10年間にわたり追い続けた川の記憶 『ふるさとの川をめざす サケの旅』ブックレビュー
秋になると、自分が生まれた川にサケが帰ってくる——。
そんな、当たり前のようでいて、いまだ完全には解明されていない自然界の不思議と、川の中で繰り広げられる命の営み描いた写真絵本が、『ふるさとの川をめざす サケの旅』(平井佑之介(2024)、文一総合出版)です。
舞台は、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県内の川。遡上から産卵、そして次の世代へと命をつなぐサケたちの姿が、豊かな写真とあたたかな語り口を通して描かれています。
著者の平井佑之介さんは、1988年生まれの“いきもの写真家”。大学で動物行動学を学び、現在は「今を生きる生きものたちの姿」を届けることをライフワークとしています。
本作は、平井さんにとって初めての出版作。被災後の川に約10年通い、冷たい水の中に何度も潜って、命が行き交う風景と、そこに暮らす人々の姿を丁寧に記録してきました。その粘り強いフィールドワークの積み重ねが、この一冊に凝縮されています。
ふるさとの川で繰り広げられる命のドラマ
海で約4年を過ごしたサケ(シロザケ)は、秋になると生まれた川をさかのぼり、産卵の後にその生涯を終えます。やがて冬、川底の砂利に産みつけられた卵が孵化し、春には稚魚たちが再び海へと旅立っていく。この一連の営みは、まさに命のリレー。
さらに産卵を終えて静かに力尽きる親魚、そしてその体(ホッチャレ)が次の命や他の生きものの糧となっていく……命が自然の中でめぐっていく姿も余さず映し出します。
故郷に帰るというサケの習性は、今も昔も変わらず、どこか私たちの胸を打ちます。サカナというより、同じ土地に暮らす存在として——その姿に親しみを覚え、「ふるさと」への思いが自然と呼び起こされるからかもしれません。
シロザケ(提供:PhotoAC)
「おかえり。今年も帰ってきたね」と笑顔で迎える地域の人々や、サケ漁を営む地元の漁師の方も登場し、サケと人との長い関わりもさりげなく描かれています。
サケ=身近なサカナだからこそ胸を打つ
本著の最大の見どころは、やはり迫力ある水中写真です。サケの目線にぐっと近づいた写真の数々は、まるで読者自身が川に潜り、その営みを見守っているかのような臨場感。全48ページ、気がつけば一気に読み終えてしまうでしょう。
巻末には「サケについてもっと知りたい!」と題したQ&Aも収録されており、本作に登場するシロザケ以外のサケの仲間たちや、海での暮らしなど、サケにまつわる疑問の数々にやさしく答えてくれます。素敵な挿絵もすべて著者自身によるもので、その多才ぶりが伝わってきます。
舞台となった岩手県内の川は、2011年の震災で甚大な被害を受けた場所でもあります。著者がこの川を初めて訪れたのは2014年。当時出会ったサケの子孫が、いま再びこの川に戻ってきているかもしれない——そう考えると、また改めて胸が熱くなります。
本書は、身近なサカナであるサケの旅を通して、人と自然のつながりや、ふるさとを想う気持ちを静かに映し出す一冊です。
(サカナト編集部)
参考文献
文一総合出版-ふるさとの川をめざす サケの旅