同人誌からプロ作家へ、手描きで進める同い年のふたり ― 「漫画家・森薫と入江亜季 展」(レポート)
KADOKAWAの隔月刊漫画雑誌「青騎士」で、『乙嫁語り』を連載中の森薫と、『北北西に曇と往け』を連載している入江亜季。両者は同じ時期に同人誌を描き始め、同じ編集者に声をかけられて、同じ雑誌でほぼ同時期にデビューした、同い年の漫画家です。
ともにアナログの手描きによる制作を続ける両者による、貴重な原画などを紹介する展覧会「漫画家・森薫と入江亜季 展」が、世田谷文学館で開催中です。
世田谷文学館「漫画家・森薫と入江亜季 展 ―ペン先が描く緻密なる世界―」会場入口
森薫は東京都生まれ。高校時代から同人誌で活動をはじめ、2001年に『エマ』(月刊コミックビーム)でデビュー、同作は2005年に文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞しました。現在連載中の『乙嫁語り』も2012年にアングレーム国際漫画祭世代間賞を受賞しています。
森薫の作品
一方の入江亜季は、香川県生まれ。入江も高校時代より同人活動を始め、2004年に読切作品『アルベルティーナ』(コミックビーム)でデビュー。2008年から連載が始まった『乱と灰色の世界』(Fellows!)は、2012年に文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員推薦作品に選出されています。
入江亜季の作品
会場は両者の紹介の後、右手に進むと森、左手が入江の作品です。
森は20歳ごろに編集者に声をかけられてプロの道へ。プロ用の原稿用紙も知らず、ネームも描いたことがありませんでしたが、同人誌の頃から得意にしていたメイドを主役に、身分差があるふたりによる恋愛ものとしてスタートしたのが『エマ』でした。
森薫『エマ』
隔月刊での連載になった『乙女語り』では、月刊では描けない密度の話に挑戦。かねてから興味があったという中央アジアを舞台に、スケールの大きなストーリーが15年以上に渡って続いています。
森薫『乙嫁語り』
一方の入江は読み切りでデビュー。最初の連載が『群青学舎』、続いて2008年〜2015年に『乱と灰色の世界』を描きました。
『乱と灰色の世界』は、前の連載が終了してからすぐ翌月に連載がスタート。最低限の準備のみで始められましたが、「大人になるってどういうこと?」という問いへの答えといえる作品になりました。
入江亜季『乱と灰色の世界』
入江による連載中の作品が『北北西に雲と往け』。車とアイスランドが好きで初めた、と語るように、作中に登場するジムニーJA11と同型の中古車を、入江も購入しています。
大きな景色を描くことよりも、そこに読者を連れて行くのが難しいと語る入江。登場人物への教官、現実味ある小物、丁寧なアプローチなど、必要なものをひとつひとつ準備し、作品のなかで読者が体験できるよう意識しながら、連載は進められています。
入江亜季『北北西に雲と往け』
会場の序盤では、同人誌での両者の活動も紹介されています。
森は高校生の頃に同人誌に触れ、卒業後にはひとりで描くように。同人誌即売会の知識が乏しかったため戸惑いもありましたが、直接、読者から感想を聞けたことは良い経験としています。
入江は、高校の頃の漫画の名作復刊ブームで漫画の可能性を知り、上京して二次創作と同人誌を描くことに熱中。入江も、同人誌での活動を通じて、読者がいるという実感がもてたことが、何よりも宝になったといいます。
森薫 同人誌
会場にはそれぞれが使っている画材や、机周りの紹介もありました。
森は「椅子が合うか合わないかは死活問題」として、アーロンチェアを使用。入江は「モノとして単純に好き」という理由で「ポメラ」(キングジム社製のデジタルメモ)を愛用しています。
画材など
日本のみならず、世界各国で翻訳されて、多くの読者を魅了している二人の漫画。創作の息づかいが漂う原画からは、さらにその魅力が増幅されて迫ってきます。
会場各所にある両者の言葉はファンはもちろんのこと、漫画家を目指す人にとっても参考になりそうな展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年11月1日 ]