“ほぼ実戦スペック” イタリア軍用チョコレートを食べてみた:大矢麻里&アキオ ロレンツォの 毎日がファンタスティカ! イタリアの街角から #19
ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。
我が夫は、私が用意した食事を前にして時々こんな言葉を口にする。「今日はミリ飯だな」。ミリ飯とはご存知のとおり、ミリタリー(軍隊)+メシ(ご飯)の略語で、正式には戦闘糧食(レーション)と呼ばれるものだ。
我が家でいうところのミリ飯は、私が手抜き料理をワンプレートに盛ったものを指す。連日、最前線(PCに向かって)で原稿書きに奮闘する夫がまともな食事を希望することはわかるが、ここはひとつ栄養補給ということで、つべこべ言わずに食べてもらいたい。
今日は、街で見つけた意外なイタリア軍のミリ飯にまつわるお話を。
弾薬箱入り
隣町であるフィレンツェを散策していたときのこと。ある菓子店のウィンドーに目が留まった。お菓子とは思えないパッケージが飾られている。窓に顔をへばりつけてよく見ると、『CIOCCOLATO MILITALE』の文字が。チョッコラート・ミリターレ=軍用チョコレートとは何ぞよ!?
店の名は『アンティーカ・パスティッチェリア・シエニ』。フィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラ駅のから遠くない場所にある、創業1909年の菓子店だ。アンドレイーナさんと名乗る店主に声をかけると、わざわざウィンドーから商品を取り出してくれた。
ウィンドーを通して見た以上に、容器は色・形ともミリタリー感に溢れている。大小さまざまなバー状チョコレートのほか、チューブ入りチョコレート・クリーム、瓶入りチョコレート・リキュールなども収まっている。
続くアンドレイーナさんの言葉に驚いた。「これはイタリア国防省の関連組織によるライセンスのもと作られているのですよ」。
フィレンツェのチョコレート会社『フォンデリア・デル・カカオ』が、国防省の下部組織で、同市が本拠の『軍用科学製薬研究所』から受託生産しているものだった。ミリタリー感どころか正真正銘のミリ飯だったのだ。より視覚的インパクトを狙ったのだろう、金属製弾薬箱に入ったタイプもある。
以前はフォンデリア・デル・カカオの専用通販サイトからのみ購入可能だったが、2021年からは市内随一の老舗であるアンドレイーナさんの店でも取り扱い始めたという。街角で気軽に購入できるとは、軍用グッズファンはたまらないに違いない。
無闇に食べてはいけない
軍用チョコレートの歴史をひもとけば、アメリカ陸軍が作戦行動中の兵士への戦闘糧食(レーション)としてハーシー社と1937年に共同開発したのが始まりである。このチョコレート・バーはDレーションと呼ばれ、第二次世界大戦中に大量生産された。
市販チョコレートと異なる点は数々あった。第一は携行性が考慮されていた。第二に、必要最低限の1日あたりカロリーを確保できること。当時は1本600kcalのバーを3本食べれば、1日に必要な1800kcalを補えるよう材料が配合されていた。そして第三に、熱帯や砂漠でも溶けにくいよう、カカオの含有量が増やされていた。
しかしながら最大の違いは、「まずいこと」であった。当初の製品は「ジャガイモよりも少し美味しいくらいで良い」として、甘みが意図的に抑えられていた。兵士たちがお菓子代わりに、すなわち緊急時以外に口にするのを防いでいたのだ。
のちに軍用チョコレートはイタリアを含む各国軍に広まり、味にも改良が加えられていった。アメリカ航空宇宙局(NASA)は1971年に月面着陸飛行を成し遂げたアポロ15号に採用したほか、今日でも宇宙食に軍用の流れを汲むチョコレートを使用している。(出典:Hershey Community Archives)
いざ、実食!
我が連隊(夫と私)用にイタリア軍チョコレート・バーを2個購入した私は後日、実食に臨んだ。パッケージに刻まれた『ORIGINAL FORZA ARMATE(軍公式)』の文字にシビれながら、まず1個めを開封してみる。
大きさは縦3cm×横6cm。ただし厚みが2cmもあるので、手で割るのは容易ではない。「かじったら歯を折りそうだ」と怖気付く夫の手から奪い取り、私自身が縁(ふち)を目掛けてかじりつく。思ったより苦労せずに割れたうえ、歯も無事だった。カカオ含有量は一般のチョコよりも70%と高いが、苦すぎない。普通のダークチョコレートに近い、ほどよい甘さだ。
2個めは、本当に高温でも溶けないのかを見極めることにした。折しも2024年夏、イタリアはアフリカ大陸から到来した熱波による猛暑に見舞われている。当日の気温は34℃。陽の当たるバルコニーの煉瓦床に置いておくことにした。途中で蟻がたからないよう監視するのは部下(夫)の役目である。
放置すること1時間。パッケージの上から指で押してみたが、溶けたチョコレートのグニャッとした感触は無い。開封してみると周囲こそわずかに溶け始めていたが、中央はまだしっかり固さが残っていた。おそらく実戦用の包装なら、さらに原型をとどめているはずだ。
包丁で切って口に含むと、チョコレートは舌の上で滑らかに、ほどけるように溶けていった。兵員の士気向上や気力の維持に効果があるのは間違いない。一般人の非常食としても充分使えるはずだ。
というわけで、我が連隊の本日のランチは、このチョコ実食を持って完了! と宣言し、まともな食事作りを省略した私であった。
アンティーカ・パステッチェリア・シエニ
Antica Pasticceria Sieni
http://pasticceriasieni.it
フォンデリア・デル・カカオ
Fonderia del Cacao
https://www.fonderiadelcacao.it/cioccolatomilitare