「野球の指導がしたい」教員を辞めて起業。部活動の地域移行受け、中学軟式クラブ「ノバエーラ浜松野球クラブ」発足
部活動の地域移行を受けた動きが全国的に活発化する中、静岡県浜松市の教員出身者がスポーツ事業を手がける株式会社「Fエデュケーショナル静岡」を起業した。4月に主力事業として、中学生の軟式クラブ「ノバエーラ浜松野球クラブ」を発足、活動をスタートさせた。
浜松市内の公立中学3校で校長を務めた藤田裕光氏(61)がGMに就任し、クラブの監督に元中学軟式野球・浜松選抜チーム監督の橋爪敦志氏(47)、コーチに高澤広之氏(44)と酒井明仁氏(29)が名を連ねる。全員が公立中、小の教員出身者で野球指導の実績がある。「教育のプロ」による指導を前面に出した活動をアピールしていく。
中学生指導の〝プロ〟が教えるクラブ
「野球の指導がしたくて、教員になった」。藤田GMは教員生活37年。昨年、定年退職するまで中学軟式野球の監督を19年、浜松市立高硬式野球部の監督を7年間務めた。橋爪監督と高澤コーチは公立中学校教諭、酒井コーチは公立小学校教諭として3月末まで勤務していた。
部活動を通じた野球の指導にやりがいを感じてきたが、教員の働き方改革に伴う部活動の地域移行はもはや、あらがえない流れ。部活動ならではの教えを継承し、野球をやりたい子供たちの受け皿をつくるにはどうしたらいいのか―。考えた末、新たな一歩を踏み出すことを決めた。
藤田GMは「教えるプロ、中学生を知り尽くしている先生がつくるチームにこだわった。スポーツを通して社会で活躍できる人間づくりをしたい」と意気込む。
「5年で軌道に」
藤田GMらは2019年にNPO法人「浜松中学野球育成・強化プロジェクト」を立ち上げ、部活動を支える活動をしてきた。中学1、2年生を対象にした野球教室や、部活動を終了した中学3年生が高校の硬式球にスムーズに移行できるようサポートする教室を開くとともに、意欲のある若い指導者を育成し、生かす場所としての役割を果たしてきた。
今後もNPOの活動は残しつつ、培ってきたノウハウを生かして新しい事業に取り組む。「5年で軌道に乗せたい」と藤田GM。
浜松市で行政書士、社会保険労務士の事務所を開く岸本一輝さん(39)は藤田GMの教え子で今回、事業計画、労務管理などの起業手続きで恩師をバックアップした。
「元教員で学習塾を始める人はいるけれど、ここまでしっかり事業化するのは珍しいのではないか。部活動が地域移行する流れの中で(クラブチームが)増えてくるとは思うけれど、根底にあるのが教育者の指導という点で他の団体と差別化していけばいいのでは」と話す。
野球が盛んな土地柄
静岡県内でも浜松市は野球が盛んな地域。多数の中学硬式野球クラブが存在するが、セレクションに漏れたり、家庭の事情があったりして入れない子供もいる。これまでは部活動がそうした子供たちの受け皿になってきた。
浜松市は、部活動の軟式野球部の部員で浜松選抜チームをつくり、台湾遠征を継続的に実施するなど熱心な部活動指導者が多い土地柄。橋爪監督は、浜松選抜の指導に長く携わり、教え子には元DeNAで現在くふうハヤテに所属する池谷蒼大投手(浜松積志中、静岡高、ヤマハ出身)や、ヤマハの沢山優介投手(浜松北部中、掛川西高出身)らがいる。
自身は県中体連副理事長、浜松市中体連理事長などの要職を経験し、教員としても管理職になる年齢で退職を決意した。
「部活動にさまざまな制約、制限が出ている中で、誰にひずみが行っているかというと子供たち。それが心苦しい。野球をやりたい子供たちが野球にのめり込めるように、裾野を広げていきたい。部活動の良さを継承しつつ、今の時代に合った新しいものを取り入れていくことを目指したい」と橋爪監督。
元教員ならではの指導方針
ノバエーラ浜松の活動の基本方針には、礼儀やマナー、日常の生活態度、勉学と野球の両立など元教員としての視点を盛り込んだ。最も重視するのは「スポーツを通した社会で活躍できる人間づくり」。学習、進路指導の助言も元教員ならではの強みだ。
父母会はつくらず、審判やお茶出し等の手伝いも求めない。保護者には「可能な限り、野球にまつわる準備や片付けなど、家庭でできる当たり前のことは当たり前にやるようにさせてほしい」と自主性、主体性の育成を呼びかける。
活動は平日が月、水、金曜日の午後6時半~9時まで。土日、祝日は午前9時~午後3時。水曜日は体づくりのトレーニングに取り組む。
小学生向け運動指導も
コロナ禍を経て、子供たちの著しい体力低下が危惧されている。ノバエーラ浜松では中学軟式野球クラブのほか、5~12歳を対象にした「キッズ・小学生の部」を設けて、体を動かしながら運動能力の向上を図ったり、学習指導を行ったりする。中学の理科教諭で3月までフィリピンの日本人学校に勤務していた高澤コーチは、キッズコーディネーショントレーナーの資格を取得中。
「昔は遊びの中で体の動かし方を学んできたけれど、今はそれをする場がない」と懸念し、元小学校教諭の酒井コーチとともに「ゴールデンエージ」と呼ばれる子供の運動能力が飛躍的に伸びる時期を狙ったプログラムを提供する予定だ。「とてもワクワクしている」と高澤コーチ。
総勢20人でスタート
4月4日に新中学1年生17人、小学6年生(練習生)3人の総勢20人で活動をスタートした。中には、野球初心者の鈴木歓太さん(12)の姿も。「昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)をきっかけに野球に興味を持った」という。
事前説明会に同席した父一貴さん(47)によると、歓太さんが進学した中学の野球部は新2年生が3人しかいないことが入学前から分かっていて、野球を続けたい地域の新1年生は他校を選択した。地元の中学に通いながら野球を始められる場所がないか、調べていたところノバエーラ浜松の案内を見つけたという。
橋爪監督は「みんな野球をやりたくて集まった子供たち。意識が高いですよ」と指導に張り合いを感じている。
(編集局ニュースセンター・結城啓子)