戦後80年、キャパのレンズが映したもの ― 東京都写真美術館「ロバート・キャパ 戦争」(取材レポート)
20世紀を代表する報道写真家、ロバート・キャパ(1913-1954)。スペイン内戦の写真で名を上げ、第二次世界大戦やインドシナ戦争など、数々の戦場を取材し、戦争の悲惨さと人間の姿を臨場感あふれる写真で記録しました。
今年は戦後80年。キャパの写真を通じて戦争の実相と人間の姿を伝える展覧会「ロバート・キャパ 戦争」が、東京都写真美術館で開催中です。
東京都写真美術館「ロバート・キャパ 戦争」会場入口
ロバート・キャパ(本名:アンドレ・フリードマン)は、ユダヤ系の両親のもとハンガリーで生まれました。18歳でベルリンに渡り、写真の道へ進みます。1932年、ユダヤ人排斥の激しさを増す故郷ハンガリーを離れ、パリへ。無名で貧しかった彼を支えたのは、日本人留学生をはじめとする若い友人たちでした。
第1章「ジャーナリストを目指す(1932-1937)」
1935年の春、キャパはバルセロナとマドリードを訪問。翌年8月に再訪した際には、かつてブルジョアの町だった両都市が労働者革命によって大きく変貌していました。「新しい世界を創る」という熱気の渦の中、キャパはスペイン内戦を記録しました。有名な《崩れ落ちる共和国側の兵士》はフランスのグラフ誌『Vu』に掲載された後、アメリカの『LIFE』でも紹介され、キャパの名は世界の戦場写真家として広く知られることになります。
第2章「スペイン内戦(1936-1939)」
1937年、盧溝橋事件をきっかけに日本軍の中国侵攻が本格化。スペインで取材を続けていたキャパは、1938年2月に蒋介石の暫定首都・漢口に入りました。日本軍の空襲で荒廃した街並みや避難民、愛国集会、戦争に動員される少年や女性たちを取材し、戦争の悲惨な現実を世界に伝えました。その写真は、日本のグラフ雑誌「グラフィック」などにも掲載されています。
第3章「日中戦争(1938)」
1941年5月、キャパはロンドンに到着。ドイツ軍による激しい空襲を耐え抜く人々の姿を捉え、市民国防兵(ホーム・ガード)の訓練や防空壕での生活、爆撃で崩壊した街並み、労働者階級の暮らしなど、戦時下のイギリスの実情を記録しました。
第4章「第二次世界大戦 戦時下のイギリス(1941-1943)」
1943年3月、キャパはアメリカ軍の北アフリカ戦線を取材。パットン将軍率いる部隊がドイツ軍と激しい戦闘を繰り広げ、大勝利を収める瞬間を目撃しました。これは、スペイン内戦以来となる本格的な戦場での撮影となりました。
第5章「第二次世界大戦 北アフリカ(1943)」
キャパの写真には、戦争の普遍的な残酷さと、人々のたくましさという共通したテーマがあります。戦況が変わることで昨日までの敵が解放者となり、人々が本来の生活を取り戻そうとする様子を、イタリア戦線で克明に記録しました。
第6章「第二次世界大戦 イタリア上陸(1943-1944)」
1944年6月6日、連合国軍はノルマンディー上陸作戦を開始。キャパは、第一陣の突撃部隊とともに上陸し、戦場の最前線で命がけの撮影を行いました。しかし、ロンドン支局での暗室作業のミスにより、撮影したフィルムのほとんどが失われ、現像されたのはわずか11カットのみ。その写真は、戦場の壮絶な現実を生々しく伝えています。
第7章「第二次世界大戦 ノルマンディー上陸(1944)」
1944年8月25日、キャパはパリ解放の先陣を切るフランス軍に同行。市内ではドイツ狙撃兵との激しい戦闘が繰り広げられる中、フランス市民やレジスタンスが軍を支援し、多くのドイツ兵が捕虜となりました。翌日、シャンゼリゼ大通りではド・ゴール将軍率いる盛大なパレードが行われました。
第8章「第二次世界大戦 パリ解放(1944)」
1944年12月16日、撤退を続けるドイツ軍は、ベルギーのアルデンヌ地方で大規模な反撃作戦を開始。キャパは、ストーニュでドイツ軍に包囲された米軍空挺師団を救援する部隊に同行し、極寒の中での壮絶な戦闘を記録しました。
第9章「第二次世界大戦 ドイツ降伏(1944-1945)」
ナチス・ドイツによるホロコーストで多くの縁者を失ったキャパは、1948年から1950年にかけて三度イスラエルを訪れました。ホロコーストを生き延びたユダヤ人たちが新しい国家を築く姿に共感する一方で、パレスチナ人の犠牲の上に成立したこの国が中東戦争の火種となる現実も目の当たりにしました。
第10章「イスラエル建国(1948-1950)」
1954年5月、キャパは「カメラ毎日」創刊に伴い来日。しかし「ライフ」誌の要請を受け、インドシナ戦争の取材に向かいました。ディエンビエンフー陥落後、ラオスのルアンプラバンでの捕虜引き渡しを取材。その後、ベトナム北部でのフランス軍撤退作戦の最中に地雷を踏み、40歳の若さでこの世を去りました。
第11章「終焉の地 ― インドシナ半島(1954)」
戦場の最前線でシャッターを切り続けたロバート・キャパ。彼の写真は単なる戦争の記録ではなく、その中で生きる人々の恐怖や希望、そして揺るぎない人間の強さを映し出しています。残された写真は今もなお、私たちに戦争の現実とそこに生きる人間の姿を語りかけています。
ロバート・キャパが見た世界、そして彼が伝えようとしたものを、会場で感じてください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年3月14日 ]