自閉症息子の激しいチックや常同行動の原因は?「今日もいつも通り」に隠れていたストレス。母が知った事実は…
監修:新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
不安とともに始まった放課後等デイサービス
ASD(自閉スペクトラム症)のスバルが最初に通所していた放課後等デイサービスは、とても楽しい場所でした。週に何度か外部から先生が来て、さまざまなレッスンをしてくれました。集団での活動が苦手で一斉指示が届きにくい特性を持つスバルは、それまで習い事を諦めていました。しかし特性を持つ子が集まる放課後等デイービスでは「先生やお友達に迷惑をかけるかも」と気にすることもなくレッスンに参加できることが魅力でした。
もう1つの魅力は、特性のある子の対応に長けたベテランの先生たちです。放課後等デイサービスにはさまざまな特性のあるお子さんが集まるのでトラブルはあるだろうと思っていました。しかし見学時、癇癪を起こしたお子さんに対する先生の丁寧な対応を見て「ここならば安心して通わせられる!」と思い通所を決断しました。
スバルは癇癪を起こすタイプではありませんが、いわゆる「空気が読めない」立ち振る舞いをしてしまうタイプのコミュニケーションに難ありっ子なので、信頼できる先生に見守られながらコミュニケーションを学んでほしいと思いました。
しかし春になり通所が始まると、見学時に顔を合わせたベテランの先生たちがごっそりいなくなっていました。新しくできた系列施設に移動したとのことです。こうして不安とともに始まった放課後等デイサービスの通所ですが、スバルは楽しそうに通っていました。
異変
「暴れている子がいるよ」
スバルの生活に放課後等デイサービスが定着してきた頃、帰宅後そんな話をするようになりました。
別の小学校から通う子が毎回癇癪を起こしており、先生が数人その子にかかりきりになっているとのことでした。スバル自身は初めて見るような激しめの癇癪に驚いていたものの、心身に大きな影響はなさそうでした。癇癪について簡単な言葉で説明しつつ「心が落ちつくまでそっとしておいてあげてね」と伝えました。
スバルは物理的にも精神的にも距離感が近すぎるところがあり、トラブルを察知すると無関係なのに心配して寄っていってしまうことがあります。幼稚園時代は無関係なケンカに巻き込まれたり、怒っている子の神経を逆なでしたり、先生がなだめているのを当事者みたいなポジションで聞いていたりしました。そんなこともあり「怒っている子や泣いている子はそっとしておく」「トラブルに近寄らない」という話はあの手この手で伝えてきました。
その甲斐あってか、癇癪を起こしている時にはその子に近寄らず過ごせているようでした。
「何もなかった」……?
それからしばらく経った頃、放課後等デイサービスから帰って来たスバルは頬に保冷剤を当てていました。癇癪中のその子に叩かれたとのことでした。それからたびたび、叩かれた、引っかかれた、蹴られたと言って帰ってくることが増えました。
送迎の先生からは「念のため保冷剤を……」と説明されました。スバル本人も「叩かれたけど大したことない」と言うようになりました。
先生も深刻そうではなかったし、過去の出来事からスバルは「叩く」の種類や悪意の有無があまり分かっていないようなので、手や足が当たってしまった事を大げさに「叩かれた」と伝えているのではないかと考えました。
しかしそれにしても回数が多いので放課後等デイサービスの先生には「癇癪を起こしている子にスバルが近寄りそうな時は止めて欲しい」とお願いしました。先生は今まで以上に注意深く見守ると言ってくれました。
その後は先生からもスバルからも「今日は何もなかった」と報告される日々が続きました。ほっと一安心……とはいかず、「何もなかった」はずの放課後等デイサービスがあった日だけ、激しめの常同行動やチックが出るようになりました。先生に質問や相談をしたいけど「何もなかった」と説明されている以上、「本当は何かあるんでしょう?」と詰め寄ることもできず、ほかの誰に相談したら良いのかも分からずモヤモヤした日々を過ごしていました。
現場を目撃
そんなある日、用事の帰りに偶然放課後等デイサービスの近くを通りかかったので、そのまま迎えに行って一緒に帰ることにしました。最近の様子から、放課後等デイサービスでどんな風に過ごしているのか見たいという気持ちもありました。
玄関の前に立つと、玄関の隣の窓から悲鳴のような声が聞こえました。慌てて窓から中を覗くと、そこには箒を振り回すその子と、止めようとする先生、泣いて逃げ惑う子たちでパニック状態でした。 慌ててチャイムを押すと、スバルと先生が飛んできました。
そしてスバルは「今日もいつも通り、何もなかったよ」と言いました。
スバルは直接自分が叩かれることがなければ、ハードな現場に居合わせても「何もなかった」と表現することが分かりました。
もしくは先生が「何もなかった」と説明しているのを聞いて、スバルもこの出来事を「何もなかった」に分類したのかもしれません。
しかし本当はストレスを感じていてチックなど体調に表れたのだと思います。
スバルは「何もない」と言いますが、体調に表れるほどにストレスを感じていることに不安に感じ、この放課後等デイサービスは辞めることにしました。
知るべきは事実
私はこの一件を本当に反省し、学校や放課後等デイサービスから帰って来たスバルへの声掛けを「今日楽しかった?」「どうだった?」という曖昧な質問で終わらせないように心がけるようになりました。
スバルが拙い言い回しで伝えてくる今日の出来事の中のちょっとした不穏なワードを見逃さず、本人の「何もなかった」と言う感想を鵜呑みにしないように注意して聞くようにしました。そうは言っても尋問のようになると本人が話してくれなくなるので、あくまで楽しい会話のキャッチボールの中で自然に聞くような形です。
そして気になることがあれば「こんな些細なことで……」と躊躇せず早めに先生に相談するようになりました。
他人からの悪意や暴力に気づきにくいスバルのフィルターを経由し、ほのぼのとしたエピソードとして語られた出来事の中には重大な事件が隠されていたこともありましたし、幼稚園の頃より人間関係が複雑になっている分、注意深く見守らなければいけないと感じました。
現在は目立ったチックや常同行動もなく、学校も放課後等デイサービスも楽しく通っているように感じるのでスバルの成長とともに少しずつ見守り体制はゆるくなってきています。しかし心配性の母は、今日も不穏なワードに目の奥をギラつかせながら、にこやかに学校や放課後等デイサービスでの出来事を聞き出しているのでした。
執筆/星あかり
(監修:新美先生より)
見学に行って信頼できそうだと思ったスタッフがいるから選んだ放課後等デイサービスで、入ってみたら、そのスタッフたちがごっそりいなくなってしまったとは、想定外なことでしたね。
学校や放課後等デイサービスなどでの様子をお子さん本人に聞いても、さっぱり要領を得ないというのは、よくあることですね。そもそも、空気が読めなかったり状況把握が上手じゃなかったりして、何が起きているかを分かっていないということもあるかもしれないですし、伝えるべきことがどういうことか分からないとか、どのように伝えたらいいか分からないというようなコミュニケーションの難しさがあることもあります。
「楽しかった」「何もなかったよ」と答えるのがパターンになっていて、それ以上の答え方のバリエーションが増えないというようなこともよくあります。今回のエピソードではないですが、お友だちや先生に口止めされたのを真に受けて律儀に相手側に不都合なことを言わないということもまれにあります。その場に聞き手がいなかった状況を聞き取るときに、その場にいた登場人物を棒人間で書いて、その人が言ったこと、やったこと、その時どう思ったか、などを聞き取りながら図解して確認するような方法(コミック会話🄬)をとることで、聞き取りがしやすかったり、「何があったの?」とオープンクエスチョンで聞くよりは、選択肢を選んでもらうなどのやり方で聞き取ると、少しは状況が見えてくることもあります。
ただ毎回のようにやると、それこそ尋問のようになってしまって、めんどくさがられますよね。
星さんもおっしゃっていたように、なにより帰宅後のご本人の様子で、そこに行かない日と比べて、イライラしていたり、何らかの症状が強まったり、こだわりが強くなっていたりと、お子さんの変化を見ることで判断するというのは大事だと思いました。
なかなかお子さんから「これが大変」ということは発信してもらいにくい場合、気になる時は、実際に見に行ってみたり、スタッフの方としっかりお話ししたりして状況改善を図ったり、無理なら撤退するというのは必要な対応だと思いました。お話聞かせていただきありがとうございました。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。