【萩原朔美さんの講演「街は一冊の本に帰す」 】 文学館の使命は「『人は言葉によってつくられている』を知らしめること」
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は12月7日に静岡市駿河区の静岡県立大で行われた、詩人萩原朔太郎の孫で現在は前橋文学館特別館長を務める萩原朔美さんの講演「街は一冊の本に帰す」を題材に。県文学館連携シンポジウム「文学館、いかに〈魅せる〉か」の一環。
寺山修司主宰の劇団「天井桟敷」で俳優を務め、多摩美大の教壇にも立っていた萩原さんは、とにかく饒舌だった。約1時間20分、前橋文学館で実践した「革命」の数々を、ほぼ原稿を見ることなく語り下ろした。
「高校を卒業するとみんな東京に行ってしまう。みんな二度と戻ってこない。どんどん人がいなくなる」という前橋市の現状を踏まえて「ともかく、面白いと思えることをやり続けた」という。
例えば何をしたか。予算はない。設備は増やせない。必要なものは職員が手作り。そんな厳しい条件の中、こんなことをした。
展示室の真ん中に灯台をこしらえた。薄暗い室内を光がぐるぐる回る。当たったところを読むと詩になる仕掛け。
文学館のソフトウェアを面白くする。詩の朗読をやる。演劇をやる。「イベントをやると、必ずお客がくる。分かりやすいんですよね。講師の人が説明すると『つまんない』という顔をする」
詩のイベントでは、ご当地アイドルグループ「あかぎ団」に朗読してもらう。「最前列に男の子がずらっと並ぶ。グループのメンバーも初めて詩を読んだというんです。初めて出会う詩がそこにある」
市長に頼み、文学館に至る道をレンガの道に。レンガ一つ一つに詩を刻み込む。夜はライトアップ。「散歩で人がいっぱい来るようになった」
そして、そして…。無尽蔵とも思えるほど次から次に出てくるアイデアに感服。究極目標は「町全体を文学館にしたい」という。どういうことか。
「郵便局に朔太郎の文章を抜粋して飾ってほしいと言い続けたら実現した。次に狙っているのは理容室、美容室。朔太郎の『猫町』という小説を置いてくださいよ、と。街角のバーバーだろうと郵便局だろうと魚屋だろうと、全部本屋にすればいいじゃないか。売らなくてもいい。そこで本を借りて戻す」
突拍子もなく聞こえる発言の連続だが、実現に至った企画ばかりだから説得力がある。朔美さんの問題意識はどこまでも硬派だ。
「こんなに言葉のひどい時代に文学館の使命は一つ。それは『いかに人は言葉によってつくられているか』を知らしめること」
「言葉」のあるべき姿を改めて教えられた。人が言葉をつくり、言葉が人をつくるのだ。(は)