いっとちゃんの青森酒旅・冬 Vol.1
酒も料理も旨さふくらむ魅惑の燗酒~~青森市・お料理 菜のはな編~
冬到来。寒さがしみる季節は、日本酒の燗も身にしみる。しかしながら燗酒の魅力は、温もりをもたらすだけではない。低温では眠っていた酒の味わいが目覚め、ふくらみ。花開いた表情の変化とともに、料理もおいしさを増す幸せテクニックなのだ。今回は青森市、弘前市、八戸市と巡り、その魅惑の世界へとご案内したい。
まずは、青森市の和食の名店「お料理 菜のはな」へ。主人の野呂裕人さんは料理に合う酒をというリクエストがあった際、西田酒造店「田酒 山廃純米」のぬる燗を最初にすすめるという。
「冷酒ではなく燗酒?と、戸惑われる方もいらっしゃいますが、口に含めば笑顔になりますね」
マダラの子和え (上) と、肝みそを添えたアンコウの焼き物。肝みそは隠れたネギの存在が軽やかさを生むミソ! 料理はおまかせのコース8800円~。燗は厨房の蒸し器で徳利を湯煎にし、酒器は盃。
「田酒 山廃純米」は味に厚みがあり、冷や(常温)でも冷酒でも旨さが心に直球ストライクなのだが、おおっ、ぬる燗にすると丸みを帯びたやわらぎが生まれるではないか。照れくさそうに微笑む、高倉健さんを思う味わいだ。合わせたのは、マダラの身を子(魚卵)で和えた一品。粒々の子と官能的な食感の身の親子融合は上品な旨味が口中に広がり、たちまちムフフッとなったのだが、燗酒を口に含めばお互いがいっそう鮮やかに引き立ち、ムフフフフッ。
アンコウの焼き物はぷるんと弾む身と皮、さらには添えられた濃密クリーミーな肝みそが甘美を生む。それだけでも極楽気分なのだが、燗酒を口に含めばすべての旨味がふわりとふくらみ、ああ、ああ、ああ~。感無量。幸の深みにはまるものの、後味がすっきりしているのも印象的だった。
野呂裕人さんの軽妙洒脱なトークを美味美酒とともに満喫し、笑いが止まらなくなったひととき。
「燗酒は、料理の風味をより際立たせるんです。とりわけ脂のった魚や肝、白子など、青森の冬のご馳走は燗酒で映えますね、脂をゆるめ、濃い味を堪能した口の中をリセットする働きもある。遠方から青森にいらした方なら、冬の情緒を感じていただけるでしょう」
野呂さんの言葉どおり、濃厚を重ねたにもかかわらず口中軽やかな状況で迎えたのは、マダラの味噌漬けの焼き物と肝。「マダラの肝ってピュアでしょ?」と野呂さんから問われるも、そのやさしさに心を奪われて言葉が出ず、ただただ笑いがこぼれる。合わせたのは、同じく西田酒造店「喜久泉 吟冠」。吟醸酒の熱燗だ。冷酒では飲み心地すっきりの「喜久泉」は、米の恵みを感じるふくらみが増していた。とろける肝にそっと寄り添う塩梅は、極めて絶妙。
マダラの肝と身を重ねたとも焼き(上)と、白子の鍋。鍋の白濁した汁は、白子が贅沢にとけている。
「冷やでも冷酒でももちろん旨いのですが、温度が上がると酒が奥底に秘めている多彩な味を認識できる。炊きたてのご飯が、風味豊かなのと一緒。“米の酒”なんですよ。純米だって吟醸だって、なんだって燗にしていい。もちろん人それぞれ好みがあるでしょうが、旨い酒はどうやっても旨いと私は思っています」
唐突かもしれないが青森県立美術館でたとえるなら、冷や、冷酒の世界はシャガールの間で身を包む静かな感慨のごとし。対して燗酒は、棟方志功作品を前にしたときの心じゃわめぐ(津軽弁で心が騒ぐの意)感動をもたらすような気がする。
すりつぶしたマダラの白子を汁にした小鍋と喜久泉の燗酒との競演は、まさしく心のハネトが動きだすようなじゃわめぎを覚えた。延髄が震え、罪深く思うほど旨いっ。「口の中が、津軽海峡冬景色でしょ」との野呂さんの言葉に拍手喝采を送りたいものの、至福の美味への対応で脳内混沌。またしても笑顔満開、無言のままうなずいていた。
「喜久泉 吟冠」の燗は、コース料理の全てに寄り添う万能選手だと野呂さん。すっかりご機嫌の筆者は、手酌でおかわり。ご紹介した以外にも県内の銘酒は広く揃い、それぞれ燗で楽しめる。
燗酒には食との相性の良さを強調する力があると語る野呂さんは、器にも思いを込める。
「器によって、酒の味わいは異なってくる。うちでは燗酒の場合、盃をお出ししています。口が狭い猪口は風味がストレートに立ちますが、盃は横に広がるのでやさしく感じられるんです。燗酒が苦手という方こそ、盃でお試しいただきたいですね」
夏の燗酒も実り多し、とのご指南にも興味津々。
「夏は冬よりも、温もりが身にしみますよ。体の芯がクーラーで冷えているのを、燗酒で実感できるはず。そのあとにビールを飲むと、これがまた旨いんですよ」
まずは燗酒と青森の冬の美味と合わせた、桃源郷を堪能あれ。そして夏には、ビールとのダブルファンタジーを……。
次回は弘前で、燗酒ぬくぬく……。
<山内史子プロフィール>
1966 年生まれ、青森市出身、紀行作家。一升一斗の「いっとちゃん」と呼ばれる超のんべえ。全都道府県、世界40ヵ国以上を巡り、昼は各地の史跡や物語の舞台に立つ自分に、夜は酒に酔うのが生きがい。著書に「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(小学館)、「赤毛のアンの島へ」(白泉社) など。
【写真:松隈直樹】