【虎に翼】父に14歳から性虐待され5人出産「尊属殺重罰事件」裁判官のトンデモ発言とは
NHK朝ドラ『虎に翼』で描かれている「尊属殺重罰事件」。
尊属殺人とは、自分の親や祖父母などを手にかけることで、ドラマでは実際の事件をモデルにしています。
この事件は、14歳のときから15年にわたり、父親から夫婦同然の生活を強いられてきた女性が、自らの手で父親を殺害したというものです。
裁判の争点となったのは明治憲法の残滓ともいえる刑法200条の違憲性で、一審判決では刑法200条は違憲として刑を免除されたものの、二審判決では合憲、有罪となっています。
ドラマでは描かれませんでしたが、第二審で高等裁判所の裁判長は耳を疑うような発言をしていました。
裁判長が語ったこととは、どのようなものだったのでしょうか。
鬼畜の所業~実父殺害事件の概要~
53歳の父親を殺害した女性は、当時29歳。
14歳の時から15年間、実父から性暴力を受け続け、5人を出産(うち2人は死亡)し、6度の妊娠中絶の末に不妊手術までさせられています。
母親や親類縁者はなんとか娘を救おうとするものの、父親のすさまじい暴力にねじ伏せられ、諦めるしかありませんでした。
娘自身も逃げようと試みましたが、その度に父親に連れ戻され、殴る蹴るの暴行を受け、ついには父親の子どもを身ごもってしまい、地獄のような生活を受け入れざるを得ませんでした。
3番目の子どもが幼稚園に入った頃、酒に溺れて働かない父親に代わって働き始めた女性は、同じ職場の男性と恋に落ち、結婚を考えるようになりました。
しかし、娘から結婚の話を聞いた父親は激怒し、彼女は軟禁されてしまいます。
そして、10日が経った昭和43年10月5日午後9時半頃、事件が起きました。
突然、布団から跳ね起きた父親が焼酎をあおり、「苦労をして育ててやったのに、お前は十何年も俺をもてあそんできた」と娘をののしり始めたのです。
いわれのないことに反論した娘に、父親はますます怒りをあらわにし、「3人の子どもは殺す、男とお前をどこまでも追って行って、呪い殺してやる」とわめきながら襲いかかってきました。
「この父親がいる限り、自分は決して自由になれない。この忌まわしい関係を絶つことはできない」と悟った娘は、とっさに枕元にあった股引の紐で父親を絞め殺したのでした。
尊属殺重罰規定とは
尊属(そんぞく)とは、自分より前の世代の血族、父母や祖父母、おじ、おば、養父母などを指します。
尊属殺人罪とは、自分または配偶者の直系尊属を殺害した場合、通常の殺人罪(刑法199条)よりも重い刑法200条を適用し、死刑または無期懲役を科すことです。
通常の殺人罪では、場合によっては執行猶予が付くのですが、尊属殺では死刑か無期懲役のいずれかの刑罰しかありません。
刑法200条は、明治憲法下に親子間の道徳である「孝」に反する尊属殺人の刑は、一般の殺人の刑より重くするのが当然という、当時の道徳観、家族制度を反映して制定され、戦後、日本国憲法が成立してもなおその規定は残されていました。
ただし、日本国憲法成立当時から、「刑法200条は、憲法第14条の平等原則に違反するのではないか」という議論が行われており、昭和25年、最高裁判所は、刑法200条は「人倫の大本、人類普遍の原理」であるとして合憲の判決を下しています。
ちなみに『虎に翼』で穂高先生は、違憲だと主張していました。
高等裁判所裁判長のトンデモ発言
女性の弁護をすることになったのは弁護士・大貫大八、正一父子でした。
貧しい被告人の母親が、弁護料の代わりにリュックいっぱいにジャガイモを入れて、事務所を訪ねて来たのです。
母親から娘の惨状を聞いた大貫父子は、「なんとか彼女を救いたい、執行猶予をつけてあげたい」という気持ちに駆られ、弁護を引き受けます。
しかし、彼女の犯した罪は尊属殺であり、刑法200条が適用されると実刑判決を免れません。
そこで、大貫弁護士たちは刑法200条の違憲性とともに、傷害致死罪、正当防衛、緊急避難、過剰防衛、心神耗弱、自主などを主張することとし、一審では、刑法200条は違憲、過剰防衛による刑の執行免除を勝ち取りました。
しかし、すぐに控訴され、第二審が東京高等裁判所で行われました。
検察官は、被告人と父親は普通の夫婦と変わらない平穏な生活を送っており、女性が耐えながら暮らしていた様子がないことを立証しようとしており、裁判所もそれに関心を寄せました。
裁判官は、被告人の近所に住んでいるという証人に対して、「被告人からこんな生活から逃げ出したいと相談を受けたことがあるか?また当時29歳になっていた被告人は誰かに相談する、もしくは相談しなくても、なんとか逃げられたと思わないか?」といった質問をしています。
それに対して証人は、「相談されたことはない、子どもがいたから置いて逃げるわけにはいかなかったのでは」と答えました。
裁判所としては「被告人が逃げなかったのは暮らしが平穏だったからで、父親を殺したのは若い男と結婚したいという単純な動機からだろう」と考えているようでした。
裁判長は被告人に対して、父親を擁護するような質問を投げかけます。
被告人は小さいときに、心ならずも父親に手をつけられたのであるから、もとはといえば父親の方が悪いといえるかも知れない。
しかし、その後被告人は父親と十何年間も、夫婦同様の生活をしてきたのに、父親が働きざかりをすぎた年頃になって、被告人が父親のところを去り若い男といっしょになると言えば、父親としては被告人が男一人を弄(もてあそ)んだことになるのだというような趣旨のことを言ったようにもとれますが、被告人もそのように考えたことがありますか。『尊属殺人罪が消えた日』
そして極めつきの一言。
被告人とお父さんとの関係は、いわば“本掛(ほんけ)がえり”である。大昔ならばあたりまえのことだった …… 。
ところで、被告人はお父さんの青春を考えたことがあるか。男が30歳から40歳にかけての働き盛りに何もかも投げ打って、被告人と一緒に暮らした男の貴重な時間を、だ。『尊属殺人罪が消えた日』
二審の東京高裁では、刑法200条は合憲、懲役3年6月の判決が下されました。
おわりに
確かに、この事件の被告人に対して「なぜ逃げなかったのか?」という疑問はだれもが抱くことでしょう。
その問いに対する明快な答えを、『虎に翼』で山田よねが語ってくれています。
「暴力は思考を停止させる。抵抗する気力を奪い、死なないために全てを受け入れて耐えるようになる。彼女には頼れる人間も隠れる場所もなかった」
参考文献:谷口 優子『尊属殺人罪が消えた日』筑摩書房
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