全国の捻くれ者達に響いて好いてくれたら、それでもう最高ですね――漫画『ドラマクイン』第1巻発売記念・市川苦楽先生インタビュー|“最も嘘がない感情”をテーマに描く「楽しく生きていくための手札」
愛は嫌いだ怒りがいい――
街に溶け込む“異色”のものたちと、ゆるく共生する世界で繰り広げられる「超現実的サスペンス」『ドラマクイン』。2024年12月よりジャンプ+に突如として現れた怪作は、瞬く間に話題となりました。
そんな『ドラマクイン』第一巻が2025年3月4日に発売となります。アニメイトタイムズでは、単行本発売を記念して、市川苦楽先生にインタビューを実施。漫画家を志したきっかけや、本作に対する想いを聞きました。
昔から映画が大好きで、中でも「怒り」をテーマにした作品への関心が強かったと語る市川先生。最も嘘がなく、純粋で信頼できる感情にまつわるドラマ。「嫌い」という感情を通してしか描けない物語の行く末とは。
漫画家に憧れ、ヤンキーに憧れ、漫画家を志す
――市川先生が漫画家を目指すようになったきっかけから、お聞かせください。
市川苦楽先生(以下、市川):元々絵を描くのが好きで、小学生の頃は漫画家に憧れてました。
けどまぁ、なんというか恥ずかしい話なんですが、中学に入ると今度はヤンキーに憧れまして。「絵描くのが好きとかダサい」と考え、ひたすらポケットに手を突っ込んで猫背で大股で歩く日々を送り一切描かなくなりましたね。
喧嘩も一度もしたことなかったくせに雰囲気だけは歴戦感を出してました。美術の授業は基本寝たフリして過ごしてました。楽しんでたらカッコ悪いと思ったので。死ぬほどカッコ悪い話なんですが。
――現在、漫画家としてご活躍されていますが、再度漫画家を志すようになったきっかけがあったのでしょうか?
市川:漫画家を志したのは大人になってからで、人生振り返るとカッコつけてダラダラしてただけで何も残って無いな〜と気付いたんですよね。
「絵を描くのは好きだった」「映画も好き」「物語を考えるのは面白い」とか、当時の自分にはそのくらいしか楽しく生きていくための手札が残ってなくて。「じゃあ漫画家しかないか」という、変な消去法で描き始めました。
――漫画家として感じているやりがいや、嬉しかったことをお聞かせください。
市川:ネームがまとまった時と脱稿した時は嬉しいですね。それ以外の時は瀕死の鬼みたいな顔してます。
作品を完成させていく度に、熱心にネームにアドバイスをくれる担当編集や、掲載してくれる編集部の存在の大きさを痛感するようになってきました。
沢山の大人が自分の作品を支えてくれてるという事実って、畏れ多くも有難いなと思いますね。
純粋で信頼できる感情は「怒り」
――『ドラマクイン』のテーマやコンセプトは、どのような着想から生まれたのでしょうか。
市川:昔から映画が大好きで、中でも「怒り」をテーマにした作品への関心が強かったです。なんというか、怒りって最も嘘がない感情だと思うんですよね。
嘘の笑顔って世に溢れてますけど、嘘の怒りってあんま無いじゃないですか。ある意味ではすごく純粋で信頼できる感情だなと思うんです。
だからこそ怒りにまつわるドラマを自分で作りたいと思いました。
――タイトルの「ドラマクイン」という言葉も鮮烈ですよね。
市川:「ドラマクイン」は、英スラングの「DramaQueen」が由来です。
「まるでメロドラマの主人公かのように大袈裟な振る舞いをするヤツ」という皮肉の言葉なんですが、本作では「悲劇のヒロインぶってるヤツ」というニュアンスで用いています。
「ドラマクインが誰を指す言葉なのか?」「果たしてそれは一人だけなのか?」にも注目して見て頂ければ、また別の楽しみ方が出来るかもしれません。
――そんな本作のストーリーやキャラクターを描く際、特に意識している点についてお聞かせください。
市川:暗くなりがちな題材だからこそ、どこか明るく軽いノリのキャラ作りを意識してます。
こういう題材でキャラが妙にハツラツとしてる作品って見たことないんで、見たことない物が描けるんじゃないかなと。
根底のテーマは真剣なんですけど、だからこそどこか陽気で読みやすい作品になるよう心掛けています。
――主人公的立ち位置である「ノマモト」と「北見青嵐」ですが、どのようにキャラクターを作り上げていったのでしょうか?
市川:僕自身が捻くれ者なので、良いヤツよりも捻くれたヤツに感情移入できるんですよね。なので、主人公は根性が腐ってる人間にしようと最初から決めてました。
人の悪口言う時にとびきりの笑顔を見せるヤツみたいな。そういうクソ野郎の方が描いてて楽しいなと。
北見は「愛なんかクソ喰らえ」というスタンスのノマモトとは対照的に、家族愛の深さ故に暴走していくキャラが面白いなと思い、イメージが固まっていきましたね。
――ちなみに、「ノマモト」の名前がカタカナ表記であることには、何か特別な意図や今後の物語に関連する意味が込められているのでしょうか?
市川:ノマモトの名前に関する話は、今後の物語で描けたらいいなと思っています。
市川先生のアニメイトの思い出
――市川先生とアニメイトとの思い出があれば、お聞かせください。
市川:大阪の本町に一人で住んでた頃、自転車で日本橋を通って新世界(通天閣があるエリア)へよく行ってました。当時めちゃくちゃ安い串カツ屋があったので。
その道中に大きなアニメイトがあって、「これがあの有名なアニメイトか」と思った記憶がありますね。
その数年後、友人へのプレゼントを探してまして、梅田センタービルのアニメイト(現在は移転して無いらしいです。)に初めて入ってみました。確か『おそ松さん』が流行ってた時期でしたね。
ぐるっと店内を散策して色んな商品に目を通したのですが、気合いの入った企画展示や手描きポップ等を見て、店員さん達の熱量が伝わりました。
カルチャーそのものへの愛がすごく深いんだなぁと感じましたね。
――では、アニメイトを自由に使って何かできるとしたら、どのようなことをしてみたいですか? 「モニターや看板をジャックする」「宇宙人を模したモニュメントの設置」「原画展の開催」など、たらればで構いません。
市川:例に上げて頂いた原画展の実施はとても嬉しいですね。特にカラー扉は毎回、色味やポージングを考えて描いてるので、並べたら映えるだろうなぁと。お手本みたいな自画自賛で恐縮ですが。
原画で言えばアシスタントさん達が描いた背景にも注目して見て欲しいなと思いますね。いつも良い絵を上げてくれるので。
宇宙人を模したモニュメントやモニタージャックも面白そうですね。基本的に現場の人達が楽しんでもらえたら、どんな企画でもとても嬉しいです。
僕自身、お祭り感というかイベント感はめちゃくちゃ好きなので、積極的に協力したいですね。その楽しそうな雰囲気に誘われて、お客さんも楽しんでもらえたら最高だなぁと思いますね。
「『嫌い』という感情を通してしか描けない物語ってあると思うんです」
――市川先生が影響を受けた漫画家やクリエイター、作品についてお聞かせください。
市川:全体的な作風は松井優征先生に影響を受けています。小学生の頃に初めて買ったジャンプに載ってた『魔人探偵脳噛ネウロ』に衝撃を受けて、毎週かじりつくように読んでました。
変なタイミングでコメディを差し込みたくなる癖があるんですが、それも松井先生の影響だと思います。
――北見が宇宙人と対峙するバトルシーンも印象的です。
市川:バトルシーンと呼べるほどバトルは描いてないんですが、強いて言えば派手なシーンでもあまりトーンを使わないのは『NARUTO』の岸本斉史先生リスペクトな気がしますね。
――多くのクリエイター、作品から影響を受けられているのですね。
市川:昔からイヤ〜な気持ちになる映画や小説が大好きでした。
いわゆるイヤミス系の作品をたくさん摂取してきたんで、その影響も強く受けてると思います。特に重松清の『疾走』や、桐野夏生の『グロテスク』、沼田まほかるの『ユリゴコロ』『彼女がその名を知らない鳥たち』等は大好きですね。
他にも『スケアクロウ』『アメリカン・ヒストリーX』『バッファロー’66』『砂の女』『愛しのアイリーン』『花束みたいな恋をした』『秘密』『嘆きのピエタ』のような、なんとも言えない切ない話も好きで、自分の血肉になってる感じがしますね。
――市川先生のこだわりから描かれる単行本第1巻に収録されるエピソードの中で、お気に入りのシーンをお聞かせください。
市川:2話・3話のノマモトとハチミツちゃんの絡みが好きです。ハチミツちゃんカップルが描いてて一番楽しいですね。
『クレヨンしんちゃん』に出てくる近所のカップルの「ミッチーとヨシりん」が好きで、ああいうキャラを自作でも出したいなと思い生まれた存在なんですが、まぁ全然ミッチーとヨシりんになってないですね。
でもとても気に入ってます。描きやすいですし。
――最後に、市川先生が考える、漫画『ドラマクイン』の展望をお聞かせください。
市川:先述した通り僕自身が捻くれ者なので、全国の捻くれ者に届いたらいいなぁと。「嫌い」という感情を通してしか描けない物語ってあると思うんですよね。それを突き詰めていけたら理想的です。
もちろん倫理観を刺激する話なので万人に好かれる作品にはなりえないのですが、少なくとも全国の捻くれ者達に響いて好いてくれたら、それでもう最高ですね。
【構成:西澤駿太郎 編集:鳥谷部宏平】