がんになれば禁酒なんて簡単なことさ
おれはかつてでかいペットボトルで焼酎を買う人間の末路になった人間である。
でかいペットボトルの焼酎を買う人間の末路
それでも減酒にチャレンジした。
減酒宣言した多量飲酒者の末路
減酒にチャレンジした挙げ句、また焼酎の大量飲酒にもどった。減酒に失敗したアルコール依存症の末路だ。
ただ、おれの中で減酒の意識は死んでいなかった。25度が多い焼酎のなかで、20度のものを飲むようにしていた。
……だめである。
が、そんなおれも禁酒に成功した。世の中に「わかっちゃいるけどやめられねえ」という人も多いだろう。そういう人のための一助になれば幸いである。
その1 がんになる
おれが禁酒の方法として実践しているものから紹介しよう。がんになる、これである。
おれはNETという希少がんになった。そして酒をやめている。「がんになった人間が酒をやめるのは当たり前だろう」という声も聞こえてきそうだ。
たが、待ってほしい。
おれは希少がんがほぼ確定しながらも、たくさんの検査を受けて最後の通告を受けるまでどうしていたか。
不安を打ち消すために酒を飲みまくっていたのである。不安、心配、恐怖、これらを打ち消すには酒しかなかった。
考えれば考えるほど精神状態が悪くなり、追い詰められるようだった。そこで、酒が効いた。酒を飲めば余計なことは考えなくて済む。
不安がまったくなくなるとは言わないが、大幅に軽減された。がんの不安に酒は効く。
いや、ちょっと、待ってほしい。
これでは逆効果ではないか。いや、俺が言いたいのはその先である。
CT、MRI、PET/CTなど、生まれて初めての気が滅入るほど疲れる検査の先のことである。
NET G1、一時的人工肛門造設確定のときのことである。手術可能か最後の確認で、初期に検査しなかった血液の何かを調べたときのことだ。肝臓の数値のみ悪い結果表を表示させて、外科の医師がこう言ったのだ。
「これ以上数値が悪くなると手術できませんよ。ギリギリですからね」
これだけである。懇々と説得されたわけではない。具体的に危険な数値を説明されたわけでもない。この一言だ。
「あれ、ちょっとしたおどしかな?」と思わなかったわけでもない。正直言ってそうだ。
だが、本当に手術できなくなったらどうなるのだ。
最初のクリニックでの大腸内視鏡検査の結果(癌疑い)から、その当日に市大病院に電話予約して、すべて最速でやってここまできた。病院が提案する最速の日程通りにすべてこなしてきた。
検査はおれを疲弊させたし、費用も馬鹿にならなかった。それがすべてリセットされたらどうなるのだ。延期になって最初からになったらどうなる。当然、その間にもゆっくりながら進行(おれの場合はそうだ)もするだろう。
それはもう、失うものが大きすぎる。だから、おれはそれを聞いたその日から、酒を一滴も飲んでいない。
週末だからとか、人とあって夜においしいものを食べるからとか、そういうのも全部なしだ。ノン・アルコール。これである。
その2 風邪をひいた日に禁酒を始める
先ほどの章がまったく役に立たないであろうことは認める。
ただ、医師がアル中の患者にとどめをさせる一言かもしれないので、お医者さんは頭の片隅に置いといたらいいかもしれない。世の中の酒飲みは医者より酒を愛している。まあ、ちょっと自分の病気話をしたかっただけだ。
というわけで、今度は役に立つかもしれないことを書こう。
酒をやめはじめるのは、風邪をひいた日がよい。これである。
先ほど、おれは医者に一言いわれたと書いたが、偶然その日、おれは風邪気味だった。いや、風邪を引いていたと言っていい。
病院では大丈夫だったが、アパートに帰ってからひどく咳が出た。頻度は少ないが、なにかこう、とても嫌な感じの咳だ。そして、咳をするごとに頭が痛くなってきた。要するに、夜にはかなり体調が悪くなっていた。
そんな日は、いくらアル中でも酒は飲まない。……とも言い切れない。しかし、おれはたまたま「酒をやめなくてはならないかも?」と思っていた。
じゃあ、とりあえず今夜は飲まないでおくか、となった。
「風邪をひいて体調が悪いときに酒を飲まないなんて当たり前じゃないか」という声も聞こえてきそうである。
でも、当たり前じゃないんだな。飲みますよ、そりゃ、普段の風邪なら。なんなら酒の効果でつらいのが飛んでいくかもしれないとか思いながら、ついつい飲んでしまう。それが悪い酒飲みというものだ。
だが、やはりそこには多少の無理がある。本当に風邪のつらさが忘れられるなんてことはない。
なにやら気分がよくなくなる。それはわかっている。わかっているけどやめられねえ勢でも、体調が良いときに飲む酒と、体調が悪いときに飲む酒の優劣くらいはわかる。もちろん、元気なときの方がうまい。普通のとき……も、うまい。
酒をやめるにあたって、酒がうまいのはよくない。うまいものを手放すのはつらい。つらいことはやりにくい。
逆に酒がまずいなならどうだろう。まずいものを手放すのはつらくない。むしろいい感じだ。
つまりは、「ああ、今日も仕事がんばったな。こんなときは一杯飲みたいな。ああ、でも自分は禁酒を始めるんだった。今日から飲めない……」
というタイミングで禁酒を始めてはならない。そんな日はうまい酒を飲め。そんな日からやめてもおまえの意思は続かない。
だが、「今日は鼻が詰まっているし、咳も出る。なにか頭も痛いし、熱っぽいぞ」というときがチャンスだ。悪ければ悪いほどいい。
そういう、酒を飲むのに適していない日に、酒をやめ始めるのだ。
そういう体調で、「いま酒を飲んでもいい気分になれない。むしろ悪い気分になる」とあえて強く思い、気分の悪い、まずい酒で頭の中をいっぱいにさせるのがいい。悪く、悪く想像を膨らませろ。
どうせそんな日の翌日も体調が悪いのだから、「今日飲んでもまずいだろう。気分も悪くなるのだろう。昨日と一緒だ」と思うことである。そうして一日、二日、三日……と過ぎていくと、気づいたらおまえは酒を飲んでいない。
どうだろうか。おれのように時間的な制約が特にない禁酒であれば、時機が来るのを待って始めてもいい。落ち着いた釣り人のように、魚がかかるのを待てばいい。え? 自分はめったに風邪なんかひかない健康体です? 知るかそんなの。
その3 ゼロコーラを飲む
「害の大きな依存をより害の少ない依存に置き換えていく」というのは依存症対策の基本的な話だろう。説明はいらないと思う。
おれはかつて、酒を低アルコール飲料に置き換え、さらに炭酸水やノンアルコール・ビールなどへ置き換えることを試みた。失敗に終わったが。合う人には合うので試す価値はある。
が、このたびもっとよい酒の代替品を見つけたので報告したい。かつて試したノンアルコール・ビールやノンアルコール・缶チューハイなどにはない中毒性がそれにはあった。
「それ」とはなにか。ゼロ・コーラである。
ノンシュガー、ノンカロリーのコーラを、ここではとりあえず「ゼロ・コーラ」と呼ぶ。
おれがたまたま例の禁酒開始日に、たまたま100円ローソンで見つけて、なんとなく酒の代わりになるかも? と思って買ったのがゼロ・コーラだった。具体的な銘柄を言えば「ペプシ〈生〉 BIG ZERO 600mlペット」、これである。
このところコーラが高い。具体的には普通のコカ・コーラが定価(自販機、コンビニなど)で500ml170円になった。
これは高い。ちょっとコーラを飲もうという気にはなれない。しかし、ペプシの生はなぜか安い。600mlなのに安い。悪くない。
そして、悪くないのはコーラの持つ中毒性、これである。いろいろな味付き炭酸飲料水があるなかでも、「コーラ」として独自の存在感を放っているだけはある。長い歴史があるだけはある。コーラには特別ななにかがある。おれはゼロ・コーラを飲み始めてそう感じた。
炭酸の刺激に、ジャンキーな甘み、独特の香り。無味無臭の炭酸水にはないものがある。ノンアルコール・ビールにもないものがある。なんなら、ノンアルコール・ビールよりも身体に悪そうな感じすらする。
……そこがよい。「なにか身体に悪いものを飲んでいるのではないか?」という感じが、酒を飲むときに似ている。そこがいい。逆に不健康そうなのがいい。われわれは毒を飲んでいたのだ。より軽い毒を飲むだけではないか。
ところがどうだ、ゼロ・コーラはカロリー0、糖質0、これはもう水を飲んでいるようなものではないか。水が酒の代わりになる。奇跡のような話だ。
え、なに、人工甘味料のリスク? 糖尿病になる? 脳卒中? 心筋梗塞? がん? 知った話か。
べつにそれらのリスクにきちんとしたエビデンスがあろうが、おれはこう言い返してやろう。「そのリスクはアルコールを大量摂取するよりも大きいのか?」と。あるいは、こうも言えよう。「砂糖を大量摂取するより害が大きいのか?」と。
人工甘味料<砂糖<アルコールの順に害が大きいはずだ。そりゃあまあ量にもよるという話になる。
話になるが、おれは話にならないほど大量のアルコールを摂取していたのである。そこと比べなくてはならない。大きな害をいきなりゼロにするのはむずかしい。だが、大きな害をとりあえず小さな害にするのは、ゼロにするよりは簡単だ。
なぜ、あえて害を求めるのか。それもまた人間だからだ。そうとしか言えない。そしてまた、がんの手術が受けられないという理由によって害を減らそうとあがく、これも人間だろう。
そんな人間にとって、ゼロ・コーラを害だという人がいるならば、むしろ歓迎すべきだ。酒に似ていると言ってくれているのだから。
そして、そういう目的でゼロ・コーラを飲むものは、ゼロ・コーラをそういう目で見るべきだ。
仕事終わりにはコーラの炭酸と甘さを思い浮かべよう。もう、コーラのことで頭がいっぱいだ。部屋にたどり着いたら、とりあえずグラスに氷を入れよう。すぐにゼロ・コーラを注ごう。
ただ、氷に直接コーラを触れさせないようにしよう。泡が多く出すぎる。いや、そんなことも気にしなくていい。とにかくゼロ・コーラをグビグビ飲もう。炭酸ですっきりする。甘ったるくて身体に悪い感じがする。いくらでも飲もう。いくら飲んでもゼロ・カロリーだ。
おかわりもいいぞ!
……というわけで、おれは酒を飲むためのおつまみにゼロ・コーラ、ペプシの600mlをおかわりする。
二本目で1.2リットル。リットルいけるぞ。まだものたりないか? だったらもう一本いってやれ、どうせ0カロリーだ。1.8リットル。ここまでいくと、もう酔ったときと同じように頭がへんになっている。そしてお腹は膨れて、「ちょっと酒を飲もう」という気にもならない。
あとは飯を食え。飯とコーラが合うとはさすがに主張しない。まあ、合う食べ物もあるだろうが。ピザとか。
が、一応、ここでおれは警告しておく。ゼロ・コーラにもある物質が含まれている。カフェイン、これである。ペプシの生では、100mlあたり約10mgとある。そこそこの量だ。これが、二杯、そして三杯となるとどうなるか。カフェイン180mg。
それはもう、夜になってエナジードリンクを一本飲むのと変わらない。寝られなくなる可能性はある。まあそのあたりは各自勝手に工夫してくれ。一本だけ単なる炭酸水にするという手もある。
あるいは、おれがペプシの生を箱買い(そのあとコカ・コーラ・ゼロも箱買いした)する前に気づかなかったが、コカ・コーラにはノンカフェイン・コーラがある。700mlのペットボトルで売っている。コンビニやスーパーでは見かけないので知らなかった。ノンカフェイン、これは無敵なのでは?
が、無敵かどうかはわからない。カフェインにも依存性が存在する。
あるいは、「ほかのノンアルコール飲料にはないものがコーラにはある」と言っていたときの「もの」とは、カフェインそのものかもしれない。
ただのカフェイン中毒。しかし、やはりこう言うことができるだろう。「アルコールとカフェイン、どちらにより大きな害があるか?」と。もちろん、ノンカフェインのコーラも試してみるつもりではある。
それでおれは一生禁酒するの?
このようにして、おれは山から降りてきておまえたちに禁酒の方法を告げた。禁酒をしたいビジネス・パーソンをはげました。しかし、おれ、おれ自身は問題の手術を終えたあとも禁酒を続けるのだろうか?
あ、そういえば、手術前の最後の診察で、血液検査もなければ、医師からの酒の話も一切なかったな……。
まあいい、手術までは飲まないことにした。おれはゼロ・コーラをごくごく飲む。そう決めた。コーラ・ジャンキーだ。では、手術が終わったらどうする? ……どうするのだろう。
とりあえずおれはストーマ(人工肛門)付きの人間(オストメイト)に一時的になることは決まっている。オストメイトの飲食は基本的に自由だ。とはいえ、やはり食品によって向き不向きもある。それがおれにはよくわかっていない。
アルコールによってストーマに悪影響があるなら避けたい。おれはストーマのトラブルをおそらくは必要以上に恐れているので、なかなか酒を飲む勇気が出ないかもしれない。
ちなみに、炭酸を飲むとガスがすぐ出るとかいうので、コーラもどうなのかわからない。まあ、だれもいない部屋で一人ガスを出す分には問題ないが。
ストーマを閉鎖したあとはどうだろう。閉鎖したあとも排便などに障害が起こると言われている。酒を飲んだらどうなるのか。頻便になるがさらに増加する。それも怖い。
それらを理由におれは酒を飲まなくなってしまうのか? ちょっとわからない。
正直、おれは酒を飲みたい。飲みたいが、「もうがまんできない!」というような強い渇望は感じない。脳に溜まったストレスが洗い流されなくて、不機嫌がつづいているくらいだ。酒を飲まなくなって一ヶ月、なにか体調がよくなったという気はいっさいしない。
すぐにおれはでかい焼酎の紙パックを買う人間に戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。
飲みかけの焼酎は部屋のそこらに転がっている。高級なシングルモルトウイスキーもある。いまのところ、それらを捨てる気はない。まったく、ない。それだけである。
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【著者プロフィール】
黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
ブログ:関内関外日記
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