介護サービスを受けられない…「介護難民」化はなぜ起こる? 事前にできる防止策も紹介
急速な高齢化が進む日本において、介護サービスを受けられない「介護難民」が深刻な社会問題となっています。
本記事では、介護難民の実態から具体的な対策まで、最新のデータとともに詳しく解説していきます。
介護難民の実態と2025年問題がもたらす影響
介護難民の定義と現状の統計データ
総務省統計局が公表した2023年10月1日現在の人口推計によれば、日本の65歳以上の人口は約3,623万人で、高齢化率は29.1%と過去最高を更新しています。また、75歳以上の人口は約2,008万人で、総人口の16.1%を占め、初めて2,000万人を超えました。
この急速な高齢化に伴い、要介護認定者数も増加の一途をたどっています。
厚生労働省の介護保険事業状況報告(2021年度)では、要介護・要支援認定者数が約686万人に達し、前年度比で1.6%増加しました。介護給付費も年間約12.5兆円に上り、医療費と並んで社会保障費の大きな課題となっています。
そんな中で、介護が必要な状態になっているにもかかわらず、適切な介護サービスを受けられない「介護難民」が大きな問題となっているのです。
例えば、特別養護老人ホーム(特養)の待機者数は、2024年1月8日時点で全国で25.3万人となっています。これは、東京ドーム約4.6個分の収容人数に相当する規模であり、介護を必要とする多くの高齢者とその家族が、適切なサービスを受けられていない深刻な現状を示していると言えるでしょう。
介護難民が発生する6つの要因
介護難民が発生する第一の要因は、介護施設の絶対的な不足です。厚生労働省のデータによると、2021年時点で全国の特別養護老人ホームは約8,200施設、定員数は約48万人分とされています。一方で、65歳以上の高齢者人口は約3,600万人を超え、要介護認定者数は約686万人(2021年度)に達しています。単純計算でも、特別養護老人ホームの定員数は要介護認定者の約7%分しかないことになります。
特に深刻なのが都市部での施設不足です。例えば東京都では、地価の高騰(都心部では1平方メートルあたり100万円以上)や用地確保の困難さから、新規施設の建設が著しく制限されています。
その結果、1施設あたりの利用希望者が地方の約2倍に達するケースも報告されています。加えて、建設コストの上昇や人件費の高騰により、新規開設を断念する事業者も増加しており、供給不足に拍車をかけています。
第二の要因は深刻な介護人材不足です。厚生労働省の職業安定業務統計(2022年度)によると、介護分野の有効求人倍率は3.99倍と、全国平均(1~1.2倍)を大きく上回っています。この数字は、求人100件に対して応募者がわずか25人程度しかいないことを示しています。その背景には、介護職の平均給与や、身体的・精神的負担の大きさ、夜勤を含む不規則な勤務形態などの課題があります。
さらに深刻なのが将来予測です。2025年には約37万人、2040年には最大で約69万人の介護人材が不足すると予測されています。これは現在の介護職員数(約211万人)の約3分の1に相当する規模です。人材不足は単なる数の問題だけでなく、経験豊富な職員の不足にもつながり、介護サービスの質の低下も懸念されています。
第三の要因となる経済的問題は、特に中所得層に大きな影響を与えています。有料老人ホームの場合、入居一時金が0~数千万円、月額費用が10~30万円程度必要となります。これに対し、65歳以上の高齢者世帯の平均年金収入は月額約21万円(2021年)であり、施設入所費用を賄うことが困難な状況です。
さらに、介護保険の利用者負担(1~3割)に加えて、居住費や食費、日常生活費なども必要となります。例えば、要介護3の場合、デイサービスを週3回利用するだけでも月額2~3万円の自己負担が発生します。これらの費用を合算すると、多くの世帯で家計を圧迫する水準となっています。
第四の要因である地域格差は、都市部と地方で異なる形で深刻化しています。
都市部、特に東京や大阪などの大都市圏では、施設の総数は多いものの、高齢者人口も多いため待機者が多くなっています。例えば、東京都の特別養護老人ホームの平均待機期間は2~3年とされていますが、実際には5年以上待たされるケースも少なくありません。
一方、地方では別の問題が発生しています。過疎地域では利用者数の減少により介護事業の採算が取れず、事業者の撤退や事業縮小が相次いでいます。例えば、訪問介護サービスでは、移動時間が長い割に報酬が低いため、山間部や離島でのサービス提供を中止する事業者が増加。その結果、一部地域では「介護砂漠」と呼ばれる状況が生まれ、最寄りの介護施設まで車で1時間以上かかるといった事例も報告されています。
第五の要因として挙げられる家族構成の変化は、介護の担い手不足に直結しています。総務省の国勢調査(2020年)によると、65歳以上の単身世帯の割合は27.0%に達し、この20年間で約2倍に増加しています。さらに、65歳以上の夫婦のみ世帯も増加しており、これらを合わせると高齢者世帯の過半数を占めています。
この変化は「老老介護」という新たな問題も生み出しています。配偶者の介護を担う人の約3割が75歳以上という調査結果もあり、介護する側も高齢であるため、身体的・精神的な負担が大きく、共倒れのリスクが高まっています。また、介護離職者は年間約10万人に上り、その約8割が女性というジェンダーの偏りも見られます。
特に深刻なのが遠距離介護のケースです。総務省の調査によると、介護が必要な親と別居している40~50代の約4割が、片道2時間以上かけて介護に通っています。この状況は、介護者の心身の疲弊だけでなく、交通費などの経済的負担も大きく、持続可能な介護の実現を困難にしています。
第六の要因である制度やサポートの認識不足は、予防可能な介護難民を生み出す一因となっています。例えば、要介護認定の申請について、「まだ大丈夫」と考えて先送りにするケースが多く見られますが、申請から認定まで1か月以上かかることを考えると、この判断の遅れが致命的となることがあります。
また、地域包括支援センターの存在や役割を知らない人も多く、厚生労働省の調査では、センターの認知度は65歳以上でも約6割にとどまっています。さらに、介護保険制度の複雑さや、利用可能な支援制度の情報不足により、受けられるはずの支援を受けられていないケースも多数存在します。
これら6つの要因は、互いに密接に関連し合って介護難民問題を一層深刻化させています。例えば、施設の不足は待機者の増加を招き、それが入所費用の高騰につながります。また、人材不足はサービスの質の低下や施設の定員削減を引き起こし、さらなる待機者の増加をもたらします。このような悪循環を断ち切るためには、社会全体での包括的な取り組みが必要となっています。
特に、2025年には団塊世代が全て75歳以上となり、介護需要がさらに急増することが予測されています。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2025年の75歳以上人口は約2,180万人に達し、現在よりも約250万人増加する見込みです。この人口構造の変化を考えると、介護難民問題は今後さらに深刻化する可能性が高く、早急な対策が求められています。
介護難民を防ぐための実践的な事前準備
要介護認定の戦略的な申請とタイミング
介護難民を防ぐ第一歩は、早めの要介護認定申請です。介護を円滑に進めるためには、介護保険サービスの利用が不可欠ですが、この認定プロセスには時間を要します。申請から認定までは通常1~1.5ヶ月、その後のケアプラン作成に1~2週間、さらにサービス提供事業者との調整に1~2週間程度必要となります。そのため、実際にサービスを利用し始めるまでには、最短でも2ヶ月程度の期間が必要となるのです。
申請の適切なタイミングは、日常生活における変化を注意深く観察することで見極めることができます。身体機能の面では、階段の昇り降りや歩行が不安定になる、入浴時に不安を感じる、トイレでの動作が困難になる、寝返りや起き上がりに時間がかかるようになるといった変化が現れます。
また、生活機能の面では、食事の準備や調理、掃除や洗濯などの家事が思うようにできない、服薬管理が適切にできない、金銭管理や書類の記入が難しくなる、買い物に行くことが億劫になるなどの変化が見られます。認知機能については、もの忘れが頻繁になる、同じ話を何度も繰り返す、日付や時間の感覚が曖昧になる、家電製品の操作を間違えることが増える、約束の日時を忘れることが多くなるといった兆候が表れます。
申請から認定までのプロセスは、まずかかりつけ医への相談と必要書類の準備から始まります。その後、74項目にわたる訪問調査が行われ、主治医意見書の作成を経て、認定審査会による判定が行われます。認定後は、要介護度の確認、ケアマネージャーの選定、ケアプランの作成、サービス事業者との契約という流れで進みます。
認定の有効期間は原則12ヶ月(最長24ヶ月)となっており、更新申請は期間満了の60日前から可能です。また、状態に変化が生じた場合は、区分変更申請を行うことができます。
複数の入所戦略の立て方
特別養護老人ホームへの入所を希望する場合、待機者が多いことを前提とした戦略が必要です。
のっぴきならない状況がある場合には、要介護1や2の段階から複数の施設に相談しておくことをお勧めします。
基本的には入所の申し込みは要介護3からでなければできませんが、待機者名簿に早めに登録することで、将来的な入所の可能性を高めることができます。
また、待機期間中の対策も重要です。在宅での生活を支えるために、デイサービスと訪問介護を組み合わせたり、定期的にショートステイを利用したりするなど、複合的なサービス利用を検討します。
さらに、医療的なケアが必要になる可能性を考慮して、医療機関との連携体制が整った施設を選ぶことも大切です。
経済的負担を軽減する制度活用
介護サービスの利用には一定の費用負担が伴いますが、さまざまな軽減制度があります。
介護保険の利用者負担は原則1~3割ですが、所得に応じて負担上限額が設定されています。高額介護サービス費制度を利用することで、月々の自己負担額が一定額を超えた場合に超過分が払い戻されます。
また、特別養護老人ホームなどの施設入所時には、所得に応じて居住費や食費の負担を軽減する補足給付制度があります。これらの制度を活用することで、経済的な理由で必要なサービスを利用できないという事態を防ぐことができます。
さらに、介護離職を防ぐための支援制度として、介護休業制度や介護休暇制度なども整備されています。
地域資源を活用した総合的な介護難民対策
地域包括支援センターの戦略的活用法
地域包括支援センターへの早期相談は、介護難民を防ぐための具体的な計画立案に直結します。なぜなら、センターには地域の介護施設の待機状況や入所条件、空き状況などの最新情報が集まっており、この情報を基に、施設入所までの期間をどう乗り切るかの具体的なプランを立てることができるからです。
例えば、特別養護老人ホームの待機が3年程度必要な場合、その待機期間中の具体的な生活プランとして、平日はデイサービス、土日は訪問介護、月1回はショートステイを利用するなど、介護者の負担を考慮した現実的なサービスの組み合わせを提案してもらえます。また、介護度が上がった際の緊急時対応として、老人保健施設や介護療養型医療施設など、複数の受け入れ先を確保する方法も教えてくれます。
介護難民にならないための在宅サービス活用術
介護保険外の地域サービスを活用することで、介護保険の限度額を超えてもサービスを継続できます。
例えば、要介護3の場合の介護保険サービスの限度額は月額27万円程度ですが、これを超えると全額自己負担となります。しかし、訪問型サービスB(住民主体の生活支援サービス)を併用することで、1回200〜300円程度で買い物や掃除などの支援を受けられ、介護保険の限度額を節約することができます。
地域包括ケアシステムの実践的活用
地域包括ケアシステムでは、専門職によるサービスだけでなく、住民主体の支援活動も重要な役割を果たしています。例えば、週1回程度の通いの場での体操や茶話会活動、生活支援コーディネーターによる支援のマッチング、認知症サポーターによる見守りなど、地域全体で高齢者を支える仕組みが整備されつつあります。
これらの活動に参加することで、将来的に介護が必要になった際にもスムーズにサービスを利用できる関係性を築くことができます。また、介護予防の効果も期待でき、要介護状態になるリスクを低減することができます。
まとめ
介護難民問題は、高齢化の進展とともにますます深刻化することが予想されます。
しかし、早めの準備と適切な情報収集、そして地域の支援システムを活用することで、リスクを最小限に抑えることができます。
本記事で紹介した対策を参考に、ご自身や家族の将来に向けた準備を始めていただければと思います。