元囚人が本人役で出演する実話映画『シンシン/SING SING』を見てみたら、刑務所版『響け!ユーフォニアム』だった
雨がしとしと降っていた。日曜日のちょっとした憂鬱。そのちょっとした憂鬱だけで居場所がなくなりそうな狭い部屋。溺れそうになりながらもがく泡は誰にも見えず、聞こえず、じっと息を止めて弾ける衝撃に耐えている。自分は何を待っているのだろうか?
オセロが次々と裏返るみたいな劇的な何かを期待しているわけじゃない。ただ居心地が悪い。そんな週末、日々の泡を溶かすように消してくれたのが、渋谷パルコのミニシアター・シネクイントで上映されていた『シンシン/SING SING』という映画だった。
・シンシン刑務所
「世界中の喜怒哀楽(エンタテインメント)をお届けします」をコンセプトに個性的で良質な作品をセレクトしているというシネクイント。以前ここで反プーチンのロシア人活動家ナワリヌイのドキュメントを観たことがあるので、公開作品のセレクトは確かに個性的と言えるだろう。
『シンシン/SING SING』についても今のところ東京で上映されているのは9館のみだ。公開開始したのは2025年4月11日と金曜日のこと。だが、チケットを購入すると、客は私(中澤)含めて5人だった。ビックリするくらい注目されてない。じゃあ、なぜ私が注目したかと言うと……
本映画は、元囚人が本人役で出演している刑務所映画だから。「シンシン」というのはニューヨークに実在する刑務所の名前で、そこで起こった実話を出所した本人たちが演じているのがこの映画なのである。では、その実話の内容とは何なのかと言うと……
囚人の舞台演劇だ。シンシン刑務所では収監者更生プログラムとして舞台演劇の取り組みが行われているのだそうな。その演劇グループが舞台に立つまでの道のりを描いたのが本映画なのである。
・ガチ感
刑務所だけに演劇グループは男ばかり。なんならオッサンばかり。その中に問題児が入ってくることで物語がスタートする。しかも、これまでシリアスなものしかやってこなかった劇団が新加入の問題児のひと言から喜劇にチャレンジすることに……
と、こうストーリーを説明するとコメディタッチな映画にも聞こえそうだが、本映画が良かったのはガチ感だと思う。あくまで刑務所。ゆえに、喜劇への向き合い方はおろか、人生への向き合い方も、これ以上逃げられないガチさがにじみ出ている。
・「ショーシャンクの空に」というよりは
そのガチ感と刑務所映画の友情物語ということで『ショーシャンクの空に』を引き合いに出す人は多いだろう。ただ、個人的には、向いてる方向がバラバラの人間が1つの目標に向かってぶつかり合うところに学祭みがあるのが最高だった。刑務所映画というよりも青春映画を見てるようである。例えるなら、刑務所版『響け!ユーフォニアム』だ。
観終わった後にその出会いが少し羨ましくなった。思わず、そんなことを感じるほどに没入感のある107分。CGも爆音も出てこない静かな間は、しとしと降る雨にぴったりであった。
・その後
ちなみに、本映画は2024年3月、「SXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)映画祭」で観客賞を受賞。2024年7月にアメリカで公開された後、第97回アカデミー賞では3部門にノミネートされている。
様々な壁を越え、刑務所の中の演劇プログラムからアカデミーの舞台にまで行ったことも含めて、拍手を送らざるを得ない作品と言えるだろう。その実話にスタンディングオベーションだ。
参考リンク:SING SING/シンシン
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.