クランク 〜 鞆のカフェが挑戦する「だれもが暮らしやすいまち」づくり
福山市鞆町には、地元の人たちの間で「クランク」と呼ばれている場所があります。
クランクとは、カクカクした曲がり角がある道路のこと。
2023年7月、鞆町のクランクに“やりたい”を応援する福祉施設が誕生しました。
「福祉施設」であり、心から癒やされるご飯やスイーツを提供する「カフェ」でもある施設の名前は、建てられた場所にちなんで「クランク」と言います。
クランクイン、クランクアップなどといった言葉からも連想されるような、関わる人たちにとって新たな物語が始まる場所であるようにとの想いが込められているのだそうです。
敷地内には公園や駄菓子屋もある不思議なクランクに、心躍らせながら取材に行ってきました。
鞆の名産品を使ったメニュー
クランクには、鞆の名産品を使ったスープやから揚げなどのおいしいごはんものや、スイーツメニューがあります。
こだわりのスープとおにぎり
お店の看板メニューにもなっている「スープ」と「おにぎり」。おにぎりは、「塩おにぎり」と「寝かせ玄米おにぎり」の2種類があります。
白米は食味評価の最高ランク『特A』を取得している、岡山県産の「にこまる」を使用。
透明感のある白くつやつやしたお米は、頬張ると口のなかに甘みが広がります。「おいしい!」と思わず笑みがこぼれました。
もうひとつ、気になっていた寝かせ玄米おにぎり。見た目は赤飯に似ています。
玄米に小豆と塩を加えて圧力鍋で炊いたあと、2日〜4日保温の状態で寝かせているので、食感はもちもちとしています。甘みもあり、旨みが凝縮しているように感じました。
おにぎりに使用している塩にもこだわりがあります。なんとこの塩は、香川県三豊市父母ヶ浜の海水を汲んで、それを2週間以上薪の炎を使って釜で炊き上げ作られたものです。よりいっそうおいしさを感じた理由が、わかりました。
この日注文したのは、お店で一番人気のあるから揚げが4個もある「から揚げセット」です。
ランチのスープは4種類のなかから選べるので、「豚汁」を選択しました。
豚汁のなかには酒粕が入っています。酒粕は、鞆の名産「保命酒」の原酒を絞るときに出るもので、入江豊三郎本店の保命酒のものを使用しており、飲んでみると少し甘さが感じられます。
かつおや昆布などの出汁が効いた豚汁は、やさしい味わいで何杯でも飲めそうなほどのおいしさ。
から揚げには入江豊三郎本店の保命酒の麹を使った自家製の塩麹に漬け込んであるので、やわらかくジューシーでした。
なお、から揚げは小麦粉とたまごを使っていないので、鶏卵や小麦にアレルギーのあるかたでも安心して食べられます。
期間限定のスイーツ
クランクはスイーツも、おいしそうなものばかりです。
そのなかでも公式Instagramを見て気になっていた、期間限定「苺のブリュレパフェ」を注文しました。
表面はクリームブリュレになっていて、なかには苺がたっぷり入っています。また、ひと口サイズのパイも入っていて、一緒に食べるとさくさく楽しい食感です。
食べ進めていくと、ミルクジェラートとストロベリージェラートの2種類が入っていました。
ミルクジェラートは、福山市神辺町にある多機能型事業所で作られているイタリアンジェラートアルコジャーノのスイートミルクを使用。やさしい甘みでさっぱりしています。
一番下には濃厚な苺ムースがあって、ボリュームのある一品でした。
一緒に注文したコーヒーは自家焙煎のコーヒー豆を使用しています。苦みのなかに深みがあり、ひと口飲むたびその余韻にしばらくひたっていました。
コーヒーは注文をして店内で飲むこともできますが、テイクアウトも可能です。自家焙煎のため購入する場合は、予約をおすすめします。
なお、店内で販売しているすべての商品はテイクアウト可能です。
クランクについて
クランクは、就労継続支援B型事業所が運営しています。
親会社は、鞆の浦・さくらホーム(以下、「さくらホーム」と記載)です。さくらホームは、鞆の浦で介護施設や放課後等デイサービスなどを運営している会社です。
就労継続支援B型作業所は、何らかの理由で一般就労の難しい利用者(以下、「利用者」と記載)を対象に、自立した生活を支援するための適切な仕事の提供をおこない、仕事を通して社会生活に必要なスキルの向上を図ります。その仕事に対して、工賃が受け取れる就労場所のひとつです。
クランクでの仕事内容は、接客、厨房、料理の提供、公園の整備、コーヒー豆の焙煎など。
カフェでの仕事を通して、将来的に働くための必要な知識や能力の向上を目指しています。
カフェと公園と駄菓子屋と
クランクの建物は、外壁は板張りになっていておしゃれなたたずまいです。
店内に入ると、癒しの空間が広がっていました。
福祉施設とはまったく感じない雰囲気です。
店内に設置してある大きく開放的な窓から見える広い庭は「公園」と呼ぶのだそう。
公園にはテラス席が2卓設置してあるのですが、飲食しなくても利用できます。また、ペットの同伴も可能です。
クランクの敷地内にはもうひとつ建物があります。それは、駄菓子屋さん。
駄菓子屋には、こどもたちがわくわくしながらお菓子を買いにやって来る姿がよく見られるそうです。
公園と駄菓子屋。ここは、こどもたちの楽しみな居場所にもなっているようです。
福祉施設であり、心のこもったおいしいご飯を提供するカフェでもあるクランク。
代表の羽田和剛(はだ かずよし)さんに話を聞きました。
クランク代表の羽田和剛さんにインタビュー
クランクをはじめた背景などについて、クランク代表の羽田和剛(はだ かずよし)さんに話を聞きました。
障がいのある人も、地域の人もごちゃまぜに
──お店をオープンしたのには、どのような想いがあったのですか?
羽田(敬称略)──
私は以前、さくらホームが運営する放課後等デイサービス「さくらんぼ」で管理職を務めていました。
会社ではさまざまな福祉事業を展開しているのですが、力を入れているのは「まちづくり」です。
目標は、鞆のまちをだれもが暮らしやすくすること。
そのため、カフェの入口も体が不自由な人や車いすの人でもスムーズに入店ができるようにスロープを設置しています。
こども、年配の人、障がいのある人、世代や分野を超えてつながり、みんなが安心して暮らせるまちにしたい。クランクがそのきっかけの場になると嬉しいです。
「カフェと福祉」のお店に出会って
──きっかけになる出会いがあったそうですね。
羽田──
はい。私は「さくらんぼ」での支援をする中で、ずっと就労継続支援がしたいと考えていたんです。
そんな中でご縁があって、「ソーシャルグッドロースターズ」という東京にある就労継続支援B型の事業所に見学に行くことになりました。
コーヒー豆の焙煎やブレンドなど、さまざまな仕事を通じて自立支援をしている事業所です。利用者が意欲をもって働く現場を見て、大きな刺激を受けました。
なぜ意欲を持てるのか。
その人だからこそ持っている特性や個性、できることに沿った、達成感のある仕事を提供しているからだと思うんです。
クランクの立ち上げにあたっても、達成感を積み重ねることで、自信につなげる仕事づくり・仕組みづくりを意識しました。
日本では米離れが進んでいる
──なぜスープとおにぎりを提供しようと考えられたのですか?
羽田──
当初はパン屋さんがしたかったんです。
お店をはじめるにあたって食のプロの人と話し合うなかで、こんなアドバイスをもらいました。
「今、日本の小麦粉は輸入のものがほとんどだから、お米のほうが良いのではないか」
「お米のほうが、現状日本に余っている」
それだったら、おにぎりが良いかなと。
スープは、出汁をしっかりとればおいしいものが作れるのではないかと考えました。
出汁の種類は、野菜、鶏、海鮮など。かつお、昆布などを使って、前日からゆっくり時間をかけてとっています。
みんなで作る公園
──敷地内には公園がありますが、庭ではなく公園と呼んでいるのには理由があるのですか?
羽田──
それは、カフェで飲食しなくてもだれでも自由に出入りできて、ふらっと寄って休憩できる場所にしたいと思ったからなんです。
公園は、地域の人の意見を取り入れながら作っています。
以前、公園について福山市立鞆の浦学園(以下、「鞆の浦学園」と記載)のこどもたちがプレゼン大会をしてくれました。
鞆の浦学園では、鞆を題材にした「鞆学」という授業があります。こどもたちの学びになればと、公園の活用アイデアを授業内で考えてもらっていたんです。
どんなものが公園にあったら良いのかこどもたちは地域の人にインタビューしてくれたようで、たくさんのアイデアを提案してくれました。
「駄菓子屋にウォールアート(壁に絵を描く)をして映えスポットにしたらどうか」
「もともと庭にあった池を復活させたい」
「花を植えたい」
公園にある花壇はアイデアのひとつで、鞆の浦学園のこどもたちとスタッフで一緒に花を植えて作ったものなんですよ。
クランク周辺を盛り上げていきたい
──今後の展望は?
羽田──
鞆のまちで畑を展開していきたいです。
ですが、鞆町には広い土地があまりないため、まだ見つけることができていません。
いつかは畑で育てた野菜を使って料理の提供ができたらいいな、と。
クランクで働く利用者さんのなかには接客、レジ打ち業務、仕込み作業などカフェの仕事に対しハードルが高いと感じる人もいます。
畑があれば草取りや野菜の収穫など、よりできる仕事が増えますよね。
そうすれば、もっと利用者の受け入れる幅が広がるのではないかと思うんです。
また、クランク周辺を福祉と教育で盛り上げていけたら、とも考えています。
クランクのすぐ近くには、「鞆こども園」や全国各地にある社会福祉法人が運営する「鞆の津ミュージアム」があります。
こどもたちの笑い声で、にぎやかな場所にできたらいいですね。
これからが楽しみなクランク
「だれもが暮らしやすいまち」にするため、羽田さんや地域の人たちの想いがクランクにはぎゅっと詰まっています。
カフェも、公園も、駄菓子屋も、いつまでもその場所にいたくなるような素敵な空間でした。
クランク周辺が今後どのような変化をしていくのか、どのような物語が始まるのか楽しみですね。
鞆の浦の古き良きまち並みを楽しみながら、ふらりと訪れてみてはいかがでしょうか。