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いっとちゃんの青森酒旅・冬 Vol.2

まるごと青森

いっとちゃんの青森酒旅・冬 Vol.2

酒も料理も旨さふくらむ魅惑の燗酒~弘前市・和料理 なかさん編~

青森県の旨し燗酒を巡る旅は、前回の青森市「お料理 菜のはな」から弘前市へ。伺ったのは天明6(1786)年創業の老舗和食店「和料理 なかさん」だ。カウンター席に陣取れば、湯気立つ小鍋が目に入る。燗酒専用とのことだが、よく見るとなにやら石灰のようなものがふちに円を描いている。

「父の代からもう50年近く、コトコトお湯を沸かし続けてきたので、カルキがついてしまって……。その前に使っていたのは、銅壺(どうこ、銅製の燗つけ器)。祖母が帳場にあった銅壺の前に座り、徳利の底を手でふれながら燗の塩梅を確かめる様子を、子供の頃に見ていました」

そう話しながら徳利を手にして状態をうかがうのは、女将の中村伸子さん。店は何度かの移転を経たが鍋は大切に受け継がれ、働き過ぎで穴があいてしまった銅壺も大切にとってあるという。

「お酒が温まってくると、表面がぷくっとふくらんでくる眺めが好きなんです」という女将の中村伸子さんは時折、徳利を持ち上げてまわし、手で確かめながら全体の温度を整える。確認には、温度計を使うことも。

津軽の旬の食材が主役の料理はアラカルトとコースの双方を選べ、燗酒もまたリクエストに応じてと、もてなしのスタイルは柔軟。

「お料理もお酒も、お客さまのお好みで楽しんでいただくのがうちの基本です。燗酒は、味わいがふくらむのが特徴。味に厚みがあり、燗映えがわかりやすい山廃の酒があればおすすめしますが、ほんのり温めるだけの燗から熱燗まで、銘柄だけではなくお気に入りの温度帯も皆さんそれぞれに異なるのが面白いですね。なににしても、燗を楽しめるのは米の酒ならではのこと。同じ醸造酒でも、果物の酒とは違います」

確かに世界広しといえども、温度の上げ下げを味わえるアルコールは希少だなあ、と思いながら最初にいただいたのは、カネタ玉田酒造「津軽蔵衆 純米酒」。まずは冷酒のきれいな甘味と、清々しいキレの良さにため息がこぼれる。ああ、旨いですねえ。中村さんおすすめの熱燗にすると、その甘味がふわり色香を増した。後口の軽やかさは変わらず、こちらもまた、しみじみ旨いですねえ。弘前の景色にたとえるなら、冷酒は青空に映える岩木山。燗酒はそこに桜が入り、春風で散る感じか。合わせたのは、お造りの盛り合わせ。口中でとろけたマグロの旨味や甘エビの甘味は、燗酒とともによりふくよかに花開く。訪れた秋の終わりの美味、風味豊かな松茸はあの幸せな香りがいっそう鮮やかになり、秋の贅沢に酔う。

左のお造りの盛り合わせは、燗酒で海の幸の質の高さがより際立った。右は右上から時計まわりに「弘前産松茸白合え」1000円、「なまこ酢」850円、「相馬産畑しめじ松前漬」1200円。このほか、小鉢料理は多彩に揃う。なまこ酢、松前漬は津軽蔵衆の燗酒と合わせ、旨さが丸みを帯びるドラマを堪能。

続いては2024年秋に登場した、三浦酒造「豊盃 純米酒 燗して」。蔵元さんが燗をすすめる酒は全国各地に多々あるが、“燗酒専用酒”をうたい、名称にも明確にそれを記した例は極めて珍しい。試しにと冷や(常温)でいただけば、あら旨い! 厚みのなかに多様な味わいが詰まっている感があり、燗への期待も高まる。

「まずは、50度の熱燗で召し上がってみてください。温度が下がるにつれて、味わいが変化していくのも感じられると思います」

果たして……酸がくっきり、後味はキレッキレのすっきり。これまた、旨し。酒がほぐれて、饒舌に語り出したかのようだ。傍らには、米のとぎ汁で戻した「身欠にしん山椒焼」。ふわりやわらかく、しかも身欠にしんが持つきれいな旨味だけが凝縮&昇華した品の良さあり。旨い、旨い。さらに豊盃と合わせると、ともに味の奥行きが広がった。ああ、これはたまらんです。

「身欠にしん山椒焼」950円をはじめ、料理は季節で異なる。「鯛かぶら菊菜浸し」1200円はふんわり炊かれた鯛の上品な旨味が、豊盃の燗でよりインパクト大に。写真はいずれも、アラカルトの料理から。コースは昼6600円~、夜8800円~(ともに要予約)。

しばし夢心地にひたった後に次の一杯を猪口に注げば、先ほどとは異なり愛らしい甘味が顔を出した。次の一杯では、ふわっとミルキーな質感に。日本酒は温度で変わる! 燗の醍醐味と不思議を楽しみつつ、いったいどれほどの表情をこの酒は秘めているのかと愉快に思う。開花から満開、花吹雪、花筏と変わる弘前公園の桜のごとし。

燗酒との融合はもちろんのこと、いずれの料理も上質な素材の力を引き出したおいしさで、燗酒とともにその職人技が感慨深く記憶に刻まれたのも忘れがたい。

中村さんのお話はぬる燗を彷彿とさせるやわらぎがあり、その心地良さに和む。テーブル席もあるが、燗酒目当てなら専用の鍋を望めるカウンター席へ。日本酒はご紹介した以外にも、地元弘前の酒蔵をはじめ各種揃う。「豊盃 純米酒 燗して」は出荷数が限られているので、気になる方は早めにアクションを!

「昔はもっと、家庭で燗酒を楽しんでいましたよね。父も祖父も、ストーブの上のやかんで、燗をつけていました。私は今でも、正月はストーブの前のお燗番。やかんでとびっきりいいお酒を燗にしています」

中村さんの言葉は、燗酒の温もりと郷愁ともに心にしみていく。昭和の青森においてストーブは欠かせない存在であり、燗酒は今よりも身近にあったはず。しかしながら暖房機器が進化した今となっては、遠い昔。燗酒は未体験、という方は多いかもしれない。とはいえアラカルトでゆるり一杯を楽しめるこの店は、上質ながら自由度が高いのが魅力。料理の融合や自分好みの銘柄、温度を探求するひとときを、ゆるり楽しんでいただきたい。あるいは、ご家庭で。特別な道具がなくても、ストーブややかんがなくても、コンロに鍋でいいのだ。お湯は沸騰させないのが肝心、という中村さんの言葉を胸にお試しあれ。雪降る夜なら、窓の向こうの景色も温もりを彩るだろう。

次回は八戸で、燗酒ぬくぬく……。

<山内史子プロフィール>

1966 年生まれ、青森市出身、紀行作家。一升一斗の「いっとちゃん」と呼ばれる超のんべえ。全都道府県、世界40ヵ国以上を巡り、昼は各地の史跡や物語の舞台に立つ自分に、夜は酒に酔うのが生きがい。著書に「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(小学館)、「赤毛のアンの島へ」(白泉社) など。

【写真:松隈直樹】

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