五十嵐ハル「結晶」インタビュー――生きていく上での不安や失恋の痛みなどをリアルに表現するアーティスト
──11月13日に渋谷 WWWで開催された『五十嵐ハル 1st LIVE 「NO TITLE」』はどうでしたか?
「最高でした。始まるまでは不安ばかりでした。性格がネガティブなので、すごく心配していて…」
──ネガティブって大きい表現というか、言い切りますね(笑)。
「失敗ばかり連想してしまって。“歌詞を忘れたらどうしようかな…”とか、“頭の中が真っ白になったらどうするべきなんだろう…”みたいなとこばかりを考えてしまって。でも、、結果的にはとても気持ちよく歌えて楽しいライブができました」
──お客さんの前でライブやることはある種、目標としてあったのですか?
「ずっと目標の一つでした。夢というか…なので昨日は“夢がひとつ叶った”という感じです」
──それは楽曲を作るようになった当初からの夢ですか?
「はい、ずっと昔から。五十嵐ハル名義で活動する前にボーカロイドを使って楽曲制作していた時期もあって、そのときは自分の声ではないのでライブまでは想像できませんでした。でも、五十嵐ハルとして自分の歌声で楽曲をリリースしてからは、“いつかライブをしたい”と思っていました」
──五十嵐さんはライブ以外では姿を見せていませんが、そのスタイルはamazarashiの秋田さんとか…あそこまで行くと一つのコンセプトっていう感じすけど、五十嵐さんはそれをこれからもずっとやっていこうという感じではないのですか?
「いつかタイミングがあれば姿を出してもいいのかな?とは思っていますが、まだそこはタイミングを見計らっているところです。もちろんamazarashiもとても好きで影響も受けているので、秋田さんのスタイルは“すごくカッコいいな”と思いますけど…。特にそこまでの“絶対に出さない”というこだわりがあるわけではないです」
──時期的に年末でもあるので、今年がどういう年だったのかを振り返ってみてもらえますか?
「今年はいろんな曲をリリースさせて頂いて、個人的にはとても気に入っている曲もたくさんリリースできたので、“楽しく音楽活動できたな”というのと、今年の中でも1番のイベントが昨日のライブだったので、それが達成できたというのは今年を代表する日になったと思います」
──去年リリースした「めんどくさいのうた」や「少しだけ」で注目されて、国内最大級の音楽アワード『MUSIC AWARDS JAPAN 2025』では最優秀ニュー・アーティスト賞にもエントリーされましたが、そうした評価については?
「実感は正直なくて…。表彰台に立っていたらあったのかもしれないですけど、ネット上だったので“なんだかすごいところに名前が載っているな”くらいの感覚でした(笑)。“やってやったぞ!”とかにはなっていなかったです」
──活動開始当初の楽曲は生きてることの意味の分からなさや不安を表現していたと思うのですが、今年リリースした「ノーネーム」はだんだんと後悔や不安ばかりではなくなってきたのでは?と感じました。
「「ノーネーム」では、少し違う視点で人生の嫌気を表現したくて…今までの絶望感とは違った書き方で生まれた曲です。でも「ノーネーム」も実体験からで、別になりたくないようなものを目指す自分が嫌になっていた時期があって。それを思いきり書き出したらたまたまできた…偶然の産物でもある曲です」
──その中に匿名で他人のことを非難する人とか、倫理観なども含まれてきたのかな?と思いました。
「確かにそういうのも含まれているかもしれないです、二番の歌詞とかもそうですし。多分それは自分自身にも言っていて、“自分より変な人もいるのなら、まだ自分はマシか“って思ってしまう自分もいたりして、そんな自分が嫌でした。それに対するモヤモヤも書き出したくて作った曲でもあります。周りもそうですけど自分自身への戒めじゃないですけど、そういうのも大きいです」
──サウンドやアレンジの完成度も高まっていて、それはネガティブなことそのものを書く以外のモチベーションが影響しているのでしょうか?
「そこはまた別で、アレンジ面とかサウンドがどうなるときれいに聴こえるのか?はスキルなので、よければ…というか、できるのであれば、損はないというか。だからどんどん完成度を高めたいという気持ちはあって。ただ、“こういう曲を作りたい”というのは自分の中であって、作りたさとサウンド面の比例というのは関係はしていないかもしれないです。また別のもの…ちょっと表現が難しいんですけど」
──音楽志向は最初の頃から変化はありますか? J-POPや日本のロックからの参照点はあったと思うのですが。
「あまり変わっていないかもしれないです。やっぱりロックが好きだったので、根本にはそれがあるんですけど。わりと感覚的に“こういう曲を作りたい”と思うことが多いので。その時に“こういう曲に合うのはこういう内容だろう”と、その都度その都度考えているので、“これをやりたいんだ”というのは特に定めてはないというか…意識はしてないかもしれないです」
──子どもの頃から日本のロックをよく聴いていたからですか?
「多分そうだと思います。小さい頃からB’zをずっと聴いていて、その影響だと思います」
──五十嵐さんにとってのB’zの魅力って何ですか?
「メロディが最強で、“日本人が好きなメロディだな“って思います」
──ある種のキャッチーさなんでしょうか?
「そういう要素は自分の曲にも入れ込みたくて…B’zくらいキャッチーで響くような曲にしたいって思っています。もちろん他にもいろんなアーティストに影響を受けましたけど、B’zからはそういう部分で影響を受けていますね」
──音楽的な影響で話すことが多いのはRADWIMPSですね。
「そうですね。RADWIMPSについてはいつも話させていただいていて(笑)」
──(笑)。トリビュートアルバム『Dear Jubilee -RADWIMPS TRIBUTE-』リリースされますね。
「気になってしょうがないです。「おしゃかしゃま」はエレカシの宮本さんが…驚きました。想像がつかないです」
──五十嵐さんならどの曲をカバーしたいですか?
「「One Man Live」ですね。あと「ます。」とか…そのあたりです」
──五十嵐さんの好きな曲から窺える部分があるんですけど、RADWIPMSの楽曲が刺さったのはどういうところなのでしょうか?
「“メロディが好き”というのも勿論あるんですけど、やっぱり歌詞が本当に好きで。“好き”というかもう…救われていた時期があって。色んなシーンで救われる曲があって、失恋の時もそうですし、“人生、しんどいな”って時にも救ってくれる曲があったりとか。その都度、自分の中では、偉大さとか到底普通の人ではなり得ない存在…神格化されていきました」
──ポピュラー楽曲でここまで言っていいんだ?というような?
「とかもありますし、刺々しいことも言っていてそこもいいんですけど、“柔らかい歌詞でも表現の仕方ひとつでこうも変わるのか!?“とか、“そういうふうに世界を見ていいんだ?”というのがあったりして…のめり込んでいました」
──それは表現を始める前の年齢の人にとって、すごく勇気づけられますね。
「そうですね」
──最近の五十嵐さんの曲調の幅広さというのはそうした影響もあるのでしょうか?
「もちろんあります。RADWIMPSがいろんな角度のすごい曲をリリースしているので、“じゃあ、自分も別に一つのジャンルにこだわらずにいろんな形での自分なりの表現していいんだ”と思えた部分はあって。凝り固まった考えではなく楽曲を作れるようになったのはその影響は大きいです」
──そして、新曲「結晶」は、これまでになかったくらい素直で柔らかい曲で驚きました。
「本当ですか?(笑)」
──それはまさに今お話していただいたようなジャンルを狭めないというところからなのでしょうか?
「そうですね」
──もともとどういう着想だったんですか?
「以前から冬の曲を作ってみたいと思っていて、五十嵐ハルとしてリリースしたことがなかったので、それが始まりではありました。“じゃあ、冬の曲ってどういうものなんだろう?”と考えると、雪とか夜の景色とか…とても綺麗なイメージもあって。でも、切ないイメージがすごく強かったりもして、“人肌恋しくなる”とか言ったりもしますけど、それに似たような感覚を冬には感じたりすることが多くて。だったら、その要素を色々混ぜた時にどういう曲がふさわしいのかな?と考えていて、最初は綺麗きれいな曲として作ったりはしていたんですけど、面白い部分を足してみたくなりました。B’zとかが好きなのもあって、歌謡曲っぽい日本人が好きなようなメロディが僕も好きなので、そういうのを織り交ぜると、おしゃれな冬の曲とマッチするかも?と、考えた結果がこういう形になったというか…」
──サウンドもアコギがメインだったりしますね。
「今までとはまた違うような曲の構成というかサウンドになった気がします」
──それは気構えみたいなものはなく?
「そうですね。“違う一面を見せてやるんだ”ってつもりで変えたわけではないです。本当にやりたいことをやった結果がたまたまこうなった。そんな繰り返しで今まで来ていた気がしていて、それは今回も例外ではなくて」
──歌詞の中で特にこだわった部分というと?
「静かなサビのところの<粉雪がそっと舞って「寒いね」とそばに寄って/「温めるよ」とか言って頬を触れたらな>は、自分自身のリアルなアレを表現していたというか(笑)…“そういう瞬間が訪れたらそうしたがるだろうな“という妄想の上で書いたんですけど、等身大な歌詞です。かなり気に入っています」
──ネガティヴなことも恋愛のビビッドなことも等身大で書くんですね。
「それは結構あります。妄想だけでも表現できるんですけど、やっぱり実体験に基づいた考えの曲が完成した時に“いいな”と思えるので」
──それを踏まえた上で今の五十嵐さんにとっての活動や曲作りに影響を与えているものは増えましたか?
「日々の不安とかが多分それを作ってくれています。そう言うとちょっと変ですけど(笑)、嫌なことがあればあるほど歌詞が出てくるっていう変な習性があるんです。そこは変わらなそうですし原動力にはなっています」
──それは今よりよくしたいからなのでは?
「というのも、そうだと思います。でもずっと根底は変わっていないです。モヤモヤしているのを昇華するために曲にする瞬間は今でもありますし、昔から抱えている不安をどうにか形にして気持ちを紛らわせるみたいなこともあったので、多分根底的なものは変わらず今もやっていると思います」
──安定した仕事を辞めて音楽活動を始めた時と不安の質は違いますか?
「まだ不安です。多分いつまでたっても不安な気はしますけど…ネガティブなので(笑)」
──最初の漠然としたネガティブという意味の回収ができた気がします(笑)。好きなことやっていても新たな不安は浮上しますしね。
「そうですね。好きなことをやることももちろん幸せですけど、やっぱ自己満足で終わらせたくない気持ちが強くて、それが不安材料になっているのかな?って思います。“これ、自己満足だな”という風に思えるときはずっと不安というか…納得がいっていないんだと思います、どこかしらに」
──ファンの人が“五十嵐さんの曲で救われた”ってコメントをしていますが、“でも、その先もあるんだぜ”ということですね。
「もちろんそうです。でもファンの方のコメントを見ていると自分自身も救われたりもしています。“この曲をちゃんと好きでいてくれたんだな”とか、“この曲を認めて貰えたんだな”というのを思いつつ。でも、“まだまだやらなきゃいけないことあるな”というのは同時に思います。いつになったら“よし、これでいいや、満足だ”ってなるのかは想像はつかないんですけど…」
──確かに。来年あたりにはまとまった作品を聴けそうでしょうか?
「リリースしたいです。そうなるとしたらテーマを考えたいですね。まだ想定もできてはいないんですけど、昔から“アルバムをリリースしたい”という気持ちがすごくあって、その方が楽曲の幅を表現できる気がしています。シングルでリリースするには少し勇気がいるけど、でも“こういうのがしたいんだ”という曲調はたくさんあって、そういうのはアルバムに入れてみたいです。リリースできるタイミングがあればやってみたいです」
──そしていよいよ来年3月には初ワンマンライブツアー『五十嵐ハル LIVE TOUR 「Mr.Sentimental Vol.1」』が決定しています。ライブという表現に踏み出されたばかりですが、もう新しい次がやってくる感じですか?
「いやー、早いですね。とても楽しみです。間違いなく今回よりレベルアップした表現をしたいですし、何より楽しんで自分自身が“最高だったな”と思えるライブには絶対したいです…それが大前提というか。自分が楽しくないとお客さんも楽しめないと思っているので。初ライブは自分がどうなるかでいっぱいいっぱいだったんですけど、少し視野広げて、“どうしたらお客さんがもっと喜んでくれるか?”まで考えてライブをしたいです。次はそこまで広げてみてみたいです」
(おわり)
取材・文/石角友香
ライブ写真/
RELEASE INFORMATION
2025年11月19日(水)配信
五十嵐ハル「結晶」
LIVE INFORMATION
2026年3月5日(木) 渋谷WWWX
2026年3月13日(金) 大阪JANUS
開場18:00/開演19:00
五十嵐ハル LIVE TOUR 「Mr.Sentimental Vol.1