「功も罪もある」とのんきに構えていると民主主義はガタガタと崩れるでしょう。注目の「SNS劇場型」選挙を考える。
宮崎県沖の日向灘で発生した地震にひやりとしましたが、年始から大惨事が続いた昨年に比べると普通に迎える年の始まりのありがたさを痛感します。ただ、旧知の議員や首長から「参院選と統一地方選はどうなるのか」「この国はどこへ向かうのか」との嘆きの声が届きました。「1票の選択を変えた」とまで言われるSNS(交流サイト)への戸惑いです。
今年、静岡県内では参院選のほか10市6町の首長選、静岡市など8市4町の議員選が行われます。夏の参院選は衆院選との同日選が取りざたされています。
選挙でのネット利用は2013年の公選法改正で解禁されました。立候補者に関する情報の充実や政治参加の促進を目指しましたが、ここに来て陣営がネット動画のアクセス数を稼ごうと過激な行動を繰り返したり、真偽不明の「情報」が拡散したりする弊害が顕在化しています。
関係法令には虚偽事項公表罪や名誉棄損罪、侮辱罪、選挙の自由妨害罪などの規定がありますが、ネット上で瞬く間に拡散される偽誤情報や誹謗中傷を差し止める効果は限定的。こうした状況を「SNS劇場型選挙」として危機感を訴える識者がいます。信頼できるニュースサイトの重要性を認識せず、SNSは功罪があるが低投票率の改善につながると楽観しているなら民主主義はガタガタと崩れ、地方政治は危機に陥るでしょう。
既得権者、守旧派とおとしめ
石破茂首相は元日のラジオ番組で昨年11月の兵庫県知事選に言及し「SNS現象は民主主義の正しい情報の伝え方が問われている。違和感を持った人がかなりいるのではないか」と述べました。私はこの見解に賛同します。
斎藤元彦知事がパワハラなどを告発する文書に絡んで失職したことによる選挙のことで、県議会や県職員、既存政党、報道機関は既得権者であり守旧派だとおとしめられました。一部のSNS信奉者は報道機関のファクトチェック(真実性の検証)が不十分と決め付け、特定の「情報」を報じないとみるや偏向報道のレッテルを貼り続けました。
「事実」は何かを有権者が多様な見解の中から見定め、判断することは脇に置かれ、対立候補を蹴落とし巨大な既得権益に斎藤氏が立ち向かう「政治家再生」の筋書きが最終盤に向け出来上がっていきました。敗れた新人候補は偽の公約を拡散される被害の対応に追われ、敗戦の弁で「何と戦っていたのか分からなかった」と振り返りました。
また、昨年の衆院東京15区補欠選挙では他陣営の街頭演説を拡声器で妨げ、選挙カーを追い回す様子を動画サイトで配信した政治団体が公選法違反(自由妨害)の疑いで摘発されました。都知事選挙では選挙ポスターの掲示枠を事実上売買する「掲示板ビジネス」が現れました。「違法でなければ何をしてもいい」のでしょうか。
国会は法改正を検討していますが、憲法が保障する表現や政治活動の自由を制限しかねないとの懸念に与野党とも苦慮しています。立候補者を立て自らの政策を自由に表明する機会を得たのに、その権利を他陣営の誹謗中傷や選挙の自由の妨害、あるいは自らの当選ではなく他陣営の支援に使うこと、さらにその権利を事実上売買することなど想定外の事態が次々に生じているからです。
「推し活」と選挙
熱狂的なファンが好きなアイドルを「推し」と呼んだことが語源とされる「推し活」は老若男女に広まっています。推し活では、推しが一生懸命に頑張る姿の情報収集にはすこぶる熱心ですが不都合な事実は議論されにくい。また、SNSで拡散する危うい情報であっても推し仲間からの拡散だとにわかに真実味を帯びます。
SNSは広範な情報にアクセスし、人々のコミュニケーションを活発化させる現代社会に欠かせない道具です。しかし、多くのサイトは使い込むほどにその人の興味関心に近い情報が表示されやすい仕組みになっています。いったん自分の仲間と一緒に共感する「推し」の世界に突入すると、あふれる情報でのめり込んでいく環境に置かれるのもSNSの特徴です。この「推し」を立候補者や政治家に置き換えれば、SNS劇場型選挙を巡る懸念の一端が説明できます。
「米国の政治は壊れている」
自由と民主主義の超大国アメリカの選挙制度が危機に瀕しています。著名な政治リスク専門コンサルティング会社「ユーラシア・グループ=Eurasia Group」はこのほど公表した2025年10大リスク」のリポートで、米国の政治的状況について「トランプ次期大統領が米国の政治システムを壊すのではない。既に壊れている」と断じました。
トランプ氏は、大統領だった当時に都合の悪い報道を「フェイク(うそ)」と断定して言い逃れました。ワシントン・ポスト紙はトランプ氏が発した「虚偽や誤解を招く主張」を記録し、その数は大統領就任から約1300日間で2万件を超えたと報じました。
不倫のもみ消しに多額の金銭を使い、民主主義の根幹である選挙結果に異を唱え続け、支援者に議事堂襲撃を煽って死者まで出した人物が唱える「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」。この人物の訴えを信任し、国家を率いる大統領に選んだ選挙制度を私たちはどう受け止めたらいいのでしょうか。
日本でも「トランプ現象」が
日本社会は欧米のように、価値観の違いによる社会の分断やポピュリズム(大衆迎合)政党の躍進は起きていません。私は、支え合い、他者とのかかわりの中で自由を尊重する風土は維持されていると思います。
ただ、そんな風土であっても新聞やテレビをオールドメディアとさげすみ、仕事でも私生活でも会話はスマホの画面で事足りると考える人が増殖すれば、容易にSNSを悪用する政治勢力の術中にはまるでしょう。権力者が大衆を扇動するトランプ現象が日本で起きないと断言できません。ひょっとしたら、今年の参院選で顕在化するかもしれません。中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。