宮藤官九郎が語る、生活感満載の“免疫力が上がる”新作コントを6本書き下ろす狙いとは……!?
ドラマ脚本家としても映画監督としても個性派俳優としても、人気、実力ともに高い評価を得続けている宮藤官九郎。特に今年は脚本を担当したドラマ『不適切にもほどがある!』や『新宿野戦病院』に加え、昨年製作され脚本と監督も手掛けた『季節のない街』が地上波でオンエアされ、さらにこの秋には山田太一の小説『終りに見た街』ドラマ化の脚本も書くなど、立て続けに作品が話題を集めている状況となっている。その宮藤が“今やりたいことを自由に表現する”場として1996年から不定期で上演している舞台が“ウーマンリブ”だ。Vol.16となる最新作『主婦 米田時江の免疫力がアップするコント6本』は、実に9年ぶりとなるオムニバスコントの新作書き下ろしとなり、片桐はいり、勝地涼、皆川猿時、伊勢志摩、北香那という新鮮な顔合わせを得て奇想天外、予測不可能なコメディーが繰り広げられることとなる。とはいえ、まだすべては宮藤の頭の中にある状態……という段階の7月下旬、取材会が行われた。宮藤が企む最新作コントは果たしてどんなものになりそうか、ヒントを語ってもらった。
ーーまずは今回のウーマンリブはなぜコントで行こうと思われたのか、ということからお聞かせください。
実はこれ、去年上演したウーマンリブvol.15『もうがまんできない』の時にやりたかったんです。『もうがまんできない』は、2020年にやるはずがコロナ禍で公演中止になった、言わば再演だったこともあって、書き直した部分もあったけれども、新しいことをしていないような気分になってしまって。だから本多劇場で『もうがまんできない』をやりながら、その直後にザ・スズナリとか別の劇場でコント公演もやっていたらお客さんはビックリするだろうな、なんてことを考えていたんです。事務所から「それはコスパが良くない」と言われ(笑)。
ーーコスパの問題ですか?(笑)
でも確かに、自分でも、そこまで無理しなくてもいいかと思い直し、諦めました。だけど、ザ・スズナリで何かやりたいな、という気持ちは前からあって。それは松尾(スズキ)さんの作・演出した舞台『命、ギガ長スW』(2022年)に出演した時、あれは安藤玉恵さんと二人芝居だったから表現としては全体の2分の1は自分がお客さんの前で何かやらなきゃいけない気持ちにもなっていたんですが、思いのほか細かい表情とか呼吸とか、間の違いが、その日のお客さんにダイレクトに伝わるという感覚を久しぶりに感じることができて。僕がウーマンリブを始めた頃はシアタートップスやスズナリでやっていたので、そういえばこういう感覚だったなということを改めて思い出してもいたんです。やっぱりスズナリの劇場空間って独特でいいなと思い、もしタイミングが合えば次のウーマンリブはスズナリでやりたいなと考えたわけです。その段階では、コントでというのはどこか頭の中にありましたけど、それとは別に、今年なぜか僕の作品が供給過多になっていまして。そこにウーマンリブの舞台作品が紛れちゃうのは嫌だったし、というか見てくださる側も疲れるかもしれないし、僕自身もちょっと疲れてきているし(笑)。そこで、今回はコントでいいかもなと思った、というのがこれまでのいきさつですね。そしてちょうど『季節のない街』の現場でご一緒だった、片桐はいりさんと久しぶりに何かやりたいなとも思っていたので、はいりさんから声をかけていき、最終的にこのメンバーが集まったという流れです。
ーーそれは別に、コントを作るほうが気楽だというわけではなく?
もちろん、実際に書き始めれば結局のところは決して気楽ではないんですが(笑)。とにかくコント公演は、本番が楽しいんですよ。特にオムニバスの場合は、仕切り直しやすいですし。たとえば今やったコントはそれほどでもなかったけど、次のコントでなんとかなるだろうって、あまり引きずらないで済むというか。
ーーそういう意味で精神的には少し気が楽なんですね。そして、タイトルで6本と言い切ってしまっているところも気になるのですが。
それは、6本以上は書かない、という自分への宣言みたいなものです。
ーーマックスで6本だ、と。でも少なくとも6本は書く、ということでもあるんですね。
6本は書きます、役者も6人ですし。1本15分程度にするとしても1時間半くらいで終わりますから、それぐらいにしとけよという、今のうちから早めに自分にブレーキをかけているんです。
ーーそうしないと、たくさん書いてしまうということですか。
自信がないから、足していっちゃうんだと思うんですよね。だけど6本だと言い切っておけばそれ以上はやらないだろうから。あとタイトルからコントと言い切っているのも、初めてなんです。今までは『七人の恋人』とか、タイトルにはさすがに“コント”とは入れていなかったので。
ーー今回はコントしか書かないよ、と宣言しているわけですね。
そうですね。
ーー揺れたくない(笑)。
タイトルも「もっと気の利いたシュッとしたタイトルを考えなさい」と言われる前に、決めちゃいました。まあ、これしか思いつかなかったんですけれども。
ーーこれまでの流れとは、一味違うタイトルですよね。
“免疫力”って、コロナ禍以降、いろんな人が口にするようになりましたけど、実際には免疫力の正体ってあんまりよくわからないじゃないですか。どうやら良いことみたいではあるけど、実のところはなんなんだよと思っていて。
ーーなんとなくプラスなイメージはありますけど。
面白いとかつまらないとか、笑えるとか笑えないとか、新しいとか古いとかっていう物差しではない、違う価値観で見て欲しいと思ったんです。それで、これを見たら免疫力が上がる! と言い切ったらどうかな、と。
ーー健康食品みたいなものでしょうか(笑)。
それでチラシのイラストもちょっと自己啓発本みたいな、免疫力が上がる感じのイメージにしてもらいました。それと、自分の加齢の具合もあるとは思うんですけど、最近は毒々しいものや尖ったものよりも柔らかいものに魅かれるというか、自分から出てくるものがそうなってきている気がするんです。
ーーご自分の中から、尖ったものはあまり出てこなくなっている?
もう、尖らなくてもいいかな、と。
ーー優しく丸くなってきたんですね。
かもしれないです。と言いながらも、また少し経ったら尖ったことをやりたくなるのかもしれないですけど。まあ、無理してやることでもないですし。だから今回はこういう風に銘打って、ゼロから考えてみるのもいいかなと思ったんですね。それと同時に、主婦目線というものも大事かなと思いまして。
ーーこの主婦は、片桐はいりさんということですか?
いや、この主婦・米田時江を結局、誰が演じるかはまだわからないです。役名としては出そうかなと思っていますけど。
ーー会話に出てくるだけで、演じる人はいない?
あるいは、全員が1回ずつ米田時江を演じるのかもしれない。もしくは、その場にいない人の話をしている、とか。そういう形で、米田時江さんという人がなんとなく見えてくるようなコントにはしたいなと思っています。
ーー宮藤さんにとって、コントという作品スタイルの中で特に大切にしていることとは?
特にウーマンリブの舞台でコントをやる時は、芸人さんではなく役者さんがやるコントだということは自ずと意識しています。最近は、一般の方々の中にもなんとなく芸人さんの感覚が染み付いてますよね。それはテレビで芸人さんが楽屋話っぽい部分を出してるからだと思うんですが、たとえば「オチがない」とか「ツッコミが違う」とかは、もうみなさん普通に使われていますし、同じボケを重ねる「テンドン」とか、そこまでテレビを見ている人たちと共有できちゃっているから、放っておくとついそっちに流れちゃう。でも、笑いって、それだけじゃないよなと思ったんです。せっかく役者さんたちでやるんだから、時間は短いけどむしろこれはコントではなくお芝居なんだと、逆に暗示をかけるようなことをするかもしれません。
ーー芸人さんと作るコントと、役者さんたちと作るコントとでは、作り方も違ってくるものですか。
芸人さんの単独ライブを観に行くと、ちょっと演劇っぽいことをやっていたりしますよね。きっとお互いに憧れているんでしょうけど。暗転が多いコントを見ると、この人たち、今はお芝居をやりたいんだなと思ったりもします。僕たちがグループ魂をやり始めた時はその逆のアプローチで、寄席の演芸にどんどん近づいていこうとしていた。そういうことをやるうち、だんだんわからなくなってきた感はあります。昔、僕が20代の頃はもっと小劇場の人たちが当たり前にコントもやっていたから、もうちょっと共存できていたというか、境界線が曖昧だった気がするんです。今は、そういう人たちがいなくなったというか、あとに続く人がいなくなってきているのかも。どうしてもお笑いでがんばろうと思えば、M-1とかキングオブコントを狙いに行きますから。そうではなく、たとえばシティボーイズさんたちから連綿と引き継がれたものをやってみる人がいてもいいのではないか、とどこかで思っているところもあります。そういうふうに演劇人がやるコントのことを考えていると、それは意外と6本が適正なんじゃないか、尺は1本につき15分なんじゃないかと思ったわけです。ウーマンリブはもう20年以上もやってきているわけですけど、自分ではこんなに長く続けるなんて当然思っていませんでしたし、もうなんだかお店を広げるだけ広げて、店じまいすることなくそのまま続けていて。だけど、あえて辞める理由もないなって思うんですよね。
ーードラマの脚本に疲れたらコントを書いて気分転換をはかったり、こうやってうまいこと宮藤さんの調子や興味の方向に合わせて使える場所にしていけば良いのではないですか。
そうですね。年をとって情けなくなっていったり、ぶざまになっていく姿も、ここでお見せできればなと思います(笑)。
ーーそれぞれの役者さんたちに期待していることなどもお聞きしたいのですが。まずは片桐はいりさんから。
はいりさんとは、舞台でご一緒するのは大パルコ人の「メカロックオペラ『R2C2』~サイボーグなのでバンド辞めます!~」(2009年)以来になるのですが、あの作品の時にはかなり無茶をさせてしまったので。はいりさんから今回は最初に「あの時みたいなことは、もうできないよ。それでもやらせてくれるなら」と言われています。「いや大丈夫ですよ、今回はスズナリなのであんなにたくさん動かなくてもいいし、なんならずっと座っててもいいくらいですから」とお願いしました。内容的には主婦目線でありつつ、物悲しさが笑いに繋がるようなコントをやりたいなとも思っていて。おそらくそれが僕の感覚では、生活感というものに繋がるようにも思っているんですけどね。主婦がちょっと物悲しく思う瞬間が笑いになる、という部分でもはいりさんはすごくイメージしやすかったんです。
ーー勝地涼さんに関してはいかがですか。
勝地くんは、イケメン枠です。僕もなんだかんだいって、いろいろなイケメンたちを通って来ましたが、ここで最初に仲良くなったイケメンに戻ってきたという感覚ですね。勝地くんと僕がご一緒した最初の舞台は劇団☆新感線の『犬顔家の一族の陰謀~金田真一耕助之介の事件です。ノート』(2007年)でしたけど。
ーー役者同士として初共演されたんですね。
あの時、楽屋もずっと一緒だったから彼の存在がとても興味深かったんです。あの頃はまだ勝地くんも20代前半で「ああ、こんなに違うんだな最近の若者って」という感覚を最初に抱いたのもその時でした。その後、いろいろな人とお芝居したり映像をやったりして、一通りやったあとに戻ってきたのが勝地くんだったわけです。年を聞いたら、意外にもう30代後半になっていたというね。
ーー時間を経ての新鮮な再会となりそうですね。
今の勝地の姿をそのまま見せてくれればな、と思います。
ーーそこに北香那さんが加わるというのも、かなりフレッシュな顔合わせです。
そうですね。『中学生円山』(2013年)に小さい役で出てもらった時だから、まだ10代だったけど、なんだかわからない魅力のある方だなと思っていて。その後『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』(2016年)や『いだてん』(2020年)にも出てもらってて、いつか自分が作・演出する舞台にも出てもらいたかったんです。だけどこれだけヒロイン感のない作品なのに、やってくださるというので、義理堅いな、偉いな、良い子だなと思いました(笑)。
ーー劇団員の皆川猿時さん、伊勢志摩さんのことも改めてお聞きしておきたいです。
伊勢さんと皆川くんは、どちらも僕にとってはオールマイティな方々ですから。
ーー何が来ても、ドーンと任せておける。
特に今回は、いろいろな役を演じてもらうつもりなので。
ーーコントが6本あるということは6役以上、演じ分けることになるかもしれないですよね。
そういう期待にも応えてくれるでしょうし、やはりこれはあくまでも大人計画の公演だということを考えると、どうしてもこの二人に負担がかかってくるのかなとも思います。だけど、よく考えると皆川くんとは『もうがまんできない』の再演には出てもらっていますけど、あれは初演で松尾さんがやっていた役だったから、舞台であて書きをするのは意外と久しぶりな気もします。本人も着実に年をとってきていますし。
ーー動けるうちに動かしておきたい、と?
今、動けるのかどうかも知らないですけどね(笑)。でも今の皆川くん、今の伊勢さんだからこそやれることを考えてもいいかなと思っています。
ーーそして、やはり宮藤さんご本人も出演されるんですね。
そうですね。やっぱり舞台上にいないと、チヤホヤしてもらえないですから(笑)。それに多少は小狡いことをして笑いもとっておきたいもんな、と思いますし。
ーーそれもまた、ご自身の楽しみでもある。
『命、ギガ長ス』をやった時にすごく思ったんですけど、役者として舞台に立って芝居をするのって、セリフを覚えることも含めいろいろ大変なことが多いものの、今日は本番があると思うとそれだけで一日がすごくカラフルに感じられるんですよ。
ーーなんだか素敵なことをおっしゃいますね(笑)。
いや、本当に(笑)。だけど、それをやっていないとどんどんモノクロになっていってしまう。「今日はスズナリで200人のお客さんに観ていただけるんだ!」って思うだけで、僕の免疫力はかなりアップしますね。
ーー舞台に立つとアドレナリンみたいな、何か特殊な物質が出てくるとか?
そんな気がします。特にここ最近は、ずっとドラマの脚本を書き続けているからというのもあるんですけど。日々、カタルシスがどこにあるのかわからなくて。
ーーやはりカタルシスは感じたい、または出したいものですか。
これだけがんばっているんだから、カタルシスは感じたいですよ。だけど、SNSもネットニュースも見なくなったら、承認欲求ごと消えてしまったみたいで。今は、ただ台本が一話分書き上がって「つづく」と書いて送った瞬間が一番気持ちいいんです。
ーー「つづく」に、カタルシスがある。
そうです。「つづく」を書き、「台本お待たせしました」と書いて送った時のシュン! っていう、あの音が今は一番気持ち良くて。こんなことで満足してていいのかって思いながら。もちろん自分には脚本を書くことも舞台に立つことも同じように大切なので、どちらかに偏っちゃうのは良くないんだろうなと思いますね。全部のことに楽しい瞬間ってあるので。『季節のない街』を撮っていた時は監督としてすべての現場に立ち会っていたんですが、こんなにも毎日が面白いし、こんなにも終わっちゃうことが寂しくなるものなんだなって今さらながら知りました。
ーーそれも、新たな感覚だったんですね。
また、それとは別に舞台をやろうとすれば、やっぱりうちの劇団の役者さんはみんな面白いなあ! ってしみじみ思いますしね。それらを交互にやれるのが今は一番いいことなのかもしれません。だから、僕の作品を続けて見てくださっている方はちょっと見飽きてきた感があるかもしれませんが、少なくとも僕自身はまだ飽きていないので(笑)。今回も、飽きていないこの状態でみなさんにこの新作をお届けできればいいなと思っています。
スタイリスト:チヨ
取材・文=田中里津子 撮影=山口真由子