【高知家の後継者募集】「らんまん」の牧野富太郎博士の生誕地に建つ老舗旅館 高知県佐川町の「明清館」を引き継ぐ
改札を出ると、懐かしい匂いの風が吹き抜けていった。
商店街方向に歩を進めると、どこかで見た記憶の中のような光景が目に飛び込んで来る。
高知県中西部に位置するJR佐川駅。目的地の老舗旅館「明清館」は、歩き始めてすぐに見つかった。
所要時間は1分程度か。古風な街並みを味わう暇もないぐらい近い。
明清館の創業は明治20年代だという。今から130年以上も前のことだ。
佐川町が生誕地である牧野富太郎博士が、東京で植物学の研究に没頭しているころに開業したことになる。
記録には残っていないが、ひょっとしたら帰郷の折に宿泊しているかもしれない。
そうでなくても、明清館前の旧道、松山街道は必ず歩いているはずで、旅館の昔の姿を見ていることはまず間違いない。
松山街道をさらに西へ進むと、高知県を代表する老舗の酒蔵、司牡丹酒造の白壁が左手に見えてくる。
古都の趣はさらに深まり、思わず立ち止まってしまう。
白壁を見つめていると、来し方の記憶が映し出されるような気がして、淡い感傷がこみ上げてくる。
明清館方面に戻り、玄関へ向かう。右側の壁に掲げられた古い看板や石灯籠が古風な趣を際立たせ、郷愁をそそる。
一人で宿を切り盛りする女将、中澤美重子さん(80)がにこやかに迎えてくれた。
聞けば、美重子さんは4代目だそう。
宿を残したい気持ちはあるが、身内に後継者がおらず、「歴史ある宿を未来に繋いでくれる方に引き継ぎたい」と、全国に譲受先を募集することにしたという。
旅館の建屋(約124坪)は平成元年に新築され、まだ築35年だ。
外観、内装共に良好な状態を維持しており、手入れは行き届いている。
「建物の古い部分は残ってないですか?」
創業130年と聞いていたので、軽い気持ちで聞いたのだが、帰ってきた答えに驚いた。
「実は、隣家からのもらい火で全焼してしまいました。それで建て直したがですよ」
このため、130年前の記憶を留めるものは全く残っていない。
100年近く手入れしてきた建屋はもちろん、欄間などの内装、掛け軸や調度品類などがすべて焼失したのだという。
唯一残ったのが、玄関に掲げられている看板。
夫の芳之さん(83)が火事の時に「これだけは」と抱えて逃げたのだという。
当時の有名な書家に依頼して書いてもらったのだろうか。味わい深い筆致の中に、130年の歴史を感じる。
今の宿泊客は観光客のほか、ビジネスの長期滞在者やスポーツ遠征の学生たちも。
よさこい祭りの季節には県外からの踊り子も泊まるそうだ。
リーズナブルな価格が人気で、取材で訪問した日も盛況だった。
客室は和室8室と洋室2室の計10室だが、2階は団体客用に仕切りを外して対応できる仕様になっており、フレキシブルに対応可能。
一部の繋がりにくい部屋はあるが、Wi-Fi環境が完備され、トイレや洗面所、風呂(男女別)は共同となっている。
旅館敷地内には、約25坪の住居(浴室は旅館と共用)があり、ここに住みながら経営できるのは大きなメリット。
旅館と住居の外装は統一されており、旅館の別館のような趣になっている。
両方の建物と土地、エアコンやテレビ、寝具や浴衣等の宿泊設備一式、調理機材一式などの一括売却を希望している。
もちろん、現在の顧客や取引先、知名度も承継できる。
130年の歴史を有する「明清館」だけに、知名度は高く、県内外にリピーターは多数おり、屋号を引き継ぐことは経営的に大きな強み。
美重子さんも「由緒あるものなので、継いでもらったらうれしい」との希望だが、「譲受側の意向も尊重したい」とも。
当地はNHK連続テレビ小説「らんまん」の舞台にもなった。
旅館近くには牧野博士ゆかりの「牧野公園」があるほか、江戸時代の城下町の風情を残す建造物なども点在し、観光地としてのポテンシャルは高い。
2階の北側の部屋の窓を開けると、JR佐川駅が眼下に見え、観光利用での立地条件は最適。
新オーナーの工夫次第で、更なる宿泊客のアップも見込めそうだ。
緑豊かな山間に広がる歴史ある街、佐川町。
その歩みを看板に刻みながら、何代もの女将が守ってきた老舗旅館は大きな価値を持つ。
新しい継業者がその重厚な伝統を引き継ぎ、令和の未来に爛漫の花を咲かせる姿を見てみたい。
経営は上手く行っているのに、後継者がいないために廃業せざるを得ない――そんな悩みを持つ企業が全国的に激増し、大きな社会問題になっている。高齢化先進県である高知県は全国に輪をかけて、事業承継の課題が山積している。「県内での事業承継を少しでも増やしたい」。このコーナーは、事業を譲りたい人と受け継ぎたい人を繋ぐ連載です。
高知県事業承継・引継ぎ支援センター(088-802-6002)
メール:kochi-center@kochi-hikitsugi.go.jp
担当:野本 藤田