殺された女性が幽霊になって死の真相を証言 【グリーンブライアーの幽霊】事件
1897年、アメリカのウェストバージニア州グリーンブライアー郡で、不思議な事件が発生した。
23歳のアメリカ人女性、ゾナ・ヒースターが亡くなった後、幽霊となって母親の前に現れ、自分の死の真相を告白したという。
それにより、ゾナは夫のエドワードに殺害されたことが明らかになり、彼は逮捕された。
この心霊現象は法廷にまで影響を与え、エドワードは有罪判決を受け、終身刑を言い渡された。
ゾナの幽霊が告げた真実が、法的判断に大きな役割を果たした異例の事件となったのである。
恐怖に満ちた表情で亡くなっていたゾナ
結婚して3ヶ月のゾナとエドワードは、グリーンブライアーで新婚生活を送っていた。
1897年1月23日、仕事に出ていたエドワードは、新婚生活に必要なものを妻に聞くため、近所に住む少年アンディを二人の新居に使いに出した。
アンディは家の玄関をノックしたが応答がなかったため、鍵の開いている家の中にそっと入った。
階段の下まで進むと、そこには倒れているゾナの姿があった。
彼女の目は大きく見開かれ、恐怖に満ちた表情で天井を見つめていた。
アンディはゾナを揺り動かしてみたが、彼女の身体はすでに冷たくなっていた。
アンディは急いで自宅に戻って母親にこの悲劇を知らせ、次にエドワードが働く鍛冶屋に走り、ゾナの死を伝えた。
その後、地元の医師で検死官でもあるナップ博士が急いで呼ばれたが、他の患者の診察をしていたため、現場に到着したのはアンディが遺体を発見してから1時間後であった。
検死を中断させたエドワード
ナップ博士が現場に到着した時、エドワードはすでにゾナの遺体を2階の寝室に運び、ベッドに寝かせていた。
ゾナは固い襟のハイネックドレスが着せられ、顔は布で覆われていた。
エドワードは、ナップ博士が検死を行っている間、妻の頭を抱きかかえながら号泣していたという。
そして、ナップ博士がゾナの首や頭を調べようとした瞬間、エドワードは激しく動揺し、「これ以上、妻の遺体を傷つけたくない」と抵抗したため、彼は検死を中断せざるを得なかった。
結局、ナップ博士はゾナの死因を「出産による合併症」と記録した。
ゾナは、エドワードと結婚する1年半前に別の男性との子どもを出産していた。ナップ博士はその際に彼女を診察し、死の2週間前にも体調不良を診ていたのである。
ナップ博士は、ゾナの首にかすかな痣を見つけ違和感を覚えたが、結局エドワードの強い抵抗を前に、それ以上の検死を行うことはできなかった。
シーツに残っていたピンク色の染み
翌日、ゾナの遺体は棺に納められ、両親の家へ馬車で運ばれた。
通夜には多くの隣人や友人が訪れ、ゾナに最後の敬意を表し、家族を慰めた。
しかし、夫エドワードの奇妙な行動に疑念を抱く者もいた。
彼はなぜか、誰一人として棺に近づけさせなかったのである。
ゾナはすでにハイネックのドレスを着ていたにもかかわらず、エドワードは「妻のお気に入りだった」と言いながら、首元にスカーフを巻いた。
さらにゾナの頭の片側に枕を置き、もう片側には畳んだ洋服を置き、「ゾナを、より快適に休ませるためだ」と説明した。
翌日、ゾナの遺体は家族の墓地に埋葬された。
しかし、遺体を運ぶ際、何人かの参列者がゾナの首が不自然に緩んでいることに気づき、彼女の死因に対する疑いが持たれ始めた。
ゾナの母親、メアリーもまた、娘の死因に疑問を抱いていた。
通夜の後、メアリーはゾナの遺体の下に敷かれていたシーツを取り出し、エドワードに返そうとしたが、彼はそれを拒否した。
メアリーはそのシーツを畳んでいる時、独特な異臭がすることに気づく。
シーツを洗面器で洗うと、水がまるで血液のように赤く染まり、シーツの一部がピンク色に変わったという。
そして、赤く染まった水は不思議と透明に戻り、シーツにはピンク色の染みが残ったままであった。
シーツを煮沸させて数日間外に干しても、その不気味な染みは消えなかった。
メアリーは、この不思議な出来事を「ゾナが殺害された兆候」と解釈し、エドワードが犯人だと直感したという。
実はメアリーは、エドワードと初めて会った時から、彼に対して強い不信感を抱いていた。
一見、好青年に見えるが「何か裏の顔を隠している」と感じていたのだ。
そして、エドワード自身が「2度の結婚歴があり、2人目の妻が不審死を遂げた」と打ち明けた時、メアリーの不信感は嫌悪感に変わったという。
幽霊となって現れたゾナ
ある夜、メアリーが自室で寝ていると、物音がして目が覚めた。
部屋を見渡すと、暗闇の中で何かが光っていたという。
その光は徐々に人間の形をとり、部屋に冷たい寒気をもたらした。
それはなんと、亡くなったときと同じ服を着た娘、ゾナであった。
ゾナは何かを話そうとしたが、メアリーが手を伸ばすとその姿は消えてしまった。
しかし、その翌日の夜から3日間、ゾナは再びメアリーのもとに現れ、どのように死に至ったかを語り始めたのである。
ゾナによると、結婚初期の甘い生活はすぐに終わり、エドワードは次第に些細なことで激しい怒りを見せ、暴力をふるうようになったという。
そして、あの運命の日の出来事も詳細に語った。
あの晩、仕事から帰ってきた彼は、あきらかに怒っていた。
夕食の準備ができたと伝えると、彼は『肉がない!』と私を叱り始めた。
十分な食事があったにもかかわらず、彼は激怒し、立ち上がって私を殴りつけた。
私が起き上がろうとすると、彼は両手で私の頭を掴み、喉を締めつけ、首をひねって骨折させた。
そうして、私は命を落とした。
ゾナは、証拠を示すために折れた首を回し、自分の頭を後ろ向きにしてメアリーに見せた。
さらに、エドワードと住んでいた自宅周辺の環境についても詳しく伝えたのだった。
すべての真相を語り終えた幽霊のゾナは、「できることはすべてやった」と言い残し、夜の闇の中に消えていったという。
幽霊ゾナの告白と一致した検死解剖結果
メアリーは、娘ゾナの幽霊が語った内容が真実であると確信し、グリーンブライアー郡のプレストン検察官に再捜査を強く求めた。
プレストン検察官は、ゾナの幽霊の証言を完全に信じていたわけではなかったが、再捜査を行い、ナップ博士への事情聴取も実施された。
ナップ博士は、遺体の検死時に夫エドワードに妨害されたことを認め、自分の診断が不十分であったと告白する。
そして、ゾナが亡くなってからちょうど1ヶ月後の1897年2月22日に、彼女の遺体は墓から掘り起こされ、ナップ博士と2人の医師によって詳細な検死解剖が行われた。
3日間に及ぶ検死解剖の結果、ゾナの喉には首を絞められたことを示す指の形の打撲痕が見つかり、気管が潰されていたことが判明した。
首の第1椎骨と第2椎骨の間は脱臼しており、他にも骨折や靭帯の破裂も確認された。
ゾナの幽霊が母親に告白した通り、絞殺されていたことが明らかになったのである。
検死解剖が終わると、ゾナの遺体は再び墓に埋葬され、エドワードは逮捕された。
目撃者はいなかったが、メアリーを通じて告白されたゾナの幽霊の証言が決定的な証拠となり、彼は殺人罪で起訴されたのだ。
「幽霊が犯人を告発した」という前代未聞のこの事件は人々の興味を引き、メディアでも大きく取り上げられたのだった。
エドワードの生涯の目標「7人の妻を持つこと」
状況証拠のみで起訴されたエドワードは強く反発し、当然のごとく無罪を主張した。
しかし、拘留中に得られた捜査情報や彼の発言がメディアに流出し、「ゾナの幽霊証言は正しかった」と信じる人々が増えていった。
エドワードと結婚していた最初の妻は、「彼は非常に残酷で暴力をふるう男だった」と非難し、彼が馬泥棒を働いて刑務所に入ったのを機に離婚したと告白した。
2番目の妻は、結婚してからわずか8ヶ月足らずで不審死を遂げていた。
さらに、エドワードは地元新聞記者との面会で、とんでもない発言をした。
俺にとって不利な証拠はない。だから、釈放されると確信している。
ゾナは3番目の妻だったが、彼女を悼む気持ちは終わり、俺は元気だ。
俺の生涯の目標は、7人の妻を持つことだ。
この発言が地元新聞で報じられると、警察や検察、そして地元住民たちのエドワードへの不信感が一気に高まったのだった。
弁護側の「幽霊は虚偽」戦略が裏目に出て終身刑に
1897年6月22日、エドワードの裁判が始まった。
最初に証言台に立ったのは、ゾナの遺体を検死解剖したナップ博士であった。
彼は、「ゾナの死因は首の骨折であり、偶発的な事故ではなく、他者の故意によるものである」と明言した。
次の証言者は、ゾナの母親メアリーであった。
メアリーは、「ゾナが死後に自分の寝室に現れ、夫エドワードに殺害されたことを告白した」と語った。
判事は、幽霊の話には深入りせず、事実にのみ焦点を当てて審議を進めた。
幽霊の話は非科学的であり、陪審員に不合理な印象を与えることを避けるため、証拠としても扱わないと決めていたからであった。
ところが、エドワードの弁護人が、メアリーを「信用できない証人」にするため、ゾナの幽霊の話を持ち出したのである。
弁護士は、メアリーに「幻覚を見ていたのではないか?」としつこく尋問したが、彼女は終始冷静で一貫した証言を崩すことはなかった。
さらに彼女は、一度も訪れたことがないゾナとエドワードの家の周辺環境を詳しく描写し、ゾナの幽霊が語った内容が事実であることを裏付けた。
メアリーの証言によって、弁護側の戦略が裏目に出た瞬間であった。
結局、陪審員たちは判事から「幽霊の話は無視するように」との指示を受けつつも、メアリーの証言を信じたのである。
1897年7月11日、エドワードは殺人罪で有罪とされ、終身刑が言い渡された。
「幽霊の証言」が州に認められ、道路に記念標識が立てられる
エドワードはその後3年間、刑務所で服役したが、疫病にかかり、1900年3月13日に35歳で病死した。
一方、ゾナの母親メアリーは、生涯にわたって娘の幽霊のエピソードを熱弁し続け、1916年9月に亡くなった。
現在、ウェストバージニア州のゾナの墓地近くの高速道路には、この事件にまつわる記念標識が立てられている。
そこには、次のように記されている。
この墓地にはゾナ・ヒースター・シューが眠っている。
彼女の1897年の死は当初、自然死と思われていたが、彼女の霊が母親の前に現れ、夫エドワードに殺害された経緯を告白した。
掘り起こされた遺体の検死によって、その証言は裏付けられ、エドワードは殺人罪で有罪となり、州刑務所に収監された。
幽霊の証言が、殺人犯の有罪判決に役立った唯一の事例である。
メアリーの幽霊話の真偽は闇の中
ゾナの幽霊が本当に現れたのかどうか、今となっては誰にもわからない。
ゾナの死が不自然であったことは確かだが、真犯人を示す証拠はなく目撃者も存在しなかった。
しかし、夫エドワードはゾナと出会う前から反社会的な行動が多く、ゾナの死後も人々に不信感を抱かせていたのは事実である。
一方で、検死解剖の前にゾナの死因を正確に知っていたメアリーの幽霊話は、彼女の頭の中で創作されたストーリーだった可能性もゼロとは言い切れない。
あるいは、エドワードを陥れるための戦略的な陰謀だった可能性も考えられる。
真相は今も闇の中だが、幽霊の存在が裁判に影響を与え、多くの関係者の人生を変えたのは紛れもない事実である。
この奇怪な事件は『グリーンブライアーの幽霊』として、2000年代に入ってからも4度舞台化され、2冊の小説の題材にもなり、現代に至るまで人々の心を揺さぶり続けている。
参考 :
『The Greenbrier Ghost: And Other Strange Stories』 Dennis Deitz (著)
『Man Who Wanted Seven Wives: The Greenbrier Ghost and the Famous Murder Mystery of 1897』 Katie Letcher Lyle (著)
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