親しき仲には……遠慮なし!? 日本とはまるで異なる、韓国の人間関係
「太陽を抱く月」「雲が描いた月明かり」「ミセン」……数々の韓国ドラマ作品で字幕翻訳を手掛けてきた金光英実さん。そのキャリアとソウル在住30年の経験をもとに執筆した新刊『ドラマで読む韓国 なぜ主人公は復讐を遂げるのか』は、現代韓国の文化や社会を知るのにうってつけの一冊です。本書の発売を記念し、全4回の抜粋記事を公開します。
「ウリ」を重んじる文化
韓国人は共同体意識が強い。周りに中国や日本などの強大国が存在していたため、強い連帯意識が必要だったのだろう。また、家の床をオンドル(床暖房)の構造にして定住し、農耕民族として集団生活を営んでいたことも共同意識の形勢に影響していると思われる。
韓国は「우리(ウリ)」を重んじる文化だ。「ウリチプ(家)」「ウリオンマ(母)」「ウリフェサ(会社)」など、自分が属するものには「ウリ」を付けて呼ぶ。韓国語の「ウリ」は日本語で言う「うち」に相当するが、韓国の「ウリ」のほうが限定的に用いられる。
例えば、「ウリナラ」は直訳すると「私たちの国」だが、たんに自国のことを言うのではなく「韓国」を指し示す。だから日本人が「ウリナラでは……」と韓国語で言った場合、それを聞いた韓国人は必ず違和感を抱く。日本人が「わが国」の意味で使ったつもりでも、韓国人にとっての「ウリナラ」は「韓国民族の国」という意味だからだ。私も「日本」という意味で「ウリナラ」を使って、韓国人を混乱させた経験が何度もある。
韓国には「ウリ」を付けた呼び方が無数に存在する。「ウリスル」は「韓国のお酒」、つまりマッコリなどの伝統酒のことを指すし、「ウリムンファ」と言えば「韓国文化」になる。
大手市中銀行「ウリ銀行」は、韓国人のウリ意識をくすぐる名前と言える。私が韓国に来た当初は「韓一(ハニル)銀行」と呼ばれていたが、1999年に「ハンビッ銀行」となり、2002年に「ウリ銀行」に変更して以来、すっかり定着した。初めて「ウリ銀行」という名前を聞いたとき、そんなストレートな名前を付けるのかと驚いた覚えがある。
説得したがりな国民性
このように、韓国人の意識の根底には「ウリ」が潜んでいるから、人間関係を築くときもこれが大事な要素になる。出会ったときに相手のことを根掘り葉掘り聞いて共通点を探し出し、自分たちは仲間だと確認する作業も「ウリ」文化に由来する。
高校や大学、職業、宗教など、どれかひとつが自分と同じだと、そこから相手は「ウリ」候補だ。地方出身者の場合、同じ故郷出身であることは最も大きなアドバンテージになるだろう。韓国人は小中高の友人らとつながっていることが多いから、出会ってすぐに親しくなってしまう。当然、そうなればビジネスでは有利に事が運ぶ。
左派か右派かという政治的イデオロギーも、韓国人と関係を結ぶうえでは重要なファクターとなる。同じイデオロギーを持っている同士であれば話も盛り上がるし、敵対する政治家を一緒に批判してとてつもない連帯感が生まれる。ただし、これは諸刃の剣だ。相手とイデオロギーが違った場合は、付き合いが断絶してしまうことがあるからだ。
日本では、人前で政治に関する話をする人は多くないが、韓国では至るところで政治談議が花を咲かせている。ご老人が食堂や酒場に集まってよく政治の話をしているが、もめにもめて大ゲンカをしている光景を何度も見た。
政治的イデオロギーに限った話ではないが、思想的な違いが鮮明になってくると、韓国人は相手を説得しにかかる傾向が強い。自分を基準に考えて、相手が間違っていると判断するのだ。単なる知り合い程度の仲ならば、相手の意見を聞いても「へえ、そうなんだ」と聞き流すかもしれないが、親しい仲になったら説得しにかかる。
これが「ウリ」の範疇(はんちゅう)の仲だともっと大変で、より執拗(しつよう)に説得してくるはずだ。韓国人がわが子に「早く結婚して子どもを産みなさい」「そんな仕事は辞めたほうがいい」などと意見を押しつけるのも、説得したがりな国民性と「ウリ」文化のせいかもしれない。
親しき仲には……遠慮なし!?
韓国社会における疑似家族化も、連帯意識の形勢に一役買っている。食堂では年配の店員を「イモ(伯母さん・叔母さん)」や「サムチョン(伯父さん・叔父さん)」などと呼ぶし、年下の友人を誰かに紹介するときは「うちの弟」「うちの妹」と言う。実の妹の場合は「本当の妹」のように「本当の」を入れないと、疑似的な妹と間違えられてしまうくらいだ。
相手に「ウリ」と認められたかどうかは、呼称からも推測することができる。「언니(オンニ)(お姉さん)」や「형(ヒョン)(お兄さん)」などと呼んでもらえるか、ため口が許されるかしたら、それは「ウリ」の一員になっていると考えていいだろう。もっと分かりやすく、「ウリ金光さん」のように、名前の前に「ウリ」を付ける場合もある。
といっても、それが言葉上だけのことも少なくない。何度も一緒に食事をする仲かどうか、友達を紹介してもらえているかなどは、本当に「ウリ」と認められているかを見極める大事なポイントだろう。
「Missナイト & Missデイ」(2024年)というドラマがある。20代の女性イ・ミジンが、昼間は50代に変わってしまう奇想天外なストーリーだ。
ミジンにはト・ガヨンというYouTuberの親友がいて、彼女の家に頻繁に遊びに行くのだが、ずいぶんと図々しい印象がする。ガヨンが宣伝しようとしていた商品を勝手に持ってきてしまったり、撮影中のYouTubeに映り込んだり、その遠慮のなさは日本では考えられない。
一方のガヨンもミジンをこき使ったり、「激辛豚足(とんそく)を買ってきて」とねだったりする。日本人の友人同士だったら、どんなに親しい間柄でも気兼ねくらいはするだろう。
1990年代のこと。語学堂(語学学校)に通う日本の友人たちは、同じ下宿にいる韓国人が、化粧水や乳液などの化粧品、部屋に置いたバッグなどを何でも好き勝手に使ってしまうと嘆いていた。同居していた韓国人からすると、同じ釜の飯を食い、一緒に暮らしているのだから、遠慮がいらない仲だと思っていたのだろう。
日本人は「親しき仲にも礼儀あり」と言うが、韓国人は「親しいからこそ迷惑をかけてもいい」という意識を持つ。だから、相手も迷惑を迷惑と感じていない。ある意味、気楽ではある。
(了)
※写真:shutterstock
四方田犬彦さん推薦!
ソウルに住んでもうすぐ30年。ヨンシル(英実)はこの都を自在に泳いでいる魚だ。居酒屋の主人から韓国ドラマの字幕翻訳まで、職業を転々。遠いものは美しい。でも近づいて目を凝らすと大変だ。何もかもが日本の十倍も過激な韓国の、リアルな観察日記。
『ドラマで読む韓国 なぜ主人公は復讐を遂げるのか』目次
■ 第1章 エンタメに宿る国民性――ドラマと韓国
■ 第2章 金は天下に回らない――財閥と韓国
■ 第3章 かわいい子には勉強させよ――学歴と韓国
■ 第4章 食事から生まれる仲間意識――食と韓国
■ 第5章 親しき仲には遠慮なし――韓国の人間関係
■ 第6章 復讐は蜜の味――犯罪と韓国
■ 第7章 可視化されるジェンダー対立――女性と韓国
プロフィール
金光英実(かねみつ・ひでみ)
1971年生まれ。清泉女子大学卒業後、広告代理店勤務を経て韓国に渡る。以来、30年近くソウル在住。大手配信サイトで提供される人気話題作をはじめ、数多くのドラマ・映画の字幕翻訳を手掛ける。著書に『ためぐち韓国語』(四方田犬彦との共著、平凡社新書)、『いますぐ使える! 韓国語ネイティブ単語集』(「ヨンシル」名義、扶桑社)、訳書に『ソウルの中心で真実を叫ぶ』『殺人の品格』(ともに扶桑社)など。
金光英実さんのX https://x.com/Hidemi_K