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「クマいる!そっち行ったらダメ!」自宅近くにクマが出た住民が、見つけた“自分だからできること”【北海道・札幌】

Sitakke

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北海道札幌市では、9月26日、西区平和丘陵公園で犬の散歩をしていた43歳の男性が、クマとの事故で右腕にけがをしました。
中央区や南区でも出没が確認されていて、注意が呼びかけられています。

10月6日午後8時ごろ、札幌市中央区宮の森の山林に設置したカメラに写ったクマ。大倉山ジャンプ競技場から南西に100mほどの場所(画像提供:札幌市)

出没情報が相次いでいる最中は、常に最新の情報に気を配り、危険な兆候がある場合は夜間や明け方の外出を控える、複数人で行動するようにするなど、注意する必要があります。

ただ、北海道では広い範囲で、毎年クマの出没が相次ぎます。
緊急時に命を守る行動をとるのはもちろん、「その後」も大切です。

クマがいる北海道で、どう暮らしていくのか。
今回は、自宅のすぐ近くにクマが出た札幌市民が、「自分だからできること」を見つけて始めた挑戦をご紹介します。

連載「クマさん、ここまでよ」

「そっち行ったらダメ!」

2022年12月31日、大みそか。
札幌市中央区円山西町に住む後藤晃さんは、日課のランニングに出かけようとしていました。

後藤晃さん

いつものコースに入ろうとしたそのとき。

「そっち行ったらダメ!」
近くのマンションから、住民が窓を開けて、後藤さんに向けて叫びました。

「クマいる!」

2022年12月31日、クマが目撃された現場

札幌の雪深い冬。昼間の住宅地。自宅のすぐ近く。
クマがいるとは想像もしておらず、後藤さんは「何を言われているんだろう?」とすぐには理解できなかったと言います。

その日の午後0時半過ぎ、円山西町にある児童相談所などの敷地で、クマが目撃されました。その後クマは敷地の中を歩き、柵を越えて住宅地のほうへ移動したと見られています。

2022年12月31日、雪の上に残されたクマの足跡

初詣客が訪れる北海道神宮や、円山動物園の近くということもあり、地域には緊張が走りました。

後藤さんは、「山は近くにはあるので、クマがいるとは思っていた。それでも、まさか住宅地に入ってくるなんて、想像もしていなかった」「小学生の子どももいるので、本当にこわいと思った」と振り返ります。

少しタイミングが違えば、クマと出会ってしまっていたかもしれない…。
その体験をもとに、後藤さんは「自分だからできること」を考えるようになりました。

約2年後の冬、後藤さんは、町内会の回覧板でまわってきたお知らせに目を留め、一歩を踏み出します。## クマが出たまちから、クマに強いまちへ

2025年1月、札幌市中央区円山西町

ことし1月、後藤さんは、町内会でクマについて話し合うワークショップに参加しました。会場の隅から隅までイスを補充するほど、幅広い世代の住民が集まっていました。

2025年1月 ワークショップで配布された、円山西町周辺の過去約20年のヒグマ出没情報

ワークショップの詳細は、連載の過去の記事でご紹介していますが、このとき後藤さんは、配布された「円山西町周辺の過去約20年のヒグマ出没情報」というマップに驚きました。

「フンや足跡などの痕跡もあわせると、ここ20年でこんなにクマの出没情報があったなんてと、初めて知りました」

2025年1月 住民らと一緒に地図を見ながら話し合う後藤さん(中央)

専門家の話を聞き、住民らと過去の出没情報を詳しく見ながら、できる対策を話し合う中で、クマについての知識や考えを深めていきました。

円山西町ではこのワークショップだけでなく、夏祭りでもヒグマについて学べるブースを出すなど、定期的にクマについて考え、話し合う機会を作っています。

円山西町は、クマが出たまちから、クマに強いまちへと、変わり始めていたのです。

学ぶ側から、実行する側へ

2025年7月

円山西町では、ことし7月にもヒグマ勉強会が開かれました。
町内会長や専門家の話の後、後藤さんもスピーカーの一人として、マイクを持ちました。

「ヒグマレザープロジェクト」について発表するためです。

2025年9月、KEETS店内で撮影

後藤さんは、「KEETS」という、皮革製品を製造・販売する会社を営んでいます。
牛革を使った製品のほか、エゾシカの革を活用した製品づくりにも取り組んできました。

2025年9月、KEETS店内で撮影

冬のワークショップ参加前から、「ヒグマの革を使った製品も作れないか」と考え、仕入れ方法などを模索してきたといいます。

2025年9月、KEETS店内でヒグマの革を見せてくれた

そこには、「北海道でやむを得ず捕獲・駆除された野生鳥獣の尊い命を、一頭でも、一部でも無駄にしたくない」という思いがあります。

後藤さんは、勉強会に集まった住民たちを前に、クラウドファンディングで資金を集めたいと思っていること、そして、その資金はヒグマの革製品の製造のためだけではなく、町内会のヒグマ対策活動への寄付にも充てたいということを伝えました。

「ひとごとじゃない問題で、本当に身近にヒグマがいた。このまちに住んでいて、こういう仕事をしている自分が、やらない手はない」

KEETSプレスリリースより

ことし9月15日、クラウドファンディングがスタート。
「失われた命を、価値あるかたちに変える」ことをテーマに、「ヒグマの爪型チャーム」と、「ループキーホルダー」を制作しました。

KEETSプレスリリースより

思いに共感した人が、この製品をクラウドファンディングサイトを通じて購入した分の収益が、次のヒグマ革の仕入れや製造、そして円山西町町内会のクマ対策に充てられます。

やむを得ず駆除されたクマの命を活用し、そして次の出没や被害を防ぎ、クマの命も人の命も守ることにつなげようという活動です。

いま、全国各地でクマの出没が相次いでいます。
その最中は、連日ニュースで扱われ、地域には緊張が走ります。

でも、「そういえば、数か月前/数年前に近所にクマが出たはずだけど、結局どうなったんだっけ?」という方も多いのではないでしょうか。
出没のその後は、なかなか知られることがなく、その結果、また同じ課題が繰り返されてしまいます。

ひとごとにせず、町内会全体でクマについて学び、対策に乗り出した円山西町。
自分だからできることに挑戦し、地域に貢献しようとする後藤さん。

こうした、地域として、個人としての行動の積み重ねが、着実にクマに強いまちを作っていきます。

実際に、きょう10月16日、円山西町ではクマの目撃がありました。
ですがその前から、町内会は最近の札幌市内の出没状況を見て、「自分たちのまちにも、ひとごとではない」と考え、注意を呼びかけたり、登校の見守り活動をしたりしていました。
さらに、それぞれがスマートフォンから地域の情報を得られる「デジタル掲示板」への参加を呼びかけ、出没時にすぐに情報共有できる体制づくりにも取り組んできました。

いざ地域内で目撃されたきょう、住民自らが自治体のお知らせよりも早く出没を知らせ、「家から出ないで」と声をかけ合いました。
日ごろから意識と備えをしていたからこそ、いざというときに命を守る動きができるということを実感する一日でした。

クラウドファンディングは、10月30日まで行われます。
詳細はKEETSホームページからご確認ください。

次回の記事では、ヒグマの革の魅力や、製造のための課題についてお伝えします。

KEETS

住所:北海道札幌市中央区円山西町1丁目3-7
営業時間:午前10時~午後5時
定休日:水曜 ※不定休あり

連載「クマさん、ここまでよ」
暮らしを守る知恵のほか、かわいいクマグッズなど番外編も。連携するまとめサイト「クマここ」では、「クマに出会ったら?」「出会わないためには?」など、専門家監修の基本の知恵や、道内のクマのニュースなどをお伝えしています。

文:Sitakke編集部IKU
撮影:Haru(9月のKEETS店内の写真)

※掲載の内容は取材時(2022年12月~2025年9月)の情報に基づきます。

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