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「あらゆるものが舞台に出る」尾上右近、京都南座『三月花形歌舞伎』で上方和事の大役「河庄」の紙屋治兵衛を勤める

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尾上右近 撮影=塚田史香

尾上右近が、京都南座の『三月花形歌舞伎』に出演する。公演は3月2日(土)より24日(日)まで。右近は、近松門左衛門の傑作『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』より「玩辞楼(がんじろう)十二曲の内 河庄(かわしょう)」にて、紙屋治兵衛(かみや じへえ)を勤める。右近に『三月花形歌舞伎』への思い、「河庄」への意気込みを聞いた。

■それぞれが光だと信じるものを追いかけて

南座での『三月花形歌舞伎』は、右近にとって「仲間の大切さを思う公演」だと話す。

「2021年3月の南座で、中村壱太郎さんを座頭に、初めて自分たちに本興行を任せていただく経験をしました。僕にとっては、古典のお芝居で主役を勤めるのも初めてで。芝居はもちろん、この公演を盛り上げようと、皆で必死で取り組みました。一丸となって過ごした熱い日々は、今でも折に触れて思い出します。春の木漏れ日のような、あたたかい空気は一生忘れないと思います」

右近は歌舞伎座での「弁天娘女男白浪」など活躍の場を広げた。2023年3月、2年ぶりに南座の『三月花形歌舞伎』に出演した。心境に変化があった。

尾上右近

「また呼んでいただけた。しかも「仮名手本忠臣蔵」五・六段目の早野勘平という大役です。うれしさや感謝は2年前と変わりません。でも「やらせていただく」というばかりの自分に、違和感を覚えました。もっとフラットな姿勢で、僕らは五・六段目を当たり前にお見せできないといけない世代ではないのか、と気がついたんです」

3月の南座で共演した俳優たちは、それぞれに大きな役を勤めている。今年1月には歌舞伎座で、壱太郎と右近が「京鹿子娘道成寺」を勤めた。

「『三月花形歌舞伎』で仲間の大切さを知り、同世代の誰かが大きな役を勤める時、ライバル意識とは別の気持ちを強く持つようになりました。僕らは歌舞伎という世界で、それぞれが光だと信じるものを追いかけている。皆で一緒に、歌舞伎を大きくしていこうぜ! という感覚です」

■「河庄」かぁー!

3月2日(土)開幕の『三月花形歌舞伎』では、上方歌舞伎の和事の大役、「河庄」の治兵衛に挑む。

「中村鴈治郎のおじさまのお許しを得て、「玩辞楼十二曲の内」と銘を打たせていただきます。今年は、近松門左衛門歿後三百年の年。2018年に自主公演(第四回『研の會』)で、近松の「封印切」をさせていただいた時も、鴈治郎のおじさまにご指導いただきました。それ以来、近松の作品にいっそう魅力を感じるようになりました」

尾上右近  (c)松竹

「河庄」の治兵衛は、坂田藤十郎の当り役だ。鴈治郎家が大切に上演を重ねてきた。藤十郎の孫で、鴈治郎の長男である壱太郎からの提案だったのだろうか。

「僕がやりたいと言いました。壱太郎さんはむしろおよび腰で(限りなく壱太郎さんの声で)「河庄かぁー!」という反応でした(笑)」

治兵衛には、妻子がありながら遊女小春と深い仲に……。壱太郎が、遊女小春を勤める。

「壱太郎さんは小春が初役ではありません。お家の芸として、役にも作品にも思い入れがあるでしょう。それでも、すぐに鴈治郎のおじさまに話をしてくださり、ご指導いただけるよう配慮してくれました。そして「ケンケンがやるなら!」と小春役で付き合ってくださいます。本当に感謝しています」※研佑。右近の本名

治兵衛の兄・粉屋 孫右衛門(こや まごえもん)を勤めるのは、中村隼人。

「孫右衛門は優しいお兄さんですよね。治兵衛と小春のことを思って話をしてくれる。隼人くんと今回ほどしっかりと組んでお芝居をする機会は、今までありませんでした。上方の空気をまといながら一緒にどこまでいけるか。俺たちでやってみようぜ! という気持ちです。楽しみです!」

左から中村隼人、中村壱太郎、尾上右近  (c)松竹

昨年の南座では、五・六段目の勘平を、江戸式にこだわって演じた。「南座の皆さまに、江戸っ子の勘平のカッコ良さをおみせします」とも語っていた。今年は違う。

「冗談まじりで本音を言うと、今年は上方に魂を売って、上方の魂をもった役者として、上方の「河庄」を目指します。関西のお客様に「こいつ、今年はめちゃくちゃ上方に媚びてきたな!」「お前の信念はどこにあるんだ!?」とツッコんでいただけるくらい(笑)。近松さんにも喜んでもらえたらうれしいですね」

「河庄」の魅力を聞くと「振れ幅の大きさ」を挙げる。

「悲劇と喜劇。陰と陽、愛と暴力。振れ幅の大きな要素が、表裏一体に混在してそこを自在に行き来します。最終的には悲劇へもつれ込んでいくけれど、ドロドロをドロドロのままやるのではなく、おかしみがあり、会話劇でもあり、かと思えばドーンと義太夫が入り、歌舞伎の古典の世界へと連れて行かれます。そして全体に、やはり鴈治郎家が作り上げてこられた魅力がありますよね。それはいわゆる型でもない独特の風味とかに近い物かもしれません」

■近松物「嘘をつきながらできるものではない」

取材に先立ち、右近は治兵衛のスチール撮影にのぞんだ。

「歌舞伎には型があり、こうすればこの感情にみえる、といった表現の形があります。でも「河庄」では、そのような形をいったん捨てて、「悔しい」時はまず本当に悔しい気持ちになる。その時の(身体や表情の)形を大事するってことなのかな、と感じました。この感覚は、僕が経験してきた歌舞伎の中では異質です」

「玩辞楼十二曲の内 河庄」紙屋治兵衛=尾上右近  (c)松竹

異質な感覚は、自主公演で「封印切」を勤めた時にも経験した。

「「封印切」の前の月、初めて歌舞伎以外の演劇に出演しました。社会派の翻訳劇(『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』)で、歌舞伎の「型で演じる」とはかけ離れた世界。思えば僕は、歌舞伎の芝居で「この台詞がどんな感情で何を言おうとしているか」なんて、考えたことがなかったんです。先輩のお芝居で学び、「この台詞はこういう音程なんだ」と真似ながら、「なるほど、悲しい気持ちってことなんだな」と分かっていくものだと思っていました。だから役の感情とか自然な表現とか、手も足も出ませんでした。日常生活で「あ、そうだ」と呟いたら、「今の発声がリアルか……とすると? 今どういう感情だった? 音程は? いつ息を吐いた?」と常に意識して手探りで(笑)」

尾上右近

「そんな試行錯誤の後に「封印切」の忠兵衛を経験でき、良かったと思っています。これをきっかけに、歌舞伎も演劇なんだ、と目覚めたので。「封印切」は、忠兵衛という人間の日常の中で起きた劇的な出来事の一部分を切り抜いたもの。それをドラマチックだというのなら、ドラマチックも日常の一部。近松の作品には日常の自然体を感じるリアルさがあり、感情に嘘をつきながらでは、到底やれないと思いました。「壱太郎さんが演じる梅川を、本気で好きでなくては忠兵衛はできない」と思いましたし、芝居の中で、純粋に役の感情として涙が出たのも初めて。ひたすら夢中でやりました」

自主公演の「封印切」から、本興行の「河庄」へ。ふたたび近松物の大役に挑む。

「芸は人なり。今年の僕のテーマでもあります。以前は、仮にいい加減な生活をしていても、先輩の型を覚えて上手くやれる人は舞台でも良い芝居ができるのだろう。生活は隠せるだろう、と思っていました。でも、そんなことはない。あらゆるものが舞台に出る。近松の作品は、特に顕著にあらわれる気がします」

右近の声は明るい。過去の取材で「歌舞伎役者の修業は、自分だけの無限階段をそれぞれにのぼり続けること」と話していたことがある。その時も、ストイックな言葉を口にする一方で、ワクワクしているような表情だった。

「ゴールのない仕事ですから、無限階段をのぼり続けることは、ある意味で義務だと捉えています。でも決して、厳しい修行に耐えてこそ……という話ではありません。お客様は、僕らの努力に感動するわけではありませんから。少なくとも努力ではないし、上手ければ良いというものでもない。何に感動するかといえば、いまどき言葉でいうならバイブスとか、もっと大きくは人間力とか。それを届けるためにも、まずは自分が大好きな歌舞伎に、いかに夢中でいられるか。世阿弥の「離見の見」という言葉でも言われるように、客観性は常にもっていたいです。その上で無限に続く階段を、楽しく夢中でのぼり続けること。それなしには続けられませんし、お客様にも届きませんよね。「河庄」では、「魂抜けてとぼとぼうかうか」という言葉で花道へ出ます。その時に自分がどんな感情になるのかは、まだ想像もつきません。でも、いっぱい失敗もして、いっぱい恥もかけばいいと思っています。やりたいと言ったのは僕ですからね。すべてが舞台に出る、という気持ちで一所懸命やりたいです」

尾上右近

南座『三月花形歌舞伎』は、2024年3月2日(土)から24日(日)まで。右近は、中村壱太郎、中村隼人とともに「忍夜恋曲者 将門」と「女殺油地獄」にも出演する。

取材・文・撮影=塚田史香

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