NHK紅白歌合戦の中森明菜「ミ・アモーレ」レコード大賞の受賞歌手は “紅白” で輝く!
「紅白」3回目の出場は「ミ・アモーレ」
『Best Performance on NHK 紅白歌合戦』の「ミ・アモーレ」は、中森明菜が3回目の出場を果たした1985年『第36回NHK紅白歌合戦』の映像である。この時代の『NHK紅白歌合戦』は現在のような長尺番組ではなく、21時にスタートしていた。前半がアイドル系、後半がベテランや演歌系中心の構成は、アイドル全盛時代の一方で、演歌・歌謡曲もまだまだ力があったことを思わせる。中森明菜は13番手で登場、対戦相手は「華麗なる賭け」の田原俊彦だった。
ステージ上を覆う緞帳が開くと、男性ダンサーに抱え上げられた中森明菜がステージ中央に立つ。衣装は左肩だけを出したセクシーな黒のドレスに黒のハット。振り付け界のレジェンド・小井戸秀宅による動きは、リオのカーニバルをイメージしており、ダンシング・スペシャルの踊り手たちが仮面をつけ、ピタピタのゴールドの衣装、あるいはラスタカラーのマントを纏って明菜を囲み舞い踊る。その姿は仮面舞踏会をイメージしているようで、このレトロかつセクシーな演出が『NHK紅白歌合戦』らしい賑やかさに溢れている。
圧巻のロングトーンを聴かせている中森明菜
『NHK紅白歌合戦』では、アイドルや新人、もしくはポップス系の曲が歌われる場合、原曲よりもかなりアップテンポで演奏されることが多い。明菜のこの日のステージでも、「ミ・アモーレ」は原曲に比べテンポが速い。だが、急かされるようなラテンのリズムに軽やかに乗る明菜は落ち着いた発声で、一音ずつ言葉を丁寧に歌い上げ安定度は抜群。歌い終わりの「♪アモーレ」3連発では圧巻のロングトーンを聴かせている。
「ミ・アモーレ〔Meu amor é…〕」はこの年の『第27回日本レコード大賞』を受賞し、その旨はイントロ部分でNHKのアナウンサーによって紹介されていた。例年、大賞受賞歌手は『紅白』で輝くと言われており、この日の明菜も大賞歌手に相応しい堂々たる歌唱ぶりで圧巻のステージングを披露している。ちなみに『紅白』に限らずテレビの歌番組では、2ハーフの曲を1ハーフで歌うことはごく普通であったが、この時の「ミ・アモーレ」はしっかり2コーラス歌っている。全体にせっかちな印象がなく落ち着いて聞こえるのは、アップテンポながらたっぷりと歌を聴かせようとしているからだろう。
2つのバージョンがある「ミ・アモーレ」
「ミ・アモーレ」は中森明菜の11枚目のシングルで、この年の3月8日にリリースされた。作詞は康珍化、作曲はジャズ、ラテンフュージョンのピアニスト松岡直也。それまで歌謡曲にはほとんど楽曲提供がない松岡の起用はかなりの意外性があった。「ミ・アモーレ」も、もともと自身のアルバムに入れるためのインスト曲だったそうだ。
この曲には2つの別バージョンがあることはよく知られている。1つは歌詞違いの「赤い鳥逃げた」で、康珍化は先に「赤い鳥逃げた」の詞を書いたが、シングル曲としては歌詞が内省的すぎるという理由で新たに書き換えたものが「ミ・アモーレ」になった。しかしこのままオクラにするにはもったいないということで同年5月1日に12インチシングルでリリースされた。
もう1つは、同年8月10日発売のアルバム『D404ME』に収録された「ミ・アモーレ〔Meu amor é…〕Special Version」で、こちらはシングルとは全く異なるアレンジが施されている。特にイントロから1コーラス目は完全にサンバで、途中、サビの辺りからサルサ風の演奏に変わり、エンディングで再びサンバに戻る。クイーカに加えてカヴァキーニョ、パンデイロといったブラジル音楽でお馴染みの楽器が主役のように鳴り響き、完全に歌謡曲から離れたブラジリアンサウンドに仕上がっている。松岡直也の音楽性はもともとアフロ・キューバンやアフロ・ブラジレイロといった音楽文化が原点にあるため、そういったテイストがこのSpercial versionのアレンジに色濃く反映されているのだ。
そして、実はこの時の『第36回NHK紅白歌合戦』での「ミ・アモーレ」の演奏も、アレンジはシングルのバージョンに忠実ながら、サンバホイッスルやクイーカの響きが前に出ており、全体にブラジル系楽器の主張が強い。演奏を担当したのは小田啓義とザ・ニューブリード&東京放送管弦楽団。「ミ・アモーレ〔Meu amor é…〕Special Version」のアレンジで演奏されたら、明菜とダンサーのコラボもよりブラジル色が濃厚になったであろう。
どんな楽曲でも歌いこなせる名シンガーへと成長
ところで、「ミ・アモーレ」という曲は、一聴すると普通に2ハーフの曲に聴こえるが、1コーラス目と2コーラス目では、サビに向かうメロディーに違いがある。1コーラス目は
Aメロ → Bメロ → Aメロのバリエーション → サビだが、2コーラス目はAメロ → Bメロの前半 → Aメロのバリエーション後半 → サビで、小節数も若干異なっている。洋楽のロックなどにはよくあるが、あまり歌謡曲では見られない曲構成にも関わらず、違和感なく聴かせているのは見事である。
そしてこの「ミ・アモーレ」から、所属であるワーナーミュージックの洋楽担当だった藤倉克己が明菜のディレクターとなる。デビューから「飾りじゃないのよ涙は」までを明菜の第1期とするなら、「ミ・アモーレ」は第2期のスタートに当たる楽曲で、ここからエスニック旅情路線、あるいはアーバンポップ系サウンドが明菜ワールドの中心軸になっていく。著名な作詞家、作曲家よりも新進気鋭の作家陣を積極的に起用する方向へとシフトしていき、より攻めた楽曲が増えていく。
同時に明菜の歌唱力、表現力がよりパワーアップし、どんな楽曲でも歌いこなせる名シンガーへと成長していったタイミングでもあった。そんな絶頂期の歌唱が堪能できる、まさしく明菜の紅白ベストパフォーマンスの1つといえよう。