「東北のミケランジェロ」狛犬の概念を変えた二人の彫刻師とは【福島県浅川町】
福島県南部の白河市や棚倉町、鮫川村などにかけて広く点在する、ひときわ躍動感あふれる狛犬たち。跳ねる足、風を受けてなびく毛並み。まるで生きているかのようなその姿は、一度目にすれば脳裏に残る。そんな、魔よけとしてだけでなく、“芸術作品”としての価値も生み出した石工、小松寅吉と小林和平のルーツを古文書からたどる講演会「寅吉・和平誕生の歴史」が先月、吉田富三記念館(浅川町)で開催された。
講師は、石川町立歴史民俗資料館の学芸員・佐原崇彦(さわら・たかひこ)氏と石渡直子(いしわた・なおこ)氏。町内外から集まった約40名の聴講者は、真剣な表情で講話を聞き入っていた。主催は、地域の誇りである寅吉を顕彰しようと活動を続ける「あさかわ寅吉会」(会長:相田道代さん)。石とともに歩んできた地域の歴史を知ろうとする意気込みが、会場を包んでいた。
まず、講演では地域に残る古文書から浅川町北部に位置する福貴作地区で採れる「福貴作石」(ふきさくいし)の歴史と魅力が紹介された。理化学的には凝灰岩に分類されるこの石は、細工がしやすく、摩耗しにくいという石材として理想的な性質を備えている。その福貴作石に魅せられたのが、信州・高遠藩からやってきた石工、小松利平。そして、彼の技術と情熱が弟子の小松寅吉、寅吉の一番弟子・小松和平と受け継がれていったという。
「寅吉は、親方である利平を“奥州一の彫刻師”と仰いでいた」「自然の石に手をかけて作品へ昇華させることに、誇りと信念を持っていた」——そう語る佐原氏の言葉からは、単なる石工職人ではない、“芸術家”としての矜持(きょうじ)を持った彼らの姿が浮かび上がってくる。
講演で特に印象深かったのは、地域に残された古文書を丹念に調べ上げ、これまで「推測」で語られてきた歴史を「事実」へと変えていった研究の積み重ねだ。なかでも、石川町の郷土史研究家・吉田利昭氏や、西洋彫刻が専門の水野谷憲郎氏の功績には、地元の佐原・石渡両氏も目を見張るほどだ。地元の資料、専門家の目、地域の情熱。この三つが合わさってこそ、寅吉と和平の偉業は今に伝わったのだと実感した。最後に、案内板の設置や福貴作石を地域の文化財として指定する取り組みや、町内外に残る古文書の整理・収集、案内板の設置などが提案されて締めくくられた。文化を掘り起こし、未来へ伝える取り組みの実現化に向けての第一歩となる提言だ。
質疑応答では、屋外にある造形物の保存方法など、具体的な地域課題にまで議論が及んだ。「狛犬は屋外に置かれている以上、風雨の影響は避けられない。自治体等と連携して後世に永久保存してほしい」といった声には、まさに“地元の宝”を守りたいという熱意が込められていた。
講話の中では、寅吉の代表作「飛翔獅子」や石川町近津神社の神馬、和平の狛犬作品などがスライドで紹介された。どれも制作から100年を越えて今なお力強さを放っており、狛犬を「守りの象徴」から「芸術作品」へと押し上げた彼らの腕の冴えを感じずにはいられない。
今回の講演会を通して、地域の文化財である福貴作産石の声に耳を傾け、地域住民がそこに込められた思いを受け継ぐ大切さを再認識した。浅川町ゆかりの“彫刻師” 小松寅吉・小林和平は、ただの職人ではない。それは、地域の歴史、誇り、そして芸術作品を後世に伝える東北のミケランジェロなのだ。