「ナイティンバー」から英国初の単一畑キュヴェが新登場
イングリッシュスパークリングワインを牽引する「ナイティンバー」の醸造責任者シェリー・スプリッグスさんが初来日、英国初という単一畑のキュヴェー『ティリントン・シングル・ヴィンヤード 2016年』をお披露目した。加えて“英国の泡の今”を語ってくれた。
text by Kimiko ANZAI
“英国トップのスパークリングワイン”と評され、エリザベス2世の在位を祝賀するゴールデン・ジュビリー(在位50周年記念式典/2002年)や、ダイヤモンド・ジュビリー(在位60周年記念式典/2012年)でも供されたのが「ナイティンバー」だ。
創立はオーナーのエリック・ヘレマ氏が英国南東部ウエスト・サセックス州のこの地にブドウを植樹したことに始まる。歴史をさかのぼれば「ナイティンバー」のエステート名が刻まれたのは1086年のことで、16世紀にはヘンリー8世や貴族が所有するなど、由緒ある土地だったという。ちなみに、ナイティンバーとは昔の木造家屋、あるいは小さな木材プランテーションを指す言葉であったと伝わっている。
今回初来日を果たした醸造責任者のシェリー・スプリッグスさんが“特別なナイティンバー”として紹介してくれたのが『ティリントン・シングル・ヴィンヤード 2016年』だ。レモンなどのさわやかな柑橘類の香りと、バラの花びらや芍薬の華やかなアロマ。果実味とミネラル感が豊かでバランスが良く、ピュアな酸がその中に溶け込んでいる。ふくよかさと優美さを感じさせる1本だ。このキュヴェが生まれるきっかけは、スプリッグスさんが収穫前の畑を観察していた時、11カ所ある自社畑の一つ「ティリントン・ヴィンヤード」のピノ・ノワールが並外れて秀逸であることに気づいたことだった。理想的に完熟するだけでなく、花やローズウォーターなど独特のフローラルな香りを持ち合わせていたという。
「このピノ・ノワールを見た瞬間、今まで出合ったどのブドウとも違うと思いました。『この畑のブドウだけでワインを造らなくては』と決意したのです」とスプリッグスさんは笑顔を見せる。彼女によれば、これはガストロノミックなワインで、鮟鱇やまとう鯛など、重量感のある魚と合うという。それ以外にも、チキンのフリカッセ(クリーム煮)など白身肉まで寄り添ってくれそうだ。
「日本なら、もちろん寿司は相性抜群ですね。ミネラル感があるので魚介類をより美味しくしてくれそうです」とスプリッグスさん。
実は、スプリッグスさんは英国ではなくカナダの出身。だが、父が英国人であるため文化や習慣にはすぐなじんだという。
「英国は自分に合っていると思います。初めてナイティンバーを飲んだのはカナダでした。父が英国土産に買ってきてくれたものでしたが『英国でこんな美味しいワインが造れるなんて』と驚きました。また、英国に来て感じたのが、国内でもイングリッシュスパークリングワインの素晴らしさが広く知られていないこと。皆にナイティンバーを知ってほしいと強く思いました」と述懐する。
今でこそナイティンバーは国内外で高く評価されるようになったが、これはひとえにワイナリーの努力の賜物だった。周知のように、イングリッシュスパークリングワインが飛躍したのはこの20年ほどのこと。英国にとってはまだ新しいジャンルであるため「シャンパーニュ委員会」や「フランチャコルタ協会」のような原産地呼称を保護する団体が確立されていないのだ。よって、醸造の法的基準がないため、個々のワイナリーが高い醸造基準を自らに課し、ワイン造りを行っているのだという。スプリッグスさんは言う。
「例えば当社では、ブドウの搾汁率はシャンパーニュより抑え、熟成はシャンパーニュのノン・ヴィンテージで最低15カ月のところを私たちは2年以上という基準を設けています。シャンパーニュよりさらに手をかけた造りをと心がけています。シャンパーニュは素晴らしい。だからこそ、私たちはより努力をしなくてはなりません」
高い理想の下に生まれるスパークリングワインは、いかにも“誇り”を大切にする英国らしく、優美で飲む人を幸せにしてくれる。特別な日に開けたい1本として覚えておきたい。