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【稽古場レポート】新国立劇場 多和田葉子と細川俊夫の世界初演オペラ《ナターシャ》で7つの地獄を巡る旅に出る!

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稽古場にてコンセプト説明。左から細川俊夫(作曲)、クリスティアン・レート(演出)、大野和士(指揮)。

注目の新作オペラ初演が近づいている。新国立劇場が創作委嘱した《ナターシャ》だ。ドイツ在住で国際的に高い評価を得ている作家の多和田葉子が台本を書き、クラシックの現代音楽の作曲家でヨーロッパでも確固たる地位を築いている細川俊夫が初めて日本の劇場の委嘱でオペラを作る話題作だ。2025年8月11日(月・祝)に新国立劇場オペラパレスでその全貌が明らかになる。

新国立劇場オペラ 創作委嘱作品・世界初演『ナターシャ』トレイラー映像

この記事では、7月14日に新国立劇場でおこなわれた初顔合わせの現場をレポートする。それまで個別にリハーサルを進めてきた関係者が初めて一堂に集う日であり、台本の多和田はベルリンの自宅からリモートで出席した。演出コンセプトが初めて出演者たちに紹介される日でもある。休憩時間を挟んで、音楽稽古のさわりまでを見学することができた。

まずは新国立劇場の担当者が全員を丁寧に紹介していく。多和田、細川、そして新国立劇場オペラ部門の芸術監督でこの初演の指揮を務める大野和士、演出のクリスティアン・レート、美術、衣裳、映像、電子音響、振付の各クリエイティブ・スタッフたち。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

キャストも揃っている。ナターシャのイルゼ・エーレンス、アラトの山下裕賀、メフィストの孫のクリスティアン・ミードル、ポップ歌手Aの森谷真理、ポップ歌手Bの冨平安希子、ビジネスマンAのタン・ジュンボ。今回サクソフォーン奏者役に大石将紀、エレキギター奏者役に山田岳という、舞台で演奏するプロのミュージシャンたち、そして新国立劇場合唱団の出演メンバー、ダンサー、俳優たち。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

合唱指揮の冨平恭平、音楽ヘッドコーチ、音楽スタッフ、ピアニスト、そして舞台裏各部門の責任者、事務局の各部門の担当者、通訳など、実に大所帯だ。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

台本の多和田は「ベルリンの自宅でリブレットを書いていたんですが、その長い孤独な時間が細川さんのおかげで音になり、その音がまた、こんなにたくさんの方々の中からまた流れ出してくるんだなということを、今、実感しながら映像を見ております。大変楽しみにしております」と、喜びと期待を述べた。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

作曲の細川は「今日の日を待ち侘びていましたが、長い間待ち過ぎて、もう待ちくたびれて疲れてしまいました(笑)。今日からもう一回元気を取り戻して、みなさんの練習を聴かせていただきたいと思います」と語った。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

続いて芸術監督の大野が挨拶した後、演出のレートによる演出プランの説明となった。

《ナターシャ》の物語はこうだ。ウクライナから逃れてきたナターシャと、故郷を失った日本人の少年アラトが出会い、悪魔メフィストの孫だと名乗る男に伴われて現代の地獄を巡っていく。テーマは人間のエゴと地球環境の破壊。「森林地獄」、「快楽地獄」、「洪水地獄」「ビジネス地獄」「沼地獄」「炎上地獄」「干ばつ地獄」と名付けられた7つの地獄がある。レートは「皆さん、地獄への旅に共に行きましょう」と集まった人々に挨拶。ナターシャとアラトというそれぞれのトラウマをかかえた若い二人が、「無人地帯」、天国と地獄の間にある「辺獄」のような海辺で出会って旅に出る。二人は言葉が通じない中でコミュニケーションを重ねていく。それはモーツァルト《魔笛》のタミーノとパミーナの試練を思い出させる部分もあり、新しいジェネレーションがより良い世界を探す旅の最中に、愛や、自らのアイデンティティーや、世界を知っていく旅なのだと説明した。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

次に美術デザインを見せながらの説明があり、基本的にはグレーのようなクールな色彩をベースにした抽象的な舞台美術になるようだが、そこに海や炎などの色彩が加わっていく。新国立劇場の舞台の奥行きを活かして、ブリッジを使って上下の動きもだすという。7つの地獄を巡るためにはスピーディーな展開が必要になってくると同時に、これは夢の世界に行くような想像の世界の物語であり、リアルな物語ではないこと。映写技術も使い、時のトンネルを旅していくような効果が感じられるステージになるようだ。

海や森の破壊、我々が生きる中で作り出したプラスチックのような物で溢れた地獄、ビジネスの世界で一方的に搾取される人々が働き詰めの地獄など、現代に生きる誰もが人ごとではない苦しみが提示される。

ナターシャとアラトという若い二人が、より良い世界を見つけられるのか、最後には希望があるのかどうか? あるとしたらどのような形で? それはオペラを観て確認したい。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

演出のレートに続き、電子音響の有馬純寿からも説明があった。今回の電子音響は、劇の効果音ではなくスコアの中にパートとして書かれているという。そして客席側に音響空間を作ることも特徴で、客席壁面などにかなりの数のチャンネルスピーカーを配して、上層部から下層部までを使った表現をするとのこと。自然音や人の声を素材にして加工を加えるが、音の素材は日本だけでなく、ドイツ、アメリカ、アイスランド、中国など、世界の様々な場所で収集したものを使うそう。

ちなみに《ナターシャ》の上演時間は、新国立劇場のサイトでは約2時間30分(休憩を含む)の予定であると発表されている。

以上が初顔合わせに続く、出演者に向けた説明であった。この後、休憩時間を挟んで、ソリストたちと合唱団の音楽稽古が始まった。大野和士が指揮台に立ち、二台のピアノを使ったリハーサルだ。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

風のような音がどこからともなく聴こえてくる、と思ったら、それは合唱団のメンバーが唇を使って出している息の音だった。波の表現、風の表現。その場で作り出される息のハーモニーが音楽に移行していく美しさに息を呑む。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

ナターシャとアラトの出会いの場面では、セリフと歌が使われる。ナターシャはウクライナ語とドイツ語、アラトは日本語と、お互いの言葉が分からない二人が、同時に話したり、そこから二重唱につながる。ナターシャのエーレンス、アラトの山下の声が自然に溶け合ったところに、メフィストの孫を歌うミードルのバリトンが割り込んでくる。本番では合唱団が事前に録音する声も使われるらしい。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

大野マエストロは、ドラマに主眼を置いて、語りの表現などを細かく指導していた。合唱団に対しても、その場面では彼らが何になっているのか、それをどのように表現するのかなどを、具体的で分かりやすい言葉とジェスチャーで示していく。

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

新作オペラが生まれるまでには多くの人が、様々な形で関わっていることを実感した。今回はごく短い時間、リハーサルを見学したに過ぎないが、それでもそこで聴いた声と音の美しさは深い印象を残した。人間が自然を破壊し続けていることに対して、現代の多くの人は恐怖を感じているが、その解決策はなかなか見出せない。このオペラが、それを考えるヒントになるかもしれない。

取材・文=井内美香

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