家庭内別居した夫婦のその後…夫との完全な“別居”を選んだ妻たち #3「モラハラ夫からの脱却」
同じ家には住んでいるけれど、別々の空間で過ごし干渉を避けるのが家庭内別居。
顔を見るのも嫌なほど心が離れてしまうと、関係の修復はよほどの覚悟がないと難しいのが現実といえます。
離れているとはいえ、配偶者の気配が消えないことのストレスは、「次の選択」をどうしても考えてしまうもの。
元の関係に戻るのではなく、本当の「別居」に移った妻たちはどんな決意をしたのでしょうか。
「夫のモラハラがひどく、趣味のために二時間家を空けるだけで『母親失格だ』などと責めてくることには、本当に辟易していました。
掃除に洗濯に、子どものお風呂の世話まで私がひとりでやって、ゴミ出しくらいしか家事をしない夫は、私が楽しそうに外の世界とつながっていることが気に入らないようでした。
家庭内別居になったのは、みんなで義実家に行ったときに、義母たちの前で『こいつは遊び呆けてばかりで』と小馬鹿にされたのがきっかけです。
気まずそうな義母たちの様子を見て夫に本当に腹が立って、『家事のほとんどを私がやっている状態で、よくそんなことが言えるね』とつい返してしまい、喧嘩になりました。
家に帰ったらすぐに自分の荷物を寝室から出して、客間に移りました。
夫はずっと不機嫌で息子にも八つ当たりを始めたので、別居の可能性はすぐに考えていましたね。
それでも二ヶ月ほどその状態だったのは、やはり私が弱かったというか、心を痛めつけられる生活に慣れてしまい変えることが怖かったのもあると思います。
別居を決めたのは、保育園のことを私に楽しく話している息子に向かって『うるさいぞ』『母親に似て頭が悪いな』と怒鳴ったのが決定打で、息子のためにもここにはいられないと、はっきり思いました。
家庭内別居になってからも、夫に嫌味を言われるのがストレスで何とか食事なども作ってはいたのですが、その日からいっさいの関わりをやめてまず実家に相談しました。
息子が『お父さんが怖い』と泣き出して本当に胸が痛くて、母も『家を出るべき』と言ってくれて、ほっとしましたね……。
本当は今すぐ離婚したかったのですが、揉めることは目に見えているし、それよりもまずは別居が最優先でした。
夫に家を出ると言えば何をされるかわからないと思い、母に証人を頼んで来てもらったある日曜日の午後に、切り出しました。
私の母がいることで夫はさすがに暴言は吐かなかったですが、『二対一は卑怯だろう』『自分に都合のいいことばかり伝えているのでは』と、やはり会話にならなかったです。
こっそりと録音していたので、離婚話がこじれてもし調停にでもなったら、証拠に使おうと思っています。
別居については最後まで夫は頷かず、かといって自分の態度や発言を謝ることもなく、『この状態で同居は無理』と、母親と確認しました。
その日のうちに荷物をまとめて家を出て、今は息子と実家に身を寄せています。
同じような状況で別居に至った友人がいて、『家の鍵を替える夫もいるから気を付けて』と言われていたので次の日にこっそりと家に行き、年金手帳など大切なものを取り返しました。
今はモラハラ夫から離れることができてやっと落ち着きましたが、これから夫が何をしてくるかわからず、まだまだ油断はできないと思っています」(20代/接客業)
配偶者のモラルハラスメントが当たり前になると、その状況こそ自分が生んだものだと勘違いしてしまい、行動を起こす気力を失う人は本当に多く見聞きします。
ですが、その害を被るのが子どもにまで及ぶと知り、それが勇気を出すきっかけだったと話す人も大勢います。
正しく頼れる道を探り味方を増やすことも、モラハラ夫に対峙するときは大切です。
自分を諦めない力が、これからの人生を切り開くといえます。
(ハピママ*/弘田 香)