1年生わくわくぶんこ ~「子どもたちの読書活動を応援したい!」書店と小学校が手を取り合う、倉敷市独自の読書教育
読書好きにはたまらない、図書館に配架(はいか)される大量の蔵書。一方で、初めて図書館に行く人のなかには、どこから手を伸ばしたら良いかわからず、戸惑ってしまう人もいるでしょう。
ピカピカのランドセルを背負った小学一年生が初めて利用する図書館は、学校図書館です。学校図書館には、読み物としての絵本や小説だけでなく、調べ学習で使用する図鑑や辞典も数多く取りそろえられています。
私も前職の教員時代、児童たちと授業内外で学校図書館を利用していました。子どもたちは数多くの本に気持ちは高まるようでしたが、やはり45分の授業内で自分の読みたい本を探すのは大変な作業でした。
倉敷市では、全学校の学校図書館に「1年生わくわくぶんこ」を用意しています。書店と学校が手を取り合い、小学1年生の読書教育を応援する日本初の取り組みを紹介します。
1年生わくわくぶんことは
1年生わくわくぶんこは、倉敷市内の小学校の学校図書館に設置されている1年生専用の蔵書です。
読書教育がスタートする小学1年生に「まずは気軽に、読みたい本を選びスムーズに貸し出しをすること」を目的に2017年度からスタート。現在は、倉敷市立小学校の全学校図書館に設置されています。
1年生わくわくぶんこの取り組みは、学校だけで進んでいるのではありません。発案者は、倉敷市内の書店有志で活動する倉敷市書店事業協同組合ですが、読書推進活動をする倉敷市との協議の上、市の事業として施行されました。
倉敷市書店事業協同組合傘下の書店は、主に倉敷市立の学校へ教科書の納入と学校図書館へ図書の販売をしています。
書店と倉敷市がともに選書
毎年の選書作業も、倉敷市書店事業協同組合と倉敷市長がともにおこなっており、蔵書は年々増加中です。蔵書は増やすだけでなく、多くの手に渡り古くなった本を必要に応じて新しい本に買い替えることも、検討されています。
新入生が最初に手に取る蔵書は、少しでもきれいな状態がうれしいですよね。
選書の際には、以下四つのテーマをもとに出版社が1年生わくわくぶんこに推薦する本を選びます。
・友達
・家族
・思いやり
・学校生活
出版社が選んだ本を、倉敷市書店事業協同組合で確認し、教育委員会内の部署で1冊ずつ丁寧にプレゼンを行います。部署担当者も実際に手に取って内容を確認します。その後、倉敷市長に提案。
倉敷市長も実際に一冊ずつ手に取り、内容を確認して選書します。改案が必要と判断されれば、選書をはじめから見直します。
2024年度に採択されてた1年生わくわくぶんこの蔵書は以下のとおりです。
1年生わくわくぶんこのマーク
2024年度には、1年生わくわく文庫の目印となるマークも誕生しました。
書籍に貼られているので、自宅に持ち帰ってきたときにも「これが、1年生わくわくぶんこの本なんだな」とすぐにわかりますね。
このマークのデザインを担当したのは、小田郡矢掛町出身で岡山市に在住のフードイラストレーター・絵本作家いわさきまゆこさん。
「2年生の子が、1年生の子に対して『この本良かったよ!』と、自分が読んだ本をおすすめしていた」という、取り組みを通して実際にあったエピソードから着想を得て生まれたイラストなんだとか。
背景の周りの縁に使用されている明るい色は、それぞれ倉敷市の特産物である、マスカット・ピオーネ・桃をイメージしたカラーになっているそうです。また、黄色の円は、ピカピカの1年生を表しています。
学校図書館の状態は、書店が定期的にチェック
倉敷市書店事業協同組合の役割は、選書や配本だけではありません。
定期的に小学校へ訪れ、学校図書館の状態を確認。1年生わくわくぶんこの活用状況を聞き取ったり、より本を手に取りやすい環境設定の助言もおこなっています。
各学校での1年生わくわくぶんこの活用状況は、出版社とも共有。翌年度の選書の参考にもなっているそうです。
倉敷市書店事業協同組合 理事長の片岡正樹(かたおか まさき)さんと組合広報の山名史晃(やまな ふみあき)さんに、「1年生わくわくぶんこ」への思いや、おすすめの活用方法を聞きました。
倉敷市書店事業協同組合にインタビュー
「1年生わくわくぶんことは?」「うちの子が1年生わくわくぶんこを借りてきたらどうしたらいい?」など、1年生わくわくぶんこへの思いや活用方法について、倉敷市書店事業協同組合 理事長の片岡正樹(かたおか まさき)さんと組合広報の山名史晃(やまな ふみあき)さんに話を聞きました。
──「1年生わくわくぶんこ」の企画意図を教えてください
片岡(敬称略)──
1年生わくわくぶんこは、小学1年生の子どもたちに向けた読書教育のひとつです。
読書教育が始まる最初の年に、1年生専用の本棚を作ることで、子どもたちが本に親しみやすい環境を作りたいと思い、倉敷市書店事業組合が倉敷市と一緒に2017年度年からスタートしています。
山名(敬称略)──
というのも、倉敷市の公立幼稚園には図書室がありません。
そのため、倉敷市立小学校の新一年生にとって小学校の学校図書館は、読書教育を受ける初めての場になり得るわけです。当然、数ある蔵書のなかから自分が読んでおもしろい本を見つけ出すことは困難です。
しかし、1年生わくわくぶんこのように、自分たちのためにある限られた本のなかからであれば、お気に入りの一冊を見つけ出せる子もいます。
国語科の図書の時間に「一冊も本を選べなかった……」と肩を落とすことも、読書離れの原因のひとつです。だからまずは、限られた本のなかから自分で本を選び、それを読んで「次の本を借りたい」と思ってもらえるといいなと思います。
──「1年生わくわくぶんこ」の設置場所を学校図書館にした理由を教えてください
山名──
先ほども話したように、小学1年生にとって学校図書館って慣れない場所だと思うんです。
だからこそ「1年生わくわくぶんこ」は、わざわざ学校図書館に通う理由のひとつにもなるんですよね。1年生わくわくぶんこをたくさん読んだ子は、やっぱり2年生以降も学校図書館に通いますし、読書量も圧倒的に多いんですよ。
片岡──
図書館って、ジャンルごとに本が配架されていますよね。「コーナーごとに蔵書を読書しました!」なんて子どももいるんですよ。
また、小学校において学校図書館と保健室の二か所は、用事があってもなくても訪れて本音で語れる場だと思うんです。学校図書館司書の先生に、お悩み相談をした経験のある人もいるのではないでしょうか。実際、保健室登校とか図書室登校が、支えになっている子どももいますよ。
子どもたちには、心の拠り所になるような居場所を一つでも多くもってもらいたいし、そのひとつに学校図書館があってくれたらうれしいです。
──「1年生わくわくぶんこ」をやってきて、印象に残っているエピソードはありますか
片岡──
上級生が下級生に、本を紹介してあげたエピソードがあります。
山名──
1年生わくわくぶんこは当初25冊からスタートしたんですけど、毎年新しい蔵書を追加しているので、今はもう100冊以上あるんです。
すると、その100冊から選ぶことが難しい子もいるんですよね。
でも、7年間やっている取り組みなので、現在小学校に在籍している子はみんな1年生わくわくぶんこの経験者なんです。だから、困っている1年生のそばに上級生が寄り添って「この本を読んでごらん」と一緒に選んであげているようすがあると学校から聞きました。
片岡──
学校図書館って、学校で唯一いろいろな学年が普通に行き交う場所だと思うんです。
運動量とかも関係ないですしね。だから、憧れのお姉さんが読んでいる本を見て「私もいつか読んでみたい」と憧れの思いなども育める場所だと思っていて。実際に「この本を読みたいから頑張る!」と勉強を頑張る子もいるそうです。
1年生わくわくぶんこが学校図書館にあることで足を運び、必然的に読書する上級生を見る。その上級生の姿から学ぶこともまた、読書教育の醍醐味(だいごみ)ではないでしょうか。
山名──
とある学校では、1年生わくわくぶんこ専用のスタンプカードを作っているそうです。1年生わくわくぶんこの図書を全部読んだ子は、一日図書委員ができる権利をプレゼントされます。本の貸し出しや図書の整理を担う図書委員は、上級生を中心に活動されるものなので、通常であれば1年生は体験できません。でも、1年生わくわくぶんこをコンプリートするような子にとってはきっと憧れの存在。
このように、学校ごとに工夫してイベントなどをされているところもありますよ。
──自分の子どもが「1年生わくわくぶんこ」を学校から借りてきたら、親はどうすればいいですか
山名──
一番の理想は、親子で一緒に読むことです。
子どもが借りてくる本のなかには、お子さん一人で読み切れない本もあります。そんなときに、親子でのやり取りのツールとして1年生わくわくぶんこを使ってほしいですね。
片岡──
小学生になると、一人で読めるようになるのでお子さん一人で読書をさせていませんか?
でも、子どもたちって親御さんからの声掛けがうれしいんですよ。だから「今日は本何冊借りたの?」「この本はどんなお話だったの?」と声を掛けてあげてください。
自分の子どもの読書レベルも、親御さんが一番よくわかっていると思います。学校ではなかなか助け舟を出せない子もいるので、一緒に読んであげるのも良いと思います。
山名──
最初は、「1年生わくわくぶんこ」のシールがついている本ばかりお家に持ち帰るでしょう。
しかし、いずれシールのない本が増えてきます。それはもしかしたら、お子さんが1年生わくわくぶんこに頼らなくても自分で読める本が増えたという一つの指標にもなるのではないでしょうか。
──「1年生わくわくぶんこ」を選書する際に意識していることはありますか
山名──
私たち倉敷市書店事業協同組合が選書の際に意識していることは、二つあります。ひとつは、1年生の読書レベルを想像しないこと。もうひとつは、子どもたちの想像が搔き立てられるものを選ぶことです。
小学1年生が読む本……というと、絵本ばかりを想像してしまいませんか。しかし、大人が絵本しか与えなければ、子どもはそれしか読みません。だからこそ、さまざまなジャンルの本を選書することで、子どもたちの可能性に蓋をしないよう意識しています。
実際に、こちら側が一年生には難しいかなと思っていた本が子どもたちに刺さり、学校の先生が試行錯誤しながら授業で扱うことで、授業の幅が広がったとのエピソードも聞いています。
私たちは、学校図書館司書ではなく書店なので、作り手である出版社や作家とも情報共有している書店の強みを活かして、これからも選書していきます。
──最後に、読者へひと言お願いします
片岡──
一冊の本から「相手はどう思っているのかな?」といった子どもたちの思いやりの心やそれを表現する力は育ちます。読書活動が盛んになることは、子どもたちの世界を大きく広げてくれるでしょう。その内と外の世界をつなぐ本を、子どもたちにしっかりと読んでもらいたいと思っています。
山名──
「手元に置いておきたい一冊はなんですか」
これに尽きます。想像の世界に飛び立つも良し、現実の旅に出るも良し。その手元に置いておきたい一冊が、その子の指標になってくれるのではないでしょうか。
でもなによりも、1年生わくわくぶんこの本を子どもがもって帰ってきたら、ぜひお子さんと一緒に読んであげてください。「1年生わくわくぶんこ」のシールが貼ってある本だけでいいので。
おわりに
私も、前職の教員時代に学校図書館司書教諭を務めていました。図書の購入や学校図書館の管理だけでなく、選書も図書の管理もすべて教員のみの業務。また、選書もカタログやインターネットで注文していたため、地元の書店とともに選書するという発想はありませんでした。
しかし、倉敷市書店事業組合は「市内のすべての子どもたちのために」をスローガンに活動し、「1年生わくわくぶんこ」を実現させ、継続しています。地元の書店と学校がともに手を取ることで、子どもたちの読書教育の幅は、ぐっと広がるだろうと感じます。
倉敷市の子どもたちの読書活動がより豊かになるであろう、市民として誇りに思う教育活動のひとつです。