まるで映画のような世界観!大峯山の麓にある役行者ゆかりの避暑地、奈良県天川村・洞川(どろがわ)温泉へ
修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)が開山した、大峯山(おおみねさん)。洞川(どろがわ)地区は、標高1719mの霊峰へ向かう修験者をもてなす行者宿として栄えてきた。近年は温泉街・避暑地としても人気を博す山岳信仰の里を歩いた。
私たちは、大峯山のおすそ分けで生きてきた
修験道の根本道場として大峯山が開山されたのは、約1300年前。龍泉寺には役行者が当時発見したとされる湧き水がいまも湧出する。
「湧出口の近くには八大龍王を祀っています。洞川の水が非常に豊かなのは『八大龍王様のおかげ』と信じている地元の方も多いんです」と住職の岡田悦雄さん。
洞川に温泉が湧出したのは昭和40~50 年代と最近。住職が子どもの頃は行者宿としての雰囲気が濃く、どろどろになった修験者が宿の縁側に座り、たらいで足を洗う風景をよく見かけたそう。
時代とともに一般観光客も増加したが、行者宿としての佇まいをよく残しているのが『花屋徳兵衛(とくべえ)』。17代目の花谷芳春さんいわく「縁側のあるロビーもアルミサッシにするか迷いましたが、あえてガラス戸のままにしました。大峯山のおすそ分けで生きてきた、という気持ちを大切にしています」。
温泉街周辺を歩けば、山岳信仰の香りがそこかしこに。宿の前には行者講から贈られた錫杖(しゃくじょう)風の記念碑が立ち、山上川(さんじょうがわ)沿いを歩けば役行者が行場として開いた洞窟・蟷螂(とうろう)の岩屋が厳かな空気を放つ。
一方で、温泉街には新しい施設も増えてきた。8年前にできた『シェアオフィス西友(にしとも)』では大阪府羽曳野(はびきの)市から来た男性が仕事中。
「ここは夏場も涼しいし、仕事がはかどる。土地のもってる力のせいか、集中できるんです」
定休日の木曜は「チャレンジキッチン」として、自分の店を開きたい人がトライアルで営業することも。実際に洞川で開業を実現した人もいるそう。
和漢胃腸薬の「陀羅尼助丸(だらにすけがん)」を扱う『銭谷小角堂(ぜにたにしょうかくどう)』の5代目・銭谷貴大さんは、2022年に『洞川温泉醸造所』を開業した。
「修験者たちの常備薬に端を発する陀羅尼助丸以外にも、洞川の名物を作りたかった。洞川にはビールを仕込むのに適したいい水もありますから」
さわやかな「山わらうエール」を飲み干し、ほろ酔い気分で再び温泉街へ。浴衣姿で歩く母娘がいたので話しかけると、なんとお母さんは青森から!
町で「洞川は呼ばれた人が来る場所」という話を聞いたけれど、その神力は、遠くみちのくまで届いていたとは。
『花屋徳兵衛』現存する宿では洞川温泉最古
創業は約500年前。行者宿ならではの縁側や神棚を残しつつ、貸切風呂やJBLの高性能スピーカーを配置した談話室など現代のニーズに合った設備も。浴場は前鬼の湯と、半露天風呂の後鬼の湯があり、21~22時に男女を入れ替え。
☎0120-134-878
1泊2食1万6700円~。6室
アルカリ性単純温泉
奈良県天川村洞川217
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩6分
「龍泉寺」修験者はここで水行をし大峯山へ
1300年ほど前、役行者が岩から湧き出る水を発見。八大龍王を祀ったのが寺の始まりとされる。本堂前の霊水を湛えた池には水行場が設けられ、いまも大峯山に登る修験者は、ここで心身を浄めたのちに入山する。
☎0747-64-0001
8:00~17:00、無休。無料
奈良県天川村洞川49
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩10分
『洞川温泉ビジターセンター』2024年春の改装で内風呂も露天風呂も開放的に
2024年4月の改装で、もともとの日帰り温泉に加え、体験ツアーなども受け付ける観光案内所や特産品の販売所が増設された。お風呂自体もリニューアルされ、天井が高い大浴場には、男女ともに広々とした露天風呂を備える。
☎0747-64-0800
11:00~19:30受付(特産品販売所と観光案内所は~20:00〈土・日曜・祝日は10:00~20:00〉)、水休。800円
アルカリ性単純温泉
奈良県天川村13-1
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩6分
『洞川温泉醸造所』湯上がりはごろごろ水仕込みのビールを!
喫茶店を改装、2022年に開業。ごろごろ水で仕込む、春・夏・冬をテーマとした3種のビールを味わえる。夏の山したたるエールは地元産の洞川夏いちご、冬の山ねむるエールには陀羅尼助丸の材料であるキハダの実の部分を使用。
☎0747-64-0046
15:00~22:00(土・日曜・祝日は13:00〜)、木休(時期により変動あり)
奈良県天川村洞川226
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩7分
『シェアオフィス西友(にしとも)』旅先のちょい仕事、ちょい休憩に
移住定住の連携の場となるよう、旅館を改装してシェアオフィスに。その後、地元の人と観光客の交流が生まれるよう1階をカフェとして営業。洞川夏いちごを盛り込んだスイーツを味わえる。
☎0747-68-9051
10:30~17:00、火・木休。コワーキング1日500円
奈良県天川村洞川243-2
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩7分
『柿の葉すし かじか』名水で炊き上げた自慢のシャリをぜひ
洞川温泉出身で、むかしから郷土料理の朴の葉すしを作ってきた藤井あさみさんが2016年に開業。元寿司屋だった父のレシピを参考にした酢飯はやや甘めで、脂ののったサバと好相性。押し固めすぎない酢飯は口でほろりとほどける。
☎080-9308-0303
9:00~17:00(食事は11:00~16:00)、月・火休
奈良県天川村洞川356-2
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩11分
取材・文・撮影=鈴木健太
『旅の手帖』2024年8月号より