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Xのスペースで、音声配信というものを始めてみた。

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Xのスペースで、音声配信というものを始めてみた。

おれと音声配信

夕飯時、というか、夕飯を自炊するとき、その前に酒を飲むとき、おれはX(旧Twitter)の音声配信であるスペースを聴くことがある。

だれか有名人のスペース? 声優さんとかのスペース? ぜんぜん違う。おれがフォローしているのだからフォロワーさんなのだろうが、だれか知らない人が、だれか知らない人と雑談している、そんなスペースだ。

最初、よくわからないのでそのまま聴いてみたら、自分のアイコンを見た配信者が自分について触れて話をして照れたので、それ以来、匿名で聴くようにしている。リスナーは数人。下手したら会話している人が多いようなスペース。


そんなスペースを聴いていたある夜のこと、ふと思った。「数人聴くだけのスペース、おれにもできるんじゃねえの?」。


おれはちょっとだけネットで調べて、配信をしてみることにした。


文章以外をネットに流すこと

おれは長年(長年といってもいいだろう)、黄金頭という名前でネットに文章を放流してきた。文章がメーンだ。おれは文章を、ネットに、アップして、きた。


が、それだけでは正確ではない。おれは、写真をアップしてきた。おれは写真を撮るのが好きだ。貧乏なのにレンズ交換式のカメラを持っている。レンズも10本くらいは持っているだろうか。

そして、今年のはじめには、14万円もするコンデジを買った。考えてみてほしい、スマホのカメラ機能が向上しつづけるなか、単焦点(ズームができない)のコンデジに14万円。正気ではない。正気ではないが、おれは自分の買ったそのRICOH GR IIIxというカメラを買ったことに後悔はない。そして、そのカメラで撮った写真を公開している。悪くない気分だ。


写真のほかはなにか。イラストを公開することもある。Adobe Illustratorで描いたグラフィックを挿絵にすることもあるし、ブログに付属していたオンラインのペイントツールのお絵かきもある。あるいは、本当にメモ帳に手描きしたイラストを写真に撮ってXにアップすることもある。おれは絵も晒す。生成AIで作ったイラストも晒す。


でも、それ以上はなかった。音楽なんかは作れないし、動画も難しそうだ。そして、音声配信なんてものは考えもしなかった。

おれは古いインターネットの人間、インターネット老人なので、自分のことを晒すのに抵抗が大きいのだ。自分の写真すらアップしたら危ない、という気持ちが強い。だからおれが自分の顔をブログにアップしたのは二度くらいで、それもマスク姿が限界だった。


そうだ、おれはインターネット老人なので、自分の声をネットに晒すことにも大きな抵抗があった。また、晒す手段というものもよくわからなかった。おれがテキストベースでないネット文化というものに疎すぎるから。


でも、Xのスペースはすぐそこにあって、すぐにできそうだった。フォロワーは3,000人くらいいるので、数人は聴いてくれるのではないかと思った。まったく新しいところでやるよりはましだろう。


それにしても、自分の一人語り?


教えてくれたんだラジオ

一人語りで、不特定多数に音声を伝える。これはなんだろう。そうだ、ラジオだ。ネットなんてものがある前は、ラジオしかなかった。たぶん。そしておれも、一人語りのラジオの思い出がないわけでもない。


ラジオ。おれは昭和54年の生まれだが、ラジオがそんなに身近にあったわけではない。中学生のころ、「電気グルーヴのラジオが面白い」とか、深夜ラジオ、オールナイトニッポンの話を同級生から聞くようになって、興味を持った。それがなければ、おれはラジオというメディアにほとんど興味を持つことはなかっただろう。


そしておれが聴き始めたのが伊集院光のラジオだった。今では「ラジオの帝王」とか呼ばれるが、30年前も帝王だった。とはいえ、それは世間に知れたものではなかった。自分たちのなかでの帝王だった。


具体的にいえば『伊集院光のOh!デカナイト』ということになる。おれの家はラジオの電波の入りが悪くて(そうだ、もちろん当時はradikoなんてものは影も形もなかったのだ)、それでもニッポン放送の電波は届いた。

おれがラジオというものを聴いたのはこの番組が初めてだった。ラジオ内の企画から生まれた荒川ラップブラザーズのイベントを見に、友人と一緒に横浜まで行ったこともある。人が集まりすぎて見られなかったと思う。中学生のころの話だ。


それと同時に(なにぶん昔の話なので精確性については信頼しかねる話になるが)聴いていたのが、たとえば古田新太のラジオであり、福山雅治のラジオだった。


古田新太、なんて人は知らなかった。『劇団☆新感線』とかまったく知らなかった。ただ、『古田新太のオールナイトニッポン』のパーソナリティとして知るだけだった。そして、『古田新太のオールナイトニッポン』は下品だった。下品であり、エロかった。エロいコーナーがあった。女性リスナーの喘ぎ声が聴けるコーナーがあった。それをよく覚えている。おれは当時、性欲に目覚めた中学生だった。今でも性欲には目覚めつづけているが。


福山雅治。これはどうだったのか。これもまた、当時、「福山雅治」という人はまったく知らなかった。ただ、たぶん、古田新太の放送が終わったあと、第二部をしている人という認識だった。歌手としても俳優としてもその存在はしらなかった。ただ、ラジオで一人語りする人、だった。『福山雅治のオールナイトニッポン』、これである。

おれがよく覚えているのは、福山雅治が泥酔しつつ、道で寝ていた女の人をお持ち帰りしてしまうエピソードだが、今ならアウトだろう。でも、性に興味津々なころにそんな話を聴いてしまうと、それは印象に残ったものだった。


その後、古田新太も福山雅治もブレイクした。ブレイクという言葉で言い表されないほどのブレイクだろう。それでも、おれにとっての二人は、ラジオのパーソナリティがはじまりだった。福山雅治なんてカリスマ的な人気と知名度があるわけだが、おれにとっては「下ネタを話すお兄さん」というのが入口だった。


どうも、おれのなかでラジオとの出会いは、一人語りのラジオとの出会いだったようだ。そして、みんなビッグネームになったことから、ラジオの一人語りでおもしろいやつは成功する、みたいな思いを抱くことになった。だって、伊集院光に、古田新太に、福山雅治だぜ。そりゃしょうがないだろう。


ただ、そのあとおれはラジオフリークになったり、投稿職人になったりすることもなかった。なんならラジオ自体聴かなくなってしまったところがある。それは当時、テレビの深夜番組にはまってしまったところもあるし、まあなんかそういう気まぐれなところはある。ちなみに、おれはテレビの深夜番組を観るために、学校から帰宅後にすぐ眠って、夜10時とかに起きて、家族とはべつに夕食を食べて、そのまま朝4時くらいまで起きて、寝て……みたいな不規則に正確な生活をしていた。われながら、規則正しく、不正規な生活をしていたものだと思う。今回の本題とは関係ないが。


本当の一人語りのつらさ

して、おれが一人でスペースをした話に戻る。一人語りである。なにも考えていなかった。ただ、夜に湯豆腐を作るので、湯豆腐を作る実況でもするかと思った。マイクとかそういうのはわからんから、iPhoneの純正イヤホンを使った。有線のやつだから、どれくらい昔のものかわからない。ただ、LINE通話するときなどはこれで十分話せているので、使えるのではないかと思った。


思って、スペース通話を始めた。なにか、音楽が流せるというので、流して、リスナーが来るのを待った。待って、ピロン、ピロンと二人くらい聴いていよ、という通知が来た。

マイクをオンにしてみる。情けない一人語りを始める。あいさつもなしに、「湯豆腐作りまーす」とか言ったと思う。とくにスペースをする理由も話さなかったし、なにより自己紹介がなかった。なにも考えていなかった。なにも考えていないまま、音声配信というものを始めて、湯豆腐を作る手順を声にして、配信を終えた。


最初の配信は40人くらい聴いてくれた。40人といっても、ちょっとアクセスして数秒で離れた人も含めてだろうから、20人、いや、15人でも聴いてくれたのだろうか。


それで、十分な気がした。もしも20人の人が聴いてくれたとしよう。それはもう、学校の1クラスに話しかけるのと同じことではないだろうか。いや、今の小中高学校が1クラス何人なのかしらないけれど、まあそのくらいの人に聴いてもらえればそれで十分だ。十分すぎる。


が、自分の語ったことといえば、湯豆腐を作っている過程のみであり、なにかもっと語りたい欲みたいなものが出てきた。次のスペースでは、なにか読んだ本のこととか、買った東スポのこととか、いろいろ話そうか。どうしようか。よくわからない。ただ、最初に配信したあと、「配信おもしろかった」という反応が2件くらい届いて、これは上々なものではないかと思った。


次の配信、その次の配信。おれはよくばっていろいろな話をした。が、リスナーの数は減っていた。べつにリスナーの数を気にするような話ではないのだが、さすがに虚空に向かって喋るのは厳しい。それはある。


虚空に向かって喋る。おれはそのようなことをしてきた。自分のブログなんてだれも読まない。それでも書く、というところから始めた。ずっとそうだった。それでも書いてきた。ひたすら少数のもののために手紙を書け(by田村隆一)の気持ちだ。それは苦ではなかった。


でもなあ、「リスナー0で話す」というのは苦なのだ。テキストをネットに流す。今は読者がいなくても、いずれ検索エンジンかなにかでだれかに読んでもらえるかもしれない。そういうところはあった。だから、読者0でも文章を流すのに抵抗はなかった。


しかし、その時点でリスナーが不在なのに話す。これには抵抗がある。というか、できない。だから、一人でもいいからピロンとリスニング中の通知がないと話せない。話す、というのはなにか同時性が求められて、それは文章を流すこととは違うのだなと思い知った。


その後、おれのスペースを聴く人は、録音を聴いた人を含めて20人くらいで推移している。おれの一人語りはといえば、最初よりマシにはなっている。「おもしろいので配信はつづけてほしい」というDMはあったりする。5人くらいは一回の配信を聴いてくれているのではないだろうか。ひょっとしたら、ラジオの一人語りには構成作家などまわりに人がいるので、本当の一人語りはもっとむずかしいものなんじゃないのか。


正直、おれにはおれの話すことが面白いのかどうかわからない。でも、おれ自身、おれが話すということは……面白い。


音声配信の魅力

というわけで、おれは毎日のように、5人くらいの人に向かって話している。街なかで、独り言をぶつぶつ言っているおっさんやおばさんみたいなものだ。彼らにも、そのくらいの聴衆はいる。一瞬で通り過ぎるにしても。


おれは、そのような楽しみを得た。へんな話だ。おれはおれ自身の音声の録音を聴くことは絶対にない。そんなの恥ずかしすぎて、聴けるわけがない。それでも、古いiPhoneのイヤホンが動作して、だれかに届いているなら……。


なにがいいのだろうか。おれにはまだわからない。

しかし、テキストと音声では違うと思うこともある。たとえば、何かの話から性の話になって、性というのは個人個人の身体に帰属するものであるから、あるていどのまとまりというものはあっても、畢竟ずるにジェンダーの議論などは不毛なのではないか、しかし、それは不毛とすることは、もっと下らないとされるもの、ポルノやギャンブルやしょうもない娯楽や楽しみも不毛とされるのではないか。それはおもしろくないのではないか。でも、それは相対主義とかいうものに陥ってはいないか……。


などと、話が飛んでしまう。このあたり、文章にしては書けないものだ。自由に話が吹っ飛んでいく。あちらからこちらへ飛んでいく。人間の思考というものはそういうものだろうが、その跳躍をそのままに表現できるのは、テキストではなく音声、喋りだろう。そしておれは、その自分の跳躍をだれかに聴いてもらいたいというところがある。いや、テキストも読んでほしいが、一人喋りの跳躍「も」だれかに聴いてほしいと思う。


というわけで、おれはXのスペースというちょっと不安定な場(なんかマイクがオンにならなかったりする)で、音声配信というものを始めた。飽きるまでは続けるつもりでいる。音声配信。それはラジオ。


テキストや写真、イラストをインターネットに流すことは、マスメディアでいえば新聞や雑誌にあたるだろうか。おれはそれをやってきた。音声を流すということは、ラジオにあたるだろう。そういうこともできそうだ。

あとは動画の配信となるが、そこまではさすがに考えられない。でも、やろうと思えばできる。iPhoneひとつでできるだろう。ちょっと手を加えるならばVTuberにもなれるだろう。そうなれば、既存のマスメディアのすべてを、なんでもない一個人が模倣できるということになる。


いや、そんな環境はとっくの昔に整っていた。やるか、やらないかだけだ。おれは音声を配信したいと思うようになった。それが、街なかで虚空に向かって話すちょっと変わったおっさんと変わらなくても。

あなたはどうだろうか。人間そのものはそもそもメディアであったかもしれないが、マスメディアと同じことができるようになった。そういった情報の多くはノイズとみなされるであろう。とはいえ、おれが問題にしたいのは、発信する主体だ。あなたはどうだ。なにか発信したいか。したいならば、その手段は、ある。

***


【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Sunil Ray

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