フィッシュマンズは今も特別な輝きを放っている!ベストアルバム「空中」「宇宙」リリース
1990年代、特別な輝きを放っていたフィッシュマンズ
90年代を象徴するバンド。フィッシュマンズを、そのように捉えている音楽ファンは多いはずだ。大ヒット曲があるわけではなく、アリーナクラスを埋め尽くすようなライブを行っていたわけでもない。どちらかというと、当時は音楽マニア以外にはさほど知られていなかったともいえる。ミリオンヒットが山ほど生まれ、TKサウンドやビーイング系アーティストが席巻していた90年代においては、埋もれてしまってもおかしくはない。しかし、それほど豊潤で質量ともに多大なこの時代の音楽シーンで、フィッシュマンズが特別な輝きを放っているのも、これまた事実である。
フィッシュマンズが “90年代を象徴するバンド” と表現したことの裏付けとしては、バンドそのものが存在した期間も、90年代に始まり90年代に終わったからだ。結成はバンドブーム真只中の1987年だが、メジャーデビューを果たしたのは1991年。そして、ボーカル佐藤伸治の急逝は、21世紀を目前にした1999年3月15日。まさに、90年代に寄り添うように活動し、21世紀を目前にいったん終焉を迎えたバンドといってもいいだろう。
レーベルの枠を超えて選曲されたベストアルバム2タイトルがアナログ盤でリリース
そんな彼らの90年代のキャリアを俯瞰するようなベストアルバム『空中 ベスト・オブ・フィッシュマンズ』と『宇宙 ベスト・オブ・フィッシュマンズ』の2作品が、アナログレコードとして先日リリースされた。CD版のマスタリングはエンジニアのZAK立会いのもとニューヨークのスターリングサウンドで行われていたが、今回のアナログ化にあたってもスターリングサウンドによるカッティングマスターを新たに制作しており、音質面も文句なしの出来栄えである。この2枚はあくまでもベストアルバムという企画物であるが、彼らにとって非常に重要な作品である。『空中』と『宇宙』がリリースされたのは、フィッシュマンズの活動休止から5年の月日が経った2005年だ。
実は、『空中』と『宇宙』以前にも、フィッシュマンズのベストアルバムはリリースされている。デビューしたヴァージン・ジャパン(後にメディア・レモラス、そしてポニー・キャニオンに吸収)から移籍するまでの楽曲を集めた『1991-1994 singles & more』、そしてポリドール(現:ユニバーサルミュージック)移籍後の作品をコンパイルした『Aloha Polydor』の2作品が、活動休止直後の1999年に発表されているのだ。
それでも、『空中』と『宇宙』が重要だと力説したいのは、いずれもレーベルの枠を超えて選曲されていることと同時に、メンバーの茂木欣一が自らセレクトし、コンセプチュアルな作品として完成されていることも理由である。『空中』は昼間から夕暮れ時にかけての時間、そして『宇宙』は夕暮れから夜明けに向かっていく時間をイメージしているという。年代やレーベルの垣根を越えて再構築された楽曲の並びは、まるでオリジナルアルバムを聴くような印象を受けるだろう。単なる代表曲を並べたベスト盤とは、そもそもコンセプトがまったく違うから当然である。
2005年、RISING SUN ROCK FESTIVALで復活
そしてもうひとつ、『空中』と『宇宙』が重要だといえる理由がある。それは、本作をリリースしたことによって、バンドが再始動したということだ。『空中』と『宇宙』の選曲を始めたのは、2004年の秋頃からだったらしいが、選曲作業を進めていくうちに茂木欣一の中で “ベストアルバムの曲順でライブを行う” という妄想が膨らんでいったという。そして、2005年3月に発売された後、同年8月に行われた北海道の『RISING SUN ROCK FESTIVAL』において復活するのである。ライジングサンで復活というのもまた、非常に意味のあることだった。
というのも、1999年に行われた記念すべき第1回のライジングサンにフィッシュマンズは出演する予定だったからである。しかし、佐藤伸治の急逝によって叶わず、当日は「WEATHER REPORT」のミュージックビデオが会場のスクリーンに映し出された。2005年のライジングサンでは、現在もフィッシュマンズに参加しているクラムボンの原田郁子を始め、ハナレグミの永積タカシ、UA、そして忌野清志郎などをゲストに迎え大いに盛り上がった。その後も不定期ながらフィッシュマンズがライブ活動を続けているのは、『空中』と『宇宙』があったからこそといってもいいのではないだろうか。
このように『空中』と『宇宙』は、単なる寄せ集めのベストアルバムではないことがお分かりいただけるだろう。そして、この2作のベストアルバムを聴けば、フィッシュマンズという唯一無二のバンドの魅力が伝わってくるはずだ。とはいえ、彼らの魅力は何かと問われると、なかなかうまく表現し辛いのも事実である。ここでは、なぜ彼らがこれほどまでに音楽ファンを惹き付けて止まないのかを知るヒントとして、その足取りを追っていきたい
レゲエやロックステディをベースにしたポップなロック
フィッシュマンズというバンドは、大学生の音楽サークルから派生している。1987年に結成し、“レゲエやロックステディをベースにしたポップなロック" というイメージで1991年4月にメジャーデビューする。デビュー時のメンバーは、佐藤伸治(ボーカル)、小嶋謙介(ギター)、茂木欣一(ドラムス)、柏原譲(ベース)、ハカセ(キーボード)の5人。デビュー曲「ひこうき」やファーストアルバム『Chappie Don't Cry』は、佐藤伸治が心酔していたというMUTE BEATのトランペット奏者こだま和文が共同プロデューサーとして参加している。この当時は若々しく勢いもあり、レゲエを取り入れたポップサウンドとしてはよくできていると感じるだろう。『空中』にはこのアルバムから「チャンス」が収められているが、キャッチーなメロディでありながら、緻密なレゲエサウンドに仕上げているのがよくわかる。
セルフプロデュースのミニアルバム『Corduroy's Mood』(1991年)を経たセカンドアルバム『KING MASTER GEORGE』(1992年)では、パール兄弟の窪田晴男がプロデュースを手掛けた。このあたりからダブの要素が強くなってきているのがよくわかる。『宇宙』にはロック色が濃厚な「あの娘が眠っている」(Corduroy's Mood 収録)と、スペイシーでダビーな音像の「頼りない天使」(KING MASTER GEORGE 収録)が収められているが、いずれも “レゲエやロックステディをベースにしたポップなロック” というところから一歩踏み出した感がある。
山崎まさよしや上白石萌音もカバーした「いかれたBaby」
初期の彼らの代表作と言えば、『Neo Yankees' Holiday』(1993年)と断言していいだろう。ここからずっと彼らのサウンド面を支えるZAKがエンジニアとして参加し、さらに個性的なサウンドを作り上げていくのだ。『空中』に「RUNNING MAN」と「いかれたBaby」がセレクトされているが、とりわけ先行シングルだった「いかれたBaby」は人気の高い彼らの代表曲である。山崎まさよしや上白石萌音もカバーするほど、フィッシュマンズの代表的な1曲になったことは少々驚きではあるが、佐藤伸治自身も気に入っていたはずで、それは晩年までライブのレパートリーに加えられていたことで証明されるだろう。
しかしこのあたりから、バンドの成長とともに、メンバーの脱退も起こる。『Neo Yankees' Holiday』後に小嶋謙介が脱退し、続く4作目のアルバム『ORANGE』(1994年)を発表した後はハカセもバンドを去ってしまう。この『ORANGE』もまた非常に完成度の高い作品で、『空中』には「MY LIFE」「忘れちゃうひととき」「感謝(驚)」、『宇宙』には「気分」と、4曲セレクトされている。さらに言えば、『空中』には『ORANGE』リリース前にシングルのみで発表された「Go Go Round This World!」(1994年)、ライブ音源を基に構成された5作目のアルバム『Oh!Mountain』(1995年)も含めると、いかにこの時期が濃厚で充実していたのかがよくわかる。しかも、『ORANGE』は彼らの作品の中でもひときわポップな印象が強く、ここでセレクトされた楽曲で分かる通り、実験性と大衆性がバランスよく成立した作品群と言えるかもしれない。
日本の音楽シーンに燦然と輝く名盤「空中キャンプ」
しかし、フィッシュマンズがすごいのは、ここからさらに何段もレベルアップしていくことである。その大きな決定打が、ポリドール移籍後の1996年に発表した最初のアルバム『空中キャンプ』だ。本作は彼らの代表作であると同時に、日本の音楽シーンに燦然と輝く名盤のひとつでもある。
この時点でフィッシュマンズは、佐藤伸治、柏原譲、茂木欣一の3人組となっているが、キーボードとバイオリンのHONZI、ヒックスヴィルのギタリストである木暮晋也、そしてプログラミングやエンジニアとして大きく関与していくZAKという助っ人たちの力もあって、レゲエ、ロックステディ、ダブだけではなく、R&B、トリップホップ、エレクトロニカなど様々なジャンルを内包する独自の音楽へと昇華していく。『空中』収録の「BABY BLUE」、『宇宙』収録の「ずっと前」「SLOW DAYS」「ナイトクルージング」「新しい人」という5曲を聴くだけでもその革新性はわかるはずだが、ぜひ『空中キャンプ』はアルバムトータルでもじっくりと聴いていただきたいと思う。
フィッシュマンズ流プログレッシブロック「LONG SEASON」
この後、さらに驚きの作品を彼らは残している。それが、『LONG SEASON』(1996年)だ。なんと1曲35分という大作であると同時に、彼らのアイデアをたっぷりと詰め込んだ先鋭的な内容である。ASA-CHANG、UA、佐藤タイジ(シアターブルック)なども参加した一大シンフォニーであり、彼ら流のプログレッシヴロックとも言えるし、当時のハウス、テクノ、アンビエントといったクラブミュージックとも共振する間口の広いサウンドでもある。昨今では海外での人気も非常に高く、各音楽サイトでは軒並み高評価を得ると同時に、オーストラリア人DJのモール・グラブがBPMを上げてプレイしたことでファンをざわつかせた。さすがにこの曲は長尺のためベストアルバムに収められないが、原型となったシングル曲「SEASON」が『空中』に収められているので、ぜひ聴き比べをしていただきたい。
そして、『空中キャンプ』と並び称される、フィッシュマンズ最後のオリジナルアルバム『宇宙 日本 世田谷』(1997年)も、今回のベストアルバムの核になる作品だ。『空中』には「WEATHER REPORT」と「IN THE FLIGHT」、『宇宙』には「MAGIC LOVE」と「WALKING IN THE RHYTHM」の4曲が収められており、いずれもスケールが大きく、独特の浮遊感に満ちた、フィッシュマンズにした生み出し得ないサウンドを体感できるだろう。
フィッシュマンズの魅力が浮き彫りになってくる「空中」と「宇宙」
こうして『空中』と『宇宙』の2作のベストアルバムを聴き進めると、サウンド面だけではないフィッシュマンズの魅力が浮き彫りになってくる。それは、佐藤伸治がつくる言葉だ。主に東京の街を背景にし、日常における心の機微が描かれていく。決して刺激的な言葉があるわけでもないし、大恋愛を表現しているわけでもない。さりげないワードの積み重ねによって、静かに心を揺さぶられるのだ。この感覚はなかなか他のアーティストの作品では味わえないだろう。もちろん、佐藤伸治特有のボーカルスタイルの力もあるだろうし、ZAKによる空間的な音像処理の効果も大きい。そしてこれらの要素が奇跡的にひとつの形にとなって、フィッシュマンズの音楽が作り出されていったのである。
冒頭に記した通り、当時はそれほど多くの人々に受け入れられたわけでもないし、今もやはり万人向けのポップ作品という認識はない。それでも熱心なファンが日々増え続け、それが海外にまで波及しているということは、彼らの音楽が普遍的で永久不滅なものである理由だろう。『空中』と『宇宙』のベストアルバムをきっかけに、新しいファンが増えてくれることを祈っている。
Information
レーベルの枠を超えて制作されたフィッシュマンズの人気ベスト「空中」「宇宙」のアナログ化に続き、8月28日から配信スタート!
・空中:https://fishmans.lnk.to/kuchubest
・宇宙:https://umj.lnk.to/2q0sbT
Live Information
現在進行形のフィッシュマンズを体感できるライブも決定!
フィッシュマンズ
『Fishmans ”Uchu Nippon Tokyo”』
・会場:東京ガーデンシアター
・日時:2025年2月18日(火)
Open/18:00 Start/19:00
FISHMANS are
茂木欣一(Dr Vo)/ 柏原譲(Ba)/ HAKASE-SUN(Keyb)/ 木暮晋也(Gt)/
関口 “dARTs” 道生(Gt)/ 原田郁子(Vo)
・チケット:
前売 ¥ 8800(税込)全席指定
2024年9月1日(日)10:00AM 発売開始
・お問合せ:SOGO TOKYO
https://sogotokyo.com/live_information/detail/1606