23人の仲間に5000万円を貸し、回収不能で老後破産状態となった後期高齢者の話。
先日、佐藤氏(仮名)という、後期高齢者のギャンブル仲間と東京競馬場に行った。
またも2人して馬券でやられ、府中市内の安い酒場で恒例の反省会を開催すると、佐藤氏はこう切り出した。
「●●のこと知ってるだろ? この前、病気で死んじまったよ。これで、(佐藤氏からの)借金を完済せずに逃げ切ったヤツは3人目。香典代わりにしちゃ、額が大きいが、死んじまったもんは、しょうがねえよな」。
佐藤氏は、仲間内から佐藤の御大(以下、御大)と呼ばれ、友人知人、特に後輩に頼りにされると、最大限尽力する義理人情派。
人生相談やトラブル対応の助言はもちろん、金銭的にも多くの仲間の相談に乗り、相手が不義理を働かない限り、また自身の懐が許す限り、多くを聞かず、金を貸してきた。
この原稿を書くため、御大が貸した金銭の詳細と現状を聞いたが、
過去に23人の仲間に数十万円から最高で1800万円もの金を融通し、これまで貸し付け総額は5000万円を超える。
私も債務者23人の中の1人だったが、すでに完済しており、御大いわく、完済した人間は13人で、いまだ返済中が5人、音信不通が2人。
そして完済せずに亡くなった人が、冒頭の●●さんを含め3人だ。
あくまで仲間内の、任意の貸し借りだから、貸金業者のような、執拗な取り立て行為はしない。
相手の状況を把握しながら、やんわり催促しつつ、我慢強く債権回収を行っている。
仲間の中には
「御大は人が良すぎる」
「今になって自分の首を絞めているなんて、自業自得だよ」
「むやみやたらに金を貸した御大が悪い」
などと言う者もいるが、困っている仲間を見過ごせない性分だから、仕方ないのだろう。
御大と私は、かつての仕事仲間で、今も競馬と麻雀でつながっている。
私が芸能の取材をしていた頃、長く芸能界に身を置いてきた御大は、重要な情報源だった。
御大が金を貸した相手の多くも芸能関係者で、私がよく知る人間も多かった。
そのため、「〇〇は、最近どうしている?」などと、御大が金を貸している共通の知人の状況を聞いてくることも少なくなかった。
私は弁護士でも、法務大臣に許可された債権回収会社(サービサー)の人間でもない。
だから、御大の債権の取り立てを代行することはできないが、債務者の状況や回収の相談を受けることはある。
「お前も知っているバンドマンの▽▽、毎月5万ずつの返済も滞るようになって、ついにメールも返さなくなった。今、ヤツがどうしているか、知っているか? どんな状況であれ、義理を欠いちゃいけないよ」
「✕✕(某芸能事務所)の重鎮だった◆◆には数百万円ほど回しているが、彼も今や年金生活者。懇願されて、月々の返済を3万に減らしたが、いつ完済となることか。これじゃ、死んでも払いきれない住宅ローンと一緒だよ」
「デビューさせた〇〇(某歌手)には3000万円以上つぎ込んだが、これは彼が売れて見返りを期待したバクチだから仕方ない。ただ、仕事とは別に、個人的にも300万円貸していて、これはきっちり返済してもらわないと。でも逃げ回っていて、連絡が取れずに困っているんだ」
「その点、(某芸能人のマネジャーだった)△△は偉いよ。芸能界を去ってマグロ船に乗ったり、調理師の免許を生かして温泉宿の厨房で働いたりして、きっちり500万、完済したからな」
競馬場の帰り、府中の酒場の反省会で、御大は借金回収の悲喜こもごもを熱っぽく語った。
*
今は借金回収に苦慮する御大だが、これまでの人生では、多くの強運に恵まれてきた。
宝くじでは6000万円を当て、競輪で約800万円、馬券では約1500万円もの払い戻しを受けたこともある。
都心の人気エリアに購入したマンションを売却した時など、地価の高騰で、購入額より3000万円も高く売れたというから、うらやましい限りだ。
働き盛りだったバブル期の80~90年代は、芸能界での定期収入とは別に、事務所を通さない“闇営業”的な仕事で、相当な額を稼いだとも聞いた。
「とにかく、あの頃は金が回っていたよ。いつも財布に10万円の束が5~6束は入っていたから。それにハイレート麻雀でも結構稼いだね。若い頃、麻雀で学費(の一部)や下宿代を払っていたくらいで、麻雀には自信あったから。よく(大物芸能人の)●●らと卓を囲んだが、結構な勝率だったよ。競馬などの公営競技で勝ち切るのは難しいが、麻雀は別だからね」
そんな金銭感覚だったから、金の貸し借りのハードルも低く、23人もの仲間にトータル5000万円を超す金を融資(もちろん無利息)したのだろう。
バブルが去り景気が暗転し、自身も歳も重ねて年金生活者になった今、いまだ引きずる過去の金銭感覚、そして無計画の貸し付けが重くのしかっている。
バブル期から頻繁に利用しているローン、クレジットの債務額は500万円を超え、その一部を残し、某司法書士事務所で債務整理もした。
「一応、年金はあるけど、債務整理の返済に生活費、通信費などで赤字続き。人に金を貸したことはあっても、借りたことがなかった俺が、今は複数の仲間に頭を下げて数万円を借りる生活になるとは思わなかったよ。金を貸している相手も高齢化しているし、これから、実際にどれだけ回収できるか……。島倉千代子の歌じゃないけど、人生いろいろ、だよ」
かつて10万の束で財布をパンパンにし、友人知人に5000万円を超す金を貸すほど金回りの良かった御大。
某歌手のデビューに尽力し、CDを立て続けに3枚出したあたりをピークに、金策に苦慮するようになったという。
「自分の人生に後悔したくはないが、金を甘く見たツケが今、一気にのしかかっている状況だな。仲間に貸した金は、互いの付き合い、人間関係があるから、まだいいが、芸能界で一発当ててやろうなどと、(某歌手のデビューで)数千万も投資したことは失敗。今でも後悔しているよ」
今は、返済中の債務者5人、それに音信不通の2人の、まさかの「臨時大口返済」に、淡い期待を寄せているという御大。
「後期高齢と言われる歳になって、債務整理の定期返済に、友人への借金依頼、その返済に苦慮するとは、われながら情けない。でも、たまにふと思うんだ。まだ完済してくれていない7人の仲間が、どんな思いでいるのかなって。
『悪いと思うが、返したいけど返す金がない』のか、あるいは『退職金や遺産相続できっちり返そう』なのか、中には『このまま逃げ切ってやろう』って不届きなヤツもいるのかなと。
時すでに遅しだが、金が絡むと、その人間の本質が見えてくるから、面白いもんだよ。金の貸し借りが絡まない、一見健全そうな付き合いとは一味違った、人間くさい一面が見えてくるからね」
別に、仲間内での金の貸し借りが良くない、軽はずみな投資は良くない……、なんて野暮なことを言う気はない。
人生いろいろ、人もいろいろ、だから。
他人が他人の人生にあれこれ言う筋合いはない。
ただ、かつて23人もの仲間に5000万円を超す現金を貸し、今は回収不能で老後破産状態の後期高齢者もいる。
子供の頃、還暦前後の大人を「偉い人」、70歳を超える高齢者を「人生を悟った人」と勘違いしていたが、自分の人生を顧みても、人生、死ぬまで修行じゃないか。
清廉潔白と言える人間など、そうはいないんじゃないか。今は心底、そう思っている。
事実は小説より奇なり。
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【著者プロフィール】
小鉄
取材記者を経て、現在はフリーの執筆者。全国の地方都市を取材拠点に、最近は自身の現状も踏まえ、「生活苦」にスポットを当てた執筆に注力。趣味は地方巡りで、滞在地の史跡、神社仏閣、夜の街には欠かさず足を運んでいる。
Photo by:Ami Shinozawa