだ。
ほかにも「銭湯」や「豆腐店」など水関連の施設は、排水の利を求めて川の側に建てることが多かった。また、湿地などで開発が後手になり用地取得がしやすかったのか、広大な敷地の要る施設はかつての川べりに多い。
いざ! 暗渠パラダイスへ!
〈A~G〉森巌寺川
〈H~L〉北沢川溝ヶ谷支流
〈M~P〉だいだらぼっち川
〈Q~T〉北沢川(北沢川緑道)
暗渠に囲まれた地、下北沢
下北沢は高台の街だ。駅から東西南北どこでもいい、500mも歩けば、大なり小なりの「谷」があるのが分かるだろう。谷があればそこには水の流れがある(あった)はずだ。
下北沢駅の北西から南にかけては、代田6丁目付近から始まる「だいだらぼっち川」が流れ、北沢5丁目と4丁目それぞれから集まって駅の東側を「森巌寺川」が貫き、これらが合わさって現在緑道となっている「北沢川」に注いでいる。加えて1つ谷を越えた京王井の頭線池ノ上駅の東側からも「北沢川溝ヶ谷支流」と呼ばれる川が、この北沢川に合流してくるのだ。
重ねて笹塚から東大裏に向かっては、江戸時代に掘られた人工の水路「三田用水」まで通っているではないか。さらに、決定的な証拠資料は持っていないが地形的に「ココぜったい暗渠!」と目をつけている下北沢一番街の谷もある(商店街には川の痕跡もたくさんあるし、路傍〈ろぼう〉の古老から「ここは川だったと聞いている」との証言も今回ゲット!)。下北沢はかくのごとく暗渠に囲まれた地なのだ。
さらに下北沢がすごいのは、実に多種多様な暗渠景観に出合えることだ。暗渠は加工度によってその姿が全然違うのだが、この近辺ではなんと「暗渠ANGLE」のうちレベル1〜4が揃っているのである。まさにぎゅっと見どころが詰まった暗渠パラダイス。
そんな下北沢を「E & I」の視点で歩いてみよう。「E」とはEvidence(証拠・痕跡)。よく見ると暗渠には「暗渠サイン」など、川だった痕跡が残っている。川との因果関係を考えながら、証拠を探す視点だ。「I」とはImagination(想像・空想)。そこが昔のように川だったらと、眼の前の景色を自由気ままに見立て・妄想する視点である。
「E & I」で見えてくるのは、あなただけの新しいパラダイスだ。
撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2025年1月号より