Yahoo! JAPAN

絶望の果てに光がある――諸富祥彦さんが読む、フランクル『夜と霧』#1【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

NHK出版デジタルマガジン

絶望の果てに光がある――諸富祥彦さんが読む、フランクル『夜と霧』#1【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

諸富祥彦さんによる、フランクル『夜と霧』の読み解き

“何か”があなたを待っている。 “誰か”があなたを待っている。

ナチスによるホロコーストを経験した心理学者フランクル。彼は強制収容所という過酷な状況に置かれた人間の様子を克明に記録し、「人間とは何か」という普遍の問いにひとつの答えを見出そうとしました。

『NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧』では、人は何に絶望し希望するのかについて、そして時として容赦なく突きつけられる“運命”との向き合い方について、諸富祥彦さんの解説で探っていきます。

今回は、本書より「はじめに」と「第1章」を全文特別公開いたします(第1回/全4回)。

「生きる意味」を求めて(はじめに)

 今、大きな悩みや苦しみを抱えている人がたくさんおられます。心理カウンセラーである私は日々そのような方に接していますが、その苦しみはますます切実さを増してきているように思われます。

 うつ病の患者さんは今や百万人超といわれています。とりわけ深刻なのは、自殺者の増加です。国の調べによると、すでに十年以上前から年に三万人にも上っています。

 一般に、自殺者の背後には未遂の方が十倍から二十倍いるといわれますので、じつに三十万人から六十万人の方々が、毎年死の淵に立っていることになります。

 そこまでいかなくても、何かの拍子にふと「死にたい」という気持ちに襲われたことがある方は、その十倍、すなわち三百万人くらいいるのではないでしょうか。

 この背景には、現代社会におけるさまざまな問題が横たわっていますが、自分の人生に「生きる意味」を感じながら生きていくことが難しい時代になってきていることは、間違いありません。

 そんな状況ですから、今回、「生きる意味」を求めて悩み苦しむ人を援助し続けてきた精神科医ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を「100分de名著」で取り上げることになったのは、たいへん意味のあることだと思っています。

 『夜と霧』は、第二次世界大戦の際、ナチスの強制収容所に収容されたフランクルが、みずから味わった過酷な経験をつづった本です。

 みなさんもご存じのように、ナチスのユダヤ人迫害は非道をきわめました。ゆえに、この本も、目を覆いたくなるような陰惨なドキュメンタリーになってもおかしくありませんでした。しかし、そうはならず、むしろ、世界中の人々の感動を呼び、時代を超えて読み継がれる超ロングセラーになったのです。

 なぜでしょうか? それは、この本が、そこで行われ続けた陰惨な事実にもかかわらず、それでもなお見出すことのできた人間精神の崇高さに着目して描かれたものであるからだと思います。

 『夜と霧』の著者である精神科医というと、いつもうつむき加減にもの思いにふけっている深遠な思想家を思い浮かべる方が少なくないかもしれません。フランクルは、そうした深遠さを持ちながらも、情熱的で、行動的で、バイタリティにあふれた人でした。

 過酷な経験をくぐりぬけたフランクルは、戦後、堰を切ったように精力的に著作の執筆や講演活動などを展開します。その活動は、まさに生命力にあふれたものでした。

 フランクルの本は読むだけで勇気づけられるところがあります。多くの精神科医の書いた本は専門家向けのものですが、フランクルの本は、読者がみずから生きる意味を見出していくのを支える力を持っています。

 以前、私はNHKの「ラジオ深夜便」という番組でフランクルの思想を紹介したことがあります。

 その数日後、NHKに一枚の葉書が届きました。

 「私は今、五十代半ばのホームレスです。仕事を失い、家族も失って、もう人生を投げ出してしまおうと思っていました。死のうと思っていたのです…… 。そんな時、たまたまつけたラジオで、先生の、フランクルのお話をうかがいました…… 。もう少し、生きてみようと思います。ありがとうございます…… 」

 そんな内容でした。

 フランクルの思想はそれにふれた人の魂を揺さぶる力を持っています。

 かくいう私自身、十代半ばから二十代前半にかけて人生の悩みに煩わされ、悶々としていた時に、フランクルの本に救われたことがあります。

 フランクルの思想は、人生に対する見方(立脚点)を一八〇度転回することを私たちに求めてきます。

 たとえば、「人間が人生を問うに先立って、人生から人間は問われている」「幸福を求めると、幸福は逃げていく」「悩むことは人間特有の能力である」といったように、です。

 フランクルを読むうちに、私たちは、「私の幸せはどうすれば手に入るのか」「私の自己実現はどうすれば可能なのか」という「私中心の人生観」を、「私は何のために生まれてきたのか」「私の人生にはどのような意味と使命(ミッション)が与えられているのか」という「生きる意味と使命中心の人生観」へと生きる構えを一八〇度転回することが求められるのです。

 フランクルの思想のエッセンスは次のようなストレートなメッセージにあります。

 どんな時も、人生には意味がある。

 あなたを待っている〝誰か〟がいて、あなたを待っている〝何か〟がある。

 そしてその〝何か〟や〝誰か〟のためにあなたにもできることがある。

 このストレートな強いメッセージが多くの人の魂をふるわせ、鼓舞し続けてきたのです。

 フランクルが『夜と霧』を書いた頃のヨーロッパと今の日本とでは、考え方が異なるところも少なくないでしょう。時代もずいぶん変わりました。私たちは今、強制収容所のような特殊な環境にいるわけでもありません。

 しかし『夜と霧』は、そうした時代の違いを超えて私たちの心に響く真理に満ちています。否、私たちが生きているこの時代は、収容所とはもちろん違った形ではあるけれども、生きる意味と希望を見出すのが困難になっているという意味では、現代を生きる私たちも「見えない収容所」の中にとらえられて生きている、と言っていいような面がないわけでもありません。

 フランクルの言葉の中に、一つでも、生きる意味と希望を求めていく手がかりを見つけてくだされば幸いです。

あわせて読みたい

著者

諸富祥彦(もろとみ・よしひこ)
明治大学文学部教授。教育学博士。臨床心理士。時代の精神と闘うカウンセラー。日本トランスパーソナル学会会長、日本カウンセリング学会理事など幅広く活躍。フランクル関連の著書に『「夜と霧」ビクトール・フランクルの言葉』(コスモス・ライブラリー)、『どんな時も、人生には意味がある。── フランクル心理学のメッセージ』(PHP文庫)、『人生に意味はあるか』(講談社現代新書)、近刊に『悩みぬく意味』(幻冬舎)、監訳書にV.E.フランクル『〈生きる意味〉を求めて』(春秋社)などがある。
http://morotomi.net/
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。

■「100分de名著ブックス フランクル 夜と霧」(諸富祥彦著)より抜粋
■書籍に掲載の脚注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛しております。

*本書における『夜と霧』引用部分はV・E・フランクル著、霜山徳爾訳『夜と霧── ドイツ強制収容所の体験記録』(みすず書房)を底本としています。ふりがなは、すべて編集部で付しました。

*本書は、「NHK100分de名著」において、2012年8月と2013年3月に放送された「フランクル 夜と霧」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たに姜尚中氏の寄稿、読書案内、年譜などを収載したものです。

【関連記事】

おすすめの記事

新着記事

  1. 25年度に普通科が「学際探究科」に 県立上野高 伊賀

    伊賀タウン情報YOU
  2. 【動画】中条あやみ・藤田ニコルら、スペシャルステージランウェイに登場<第39回 マイナビ 東京ガールズコレクション 2024 AUTUMN/WINTER>

    WWSチャンネル
  3. 【動画】みちょぱ・トラウデン直美ら、ランウェイで観客を沸かす!<第39回 マイナビ 東京ガールズコレクション 2024 AUTUMN/WINTER>

    WWSチャンネル
  4. さようならオリンピア!大阪新阪急ホテル閉館前最後の豪華グルメフェア開催

    PrettyOnline
  5. 【#北九州下関フェニックス】創設3年目の初優勝 独立リーグ日本一をかけた大会へ(2024年9月8日)

    キタキュースタイル
  6. 【恵比寿】1650円でほぼ食べ放題!?韓国ラーメンまで付いたお得ランチセットが満足すぎた…!

    ウレぴあ総研
  7. 【万能調味料】麺つゆよりも優秀!? ヒガシマル『うどんスープ』で夕食まるごと料理してみた結果…

    ロケットニュース24
  8. パリ五輪で日本人初のセーリング競技運営スタッフを務めた、逗子開成中高ヨット部顧問の内田伸一教諭が感じたオリンピック

    タウンニュース
  9. 大善寺 認知症になったら 税理士に聞く無料講座

    タウンニュース
  10. 小児アレルギー勉強会 10月5日、茅ヶ崎医師会館

    タウンニュース