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やなせたかし、卑屈だった少年時代⋯救いとなった女中のぬくもりとは

草の実堂

やなせたかし、卑屈だった少年時代⋯救いとなった女中のぬくもりとは

母親が再婚し、伯父の家で暮らすことになったやなせたかし(本名・柳瀬嵩)氏は、子どもながらに伯父夫婦に遠慮をしてしまい、肩身の狭い思いをしていました。

物心のつかないうちに養子に入り、本当の子どものように育てられていた弟の千尋さんに嫉妬をし、だんだん心を閉ざしていくやなせ氏。

今回は、やなせたかし氏の少年時代を追ってみたいと思います。(以下敬称略)

書生部屋で叔父さんと寝起きする

画像 : ひとり寝, 望月芳郎著ほか『風の子ども』より引用 public domain

1925年(大正15年、昭和元年)、母親が再婚し、嵩は伯父夫婦と暮らし始めます。

伯父・柳瀬寛は、高知県長岡郡御免街(現・南国市後免町)に住む開業医で、夫妻には子どもがなく、2年前には当時3歳だった嵩の弟・千尋が養子となっていました。

伯父夫婦は裕福で、嵩にも千尋にも何不自由のない生活を与えてくれる優しい人たちでした。

しかし、親切な二人に感謝をする一方、拭っても、拭っても消せないモヤモヤが、いつも嵩の心に漂っていたのです。

当時、伯父・寛の家には、寛の末弟で中学3年生の正周(まさちか)が同居しており、嵩は叔父に当たる正周と玄関脇の書生部屋で寝起きすることになりました。

母と暮らしていた時、嵩は祖母の鐵と一緒に寝ていました。

留守がちな母親に代わってたっぷりと甘えさせてくれる祖母は、毎晩一つの布団に入り、嵩を抱っこして寝てくれたそうです。

眠れない夜は背中をトントンとやさしく叩いてくれたり、寒い夜には冷たい小さな足をあたためてくれたり。祖母のぬくもりを感じながら、嵩は安心して眠ることができたのでした。

7歳の子どもが、書生部屋の冷たい布団に一人で寝るのは、寂しく心細かったに違いありません。ものよりも人のぬくもりが必要だったのでしょう。

嵩は、奥の間で叔父夫婦と川の字で寝ている千尋が、羨ましくてなりませんでした。

「ぼくは居候」卑屈になる嵩

画像 : 寝間着姿の子, 与田準一著ほか『父の手紙』より引用 public domain

伯父夫婦と一緒に暮らすようになってまもなく、嵩は伯父と伯母を「お父さん」「お母さん」と呼ぶようになりました。

しかし、嵩は自分と千尋の立場の違いを感じずにはいられません。

3歳で伯父の養子となった弟は、家の跡取りになる坊ちゃんで、かたや自分はその坊ちゃんの兄でしかない。

自分はお情けで弟のついでに世話になっている居候の身なのだと思うと、嵩はどうしても遠慮してしまい、心を閉ざすようになっていきました。

そして、わがままを言っても可愛がられ、甘えん坊で伯父夫婦の本当の子どものように素直にすくすくと育っている弟を見るにつけ、少しずつ卑屈になっていくのでした。

「お兄さんなのに、おかわいそうです」優しかったお手伝いさん

表面的には安定した生活を送っていながら、内面にモヤモヤを抱え、心を開かない嵩。

そんな少年を不憫に思い優しくしてくれたのが、柳瀬家のお手伝いさんでした。

住み込みの女中さんで、まだ10代の少女は名前を「朝や」といいました。

画像 : 飴玉をくれる女中イメージ 草の実堂作成(AI)

朝やは嵩に同情し、夜になるとこっそりとあめ玉をくれるのですが、残念ながら、嵩はなぜ彼女が自分にあめ玉をくれるのか分からなかったそうです。

後年、遅まきながら彼女の優しさに気付いた嵩は、「朝やの星」という詩にその時の感謝を綴っています。

詩では、夜中に嵩をおんぶして駄菓子屋に連れて行ってくれる朝やが書かれています。

「朝やの星」

伯父の家にひとりの若い
おてつだいさんがいた
朝やといった
…(中略)…
そのちいさな駄菓子屋は
夢の天国だった
ぼくの記憶は非常にあいまいだ
なにしろぼくはねぼけていて
ゆきもかえりも夢うつつだった
でも
あたたかい朝やの背中
朝やの背中で見た
空いっぱいの星
こぼれおちた流れ星
ぼくは今でも忘れない
弟よ
君はしらなかったろうね
朝やの星が美しかったことを

やなせたかし著『おとうとものがたり』より引用

優等生でも人気者にはなれなかった小学校時代

画像 : 兄弟 筒井敏雄著ほか『子どもだけの村』より引用 public domain

伯父の家から通うことになった小学校は、一学年20人ほどの小さな学校でした。

嵩の成績は常にトップで級長に選ばれる優等生でしたが、相撲やベーゴマ、メンコに強い子が一軍とされるスクールカーストにあっては、体力がなく運動が苦手な嵩は人気者にはなれません。

そのかわり、嵩は得意な絵で子どもたちから慕われていました。クラスメートから軍艦やお人形の絵をリクエストされては、ノートに描いて喜ばれる日々でした。

この頃、身体が弱かった弟は、ひときわ大切に扱われており、部屋の中はいつもお菓子やおもちゃであふれていました。

優しくされている千尋がうらやましくて、嵩は自分も肺病になろうと、わざと雨に打たれてびしょ濡れになってみましたが、残念ながら風邪の一つも引けませんでした。

そんな兄の複雑な感情を知らない千尋は、「兄ちゃんと一緒じゃなきゃイヤだ」と言っては、嵩にまとわりついてきます。

疎ましく思うこともありましたが、「兄ちゃん、兄ちゃん」とどこにでもついて来る千尋は、やはりかわいいのです。

兄弟はまるで子犬がじゃれ合うように、いつも笑い声を響かせながら、相撲をとったり、チャンバラごっこをしたり、朝から晩まで飽きることなく遊び続けました。

その姿は、父を亡くし母に捨てられた兄弟の心からの仲の良さを物語っているのでした。

弟から慕われる兄として、嵩はかすかな優越感を感じていました。

しかし、その優越感があっという間に劣等感に転じる中学時代がやって来ることを、その時の嵩はまだ知りませんでした。

静かに揺れ動く幼い心は、この先も長いあいだ、自分の居場所を探し続けることになるのです。

参考 :
やなせたかし『絶望の隣は希望です!』小学館
やなせたかし『おとうとものがたり』フレーベル館
文 / 草の実堂編集部

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