玩琴趣談5 「琵琶」
東京で二胡や広東高胡、中国音楽のレッスンをしている安西創です。そんな私が中国の楽器をちょっとだけディープに紹介する「玩琴趣談」の5回目。過去には第1回「笛子」、第2回「小三弦」、第3回「高胡」、第4回「笙」とそれぞれ違う楽器についての記事がアップされています。ぜひ合わせてご覧ください。そして、何気なく聴いていた民族音楽や、そこに使われる楽器の輪郭が以前よりくっきりと浮かび上がって来たら幸いです。
今回は「琵琶」を取り上げます。日本人にはあまり馴染みがありませんが、中国では独奏並びに各種のアンサンブルで、豊かな音量と豊富な表現技巧を持つ楽器として幅広く重要な役割を果たしています。主役に良し、脇にいて良し、また語り物の引き立てに良しの万能選手。西域起源の楽器でありながら、渡来してから長い歴史を刻む内に雅俗どちらにも引っ張りだこの欠かせない「中国楽器」になった、そんな琵琶のお話しにお付き合いください。
白牛角軫老紅木琵琶(高占春制)
さて、日本へは奈良時代に雅楽の楽器の一部として日本に伝わった琵琶ですが、元々は中国にとっても外来の楽器でした。主に楽器の形が異なる2系統の琵琶がありますが、今回取り上げている楽器の系統は東晋の時代にペルシャから新疆経由で渡来たものです。そして唐代を一つの頂点に発展を遂げますが、これが現代の楽琵琶に近い形のいわゆる「琵琶」です。「琵琶」という名前だけ聞いた事がある……という日本人にとって恐らく一番最初に思い浮かべるのは「耳なし芳一」というお話しの中で、盲僧が「ベンベン」と語り物の伴奏に弾く「琵琶」ではないでしょうか。確かに日本では雅楽以外では語り物の芸能に多く琵琶が使われて来ました。雅楽で使われている「楽琵琶」も古い形がそのまま保存されていて、横に抱えて弾く様子を目にする事ができます。
楽琵琶のデモンストレーション
https://youtu.be/M6QNtN1EL_g?si=CYwXk1VqbggsvGA5
一方、今回の主役である(現代の)中国の琵琶は、楽器の改良発達の結果、数多くのフレット(音程を変えるために押さえる指板の事)があり、改良された金属弦を貼り、キラキラとした高音域でもメロディを奏でる必要から垂直方向に構えます。右手側のバチを使った奏法は失われており、義甲をはめた5指を駆使したアクロバティックとまで言われる華麗なトレモロ奏法が目を惹きます。かと言って昔からそうだった訳ではなく、元は日本に伝わった奏法と近かった物が、年月を経て奏者の工夫、聴く人の好みや曲の要求などに応えて行くうちに変化進化した結果である事を考えると、日本と全く違うアプローチになったのは実に面白くて興味深いものがあります(日本の琵琶の諸派では古風を遺す楽琵琶のバチが小さく、新しい流派のバチは大型化していて薩摩琵琶など開き(イチョウ型のバチの先端、一番長いところ)が30センチほどの物もあります。中国でバチが消えたのと逆方向ですね。
現代の琵琶演奏。比較的静かな曲調の曲を「文曲」と呼びますが、その代表曲の一つ「霓裳曲」。江南地方の雰囲気濃厚に、穏やかなメロディが連綿と続きます。
https://youtu.be/0Y1PLSot2-A?si=VaDXrxkfWMpXy37x
香港中楽団のメンバーによるデモンストレーションはこちら。各種演奏技法を示した後、有名曲のダイジェストが続きます。
https://youtu.be/XXA9C43oPfU?si=SrTR-EOhBvTfQBYj
中国で琵琶を使った「語り物」のジャンルといえば筆頭はこちら「蘇州評弾」。蘇州語の節回しと三弦、琵琶が渾然一体となってファンが多い芸能です。
https://youtu.be/XunhL8gJix0?si=1AvIvK8v6SICKluR
中国では文学作品にも登場する琵琶。「琵琶」を題材にした有名な作品といえばなんと言っても白居易の「琵琶行」だろうと思いますが、この作品の影響は遠く日本にも及び、芭蕉も「琵琶行の夜や三味線の音霰」という句を詠んでいるほどです。しみじみとした冬の夜に琵琶行の世界になぞらえた三味線がポツポツと聴こえてくる様子が「おとあられ」で表されて味わい深いです。
繰り返しになりますが、この作品が書かれた唐代の琵琶はまだ横抱えで撥(バチ)を使って弾いていました。清代までは鼈甲や牛角で作った細長いバチ(短めの平たい「アイスの棒」のようなカタチを想像してください)で弾く奏法が残っていましたが、それも後に廃れます。けれどもこの細長いバチを使った演奏スタイルは辛うじて今も長崎の出島経由で日本に伝わった「清楽」に使われる「唐琵琶」や「月琴」にその名残を見る事ができますから、雅楽といい、正倉院の御物といい、日本は本当にすごいタイムカプセルですね。
因みに、中国にも「生きた化石」と言われているほど古いスタイルの琵琶が保存されている例があります。それは福建南音(南管)という福建省泉州で生まれた合奏音楽に使われる琵琶で、今も絹糸を張り、横に抱えて演奏します(バチは用いず指で弾きます)この琵琶を聴く時「琵琶行」に出てくる音楽はこのようなものに近かったのであろうかと、私は遥か昔を想像しています。南音は「生きた化石」とは言いながら、今も福建系の移住先、台湾やシンガポールでも盛んに演奏されている正に「生きた」音楽でもあります。
乾隆58年(1793)に設立された台湾で一番古い南管の結社「振聲社」のドキュメンタリー。プログラム中、現代の琵琶と異なる低めで穏やかな琵琶の音色もたくさん耳にする事ができます。
https://youtu.be/PeFs2oTcBjg?si=KaamUrVjbIyqGzsn
絹糸の琵琶の演奏。使われている琵琶も現代の楽器とはフレットの数が違う清代の琵琶です。近年二胡や琵琶などの弦を絹糸に復興しようという活動が一部にあり、日本の絹弦メーカーさんとの協業も行われています。
https://youtu.be/Tu7SB6wonA8?si=L-ubsVYmcoTV8Y9E
横浜中華街にある悟空茶荘。その二階の茶館では主に水曜日、琵琶の生演奏が行われています。ぜひお店のスケジュールを確認して生の音色に触れてみてください(因みに月曜日が二胡、そして木曜日には台湾の人形劇「布袋戯」が楽しめます。定期的に生演奏が楽しめる茶館はとても貴重。ぜひチェックしてみてください)
悟空茶荘
https://www.goku-teahouse.com/shop/shop02/
今回は中国の琵琶のお話しでした。