水産養殖のカギは魚の<腸活>? ニジマスから新属新種の酪酸産生菌発見
近年、魚の陸上養殖が盛んになっていますが、一方で養殖産業はさまざまな課題を抱えています。
そのひとつに、代替飼料により魚たちに引き起こされる腸炎があります。この腸炎を抑えるには、魚粉の代わりに使用する大豆を用いた飼料の利用を制限しなければなりません。
そうした中、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」)モレキュラーバイオシステム研究部門バイオ分子評価研究グループの竹内美緒主任研究員は、滋賀県水産試験場の菅原和宏主任主査との共同研究により、世界で初めて魚の腸から酪酸産生菌を発見しました。
酪酸産生菌とは、腸内環境を整える細菌のこと。いわゆる善玉菌と呼ばれるもので、身体にとってよいはたらきをする酪酸菌を生産する腸内細菌のことです。これにより、新たな水産養殖改善技術につながることが期待されています。
なぜ魚に腸活が必要?
近年、日本で最も消費されている魚はサケ科魚類です。トラウトサーモンなどその多くを輸入に頼っているものの、養殖技術の向上により、今では全国各地でご当地サーモンの生産が盛んになっています。
しかし、ご当地サーモンをはじめとする水産養殖産業は、飼料である魚粉が確保できなかったり、魚病が発生したりと、さまざまな問題を抱えています。
ニジマスなどのサケ科魚類は、魚粉の代替飼料である大豆を用いた餌により腸炎を発症してしまうことから、代替飼料の利用に制限が生じていました。魚病対策についても、世界的な薬剤耐性遺伝子の拡大を受け、なるべく抗生物質に頼らない対策が必要とされています。
これらの対策のひとつとして、魚の腸活が期待されています。
ニジマスの至適生育温度と、魚由来のピスキバクター トルクタエ、哺乳類由来のクロストリジウム ブチリカムの至適増殖温度(提供:産総研)
ヒトの腸内においては、酪酸産と呼ばれる善玉菌の重要性が明らかになっています。ヒトの整腸剤として用いられることの多いクロストリジウム ブチリカムは酪酸菌の一種で、これを魚に用いた研究が行われるようになってきました。
成長促進など一定の効果は認められるものの、多くのクロストリジウム ブチリカムは哺乳類由来であり、至適増殖温度が37 ℃前後。一方、ニジマスなどの至適生育温度は18 ℃以下と低いため、冷水魚への腸への定着は期待できず、魚由来の酪酸を産生する嫌気性細菌(酪酸産生菌)が求められていました。
研究により魚の酪酸産生菌が発見された!
本研究では、滋賀県醒井養鱒場のニジマスを入手し、腸粘液を採取。さまざまな培地や条件による培養を行うと、正体不明であった嫌気性細菌(9N8株)を発見することができました。
ニジマスの腸から新属新種の酪酸産生菌を発見(提供:産総研)
9N8株は培養後の分析により、酢酸や酪酸を産生することがわかりました。
その後、ゲノム情報を解析すると、酪酸産生菌であることが判明。さらに、ニジマスと近い至適増殖音頭を持つ酪酸産生菌であることがわかりました。
9N8株の走査電子顕微鏡(SEM)観察写真とフソバクテリウム科の近縁属を示した16S rRNA遺伝子による系統樹(提供:産総研)
9N8株はさまざまな性質が他の属の微生物とは異なることから、フソバクテリウム科の新属新種と考えられ、ピスキバクター トルクタエ(Piscibacter tructae魚、特にマス類由来の細胞の意味)と命名しました。また、Piscibacter属の遺伝子はコイからも見つかっており、さまざまな魚の健全な腸内環境形成に関与していると考えられます。
魚由来の酪酸産生菌は従来の哺乳類由来の微生物と異なり定着性が高いため、投与することにより魚の腸内環境を整え、新たな水産養殖改善技術につながると期待されます。
今後の養殖技術改善のカギに?
これまで注目されてこなかった魚の腸内の嫌気性細菌。しかし、本研究のニジマスの例のように、魚種によっては重要な役割を果たしていることが期待されます。
研究グループは今後、飼育実験などを通して、魚の腸における酪酸産生菌と健康との関係をさらに解明し、今回の研究で発見された微生物を活用して成長促進や魚病抑制に役立てていきたいとしています。
(サカナト編集部)
参考文献
産総研-魚の新腸活時代