摂食障害は子どもにも増加 命をおびやかす「神経性やせ症」(拒食症)の現実とは[専門医が解説]
子どもに多い摂食障害「神経性やせ症」について鈴木眞理医師インタビュー第1回。近年、増加した背景や種類、原因について。全3回。
【画像】神経性やせ症に陥る無限ループとは?2020年のコロナ禍以降、摂食障害のひとつである「神経性やせ症」(拒食症)の子どもが国内外で増加し問題視されています。「もう少しやせたい」「今は食べたくない」そんなよくある子どもの声に、実は「神経性やせ症」が隠れていることも。この病気は極端に食事を制限してしまうため、成長期の子どもに深刻な影響をもたらします。
神経性やせ症について、日本摂食障害協会理事長の鈴木眞理先生に伺いました。
子どもの摂食障害でもっとも多い「神経性やせ症」
国立成育医療研究センターの調査によると、2019年度は子どもの神経性やせ症(拒食症)の初診外来患者数は199件だったものが、コロナ禍になった2020年度は313件と約1.6倍に急増、2022年度も277件と1.4倍に高止まりしました。
東邦大学医学部の大規模診療データに基づく解析でもコロナ以降、欧米や日本を含めたアジアで若年層(7~19歳)の神経性やせ症が増加したことが明らかになり、予防と早期介入が必要と発表しています。
30年以上、摂食障害の治療に向き合ってきた日本摂食障害協会理事長・鈴木眞理先生は神経性やせ症を「命にかかわる病気」と断言します。神経性やせ症とはどんな病気なのでしょうか。
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──神経性やせ症は子どもの摂食障害の一種と聞きましたが、子どもの摂食障害はほかにどんな種類があるのでしょうか。
鈴木眞理先生(以下、鈴木先生):子どもの場合、食事を制限する理由や、症状の現れ方が多様なことから、大人と異なる分類方法がとられます。一般的に摂食障害は「神経性やせ症」「神経性過食症」「過食性障害」の3タイプに大別されますが、小児ではより細かく分類され、以下のような9種類があります。
〈子どもの摂食障害分類〉
●神経性やせ症
●神経性過食症
●食物回避性情緒障害
●選択的摂食
●制限摂食
●食物拒否
●機能的嚥下(きのうてきえんげ)障害とほかの恐怖状態
●広汎性拒絶(こうはんせいきょぜつ)症候群
●うつ状態による食欲低下
参考:Bryant-Waugh R, Lask B ほか『Eating Disorders in Childhood and Adolescence 第4版』(Routledge, 2013年)より一部改変
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子どもの摂食障害のうち一番多いのは、神経性やせ症で、約80%を占めています。いわゆる拒食症のことで、太ることを恐れて食事ができなくなります。また、食事をとれたとしても、吐くなどの行為をおこなうことで身体はやせ続けます。
神経性やせ症は女の子が約90%と多く、背景には女性ホルモンとストレスの関係があると考えられています。男の子よりも女の子のほうが、ストレスで食べられなくなる反応が身体に現れやすいのです。
また、アメリカ精神医学会が発行した、世界的に利用される診断基準「精神疾患の診断・統計マニュアル」の2013年改訂版(DSM-5)には、上記分類表のうちの食物回避性情緒障害が反映された回避・制限性食物摂取症(Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder: ARFID、以下:アーフィッド)が初めて採用されました。
アーフィッドは、食べものの食感やにおいが苦手だったり、過去にだれかが吐いているのを目撃した経験がトラウマになったりすることで、食事を拒否するようになる摂食障害の一種です。
神経性やせ症とはちがって、体型や体重は気にしていません。発達特性のある子どもに多くみられ、こちらは男の子の発症割合が約40%で、神経性やせ症よりも高い比率となっています。
〈参考文献〉
大谷良子.小児摂食障害における学校連携.心身医学 2019年 59巻3号 p.239-244
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/59/3/59_239/_article/-char/ja/
作田亮一.子どもの摂食障害の問題点.女性心身医学 J Jp Soc Psychosom Obstet Gynecol Vol. 24, No. 3, pp. 288-291,(2020年3月)
chromeextension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspog/24/3/24_288/_pdf/-char/ja
JAMA Pediatr 2021 Dec 1;175(12): e213861.
doi: 10.1001/jamapediatrics.2021.3861. Epub 2021 Dec 6.
Incidence and Age- and Sex-Specific Differences in the Clinical Presentation of Children and Adolescents With Avoidant Restrictive Food Intake Disorder
Debra K Katzman 1, Wendy Spettigue 2, Holly Agostino 3, Jennifer Couturier 4, Anna Dominic 5, Sheri M Findlay 6, Pei-Yoong Lam 7, Margo Lane 8, Bryan Maguire 9, Karizma Mawjee 10 11, Supriya Parikh 9, Cathleen Steinegger 1, Ellie Vyver 12, Mark L Norris 2
行事や大会が中止に…コロナ禍で心が疲れた子どもたち
──子どもの神経性やせ症が急増した理由はどこにあるのでしょうか。
鈴木先生:コロナ禍をきっかけに、国内では約1.6倍、世界的には約2倍に増加したと言われています。コロナ禍の間は楽しみにしていたさまざまな行事や大会が中止になり、外出制限で友だちと会うこともできなくなりました。
「やりたかったことができない」「がんばってきたのに報われない」といった喪失感や孤独感によって、子どもたちにストレスがかかったことが背景にあるでしょう。
低年齢化が進む要因にはSNSも
──もともと神経性やせ症は思春期に発症しやすかったものの、コロナ禍以降は小学生低学年がかかる事例も増えたようです。なにか理由があるのでしょうか。
鈴木先生:大きな要因のひとつが、SNSがもたらすルッキズムの影響です。今は幼いうちからスマートフォンを持ち、SNSに触れています。そこで毎日のように目にするのが、「細くてかわいい」ことを理想とするような投稿です。
「やせている=正しい」「太っている=だめ」といったメッセージが、無意識に刷り込まれていくのです。とくに、まだ自分の価値観が育っていない年齢では、「やせないと認められない」といった極端な思い込みになりやすく、それが近年の子どものダイエット意識の高さにつながっています。
ただし、ダイエットをしたからといってすべての子どもが神経性やせ症になるわけではなく、いくつかの発症要因があります。
遺伝・性格・教育環境が大きな要因
──神経性やせ症が発症する背景には、どのような要因があるのでしょうか。
鈴木先生:神経性やせ症はストレスとの関連が深い病気です。ストレスが限界を超えると、まず“食べられなくなる”という身体の反応が起こります。
食べられなくなると脳にも栄養が行きわたりませんから、ものごとを正しく認識する力が弱まります。するとモヤモヤした不快感や、つらい気持ちを感じにくくなったり、ほかの子よりもやせていることで達成感を感じたりと、次第に気分がよくなるのです。
ただし、ストレスの根源となっていた問題や状況はなにも改善していません。そうするとまたモヤモヤを感じ、「ならばもっと体重を減らさなきゃ」という気持ちが強まり、さらにやせる行動を繰り返していきます。
このようにストレスを抱えきれずに神経性やせ症になってしまう人は、もともと以下のような傾向を持っているケースが多いです。
① 遺伝による影響
神経性やせ症につながる遺伝子の存在が分かっています。実際に病院に来る子どもたちからも「家族に摂食障害の経験者がいる」と聞くことも多いです。
② 子どもの性格傾向
「一度決めたことは絶対に守る」といった完璧主義や、「これをやらなかったら、とんでもないことになる」という強い恐怖感を抱きやすい子どもは、どうしてもストレスがたまりがち。“いい子”に見える子ほど注意が必要なのです。
③ 生まれ育ってきた環境
「弱音を吐いてはいけない」「最後までやり遂げなければならない」──このような価値観で教育を受け続けた子どもたちは、本来助けを求めるべきタイミングでSOSを出せず、ストレスに押しつぶされて発症するケースもあります。
神経性やせ症は、「困ったからやせたい→やせても問題は解決しない→やせたい」の無限ループになるという。 出典:『摂食障害がわかる本 思春期の拒食症、過食症に向き合う』
神経性やせ症に対する社会の誤解
──神経性やせ症が遺伝要因も大きいとは初めて知りました。親や社会の理解は追いついているのでしょうか?
鈴木先生:日本摂食障害協会によるアンケートから、摂食障害には多くの誤解や偏見が根強く存在していることが分かっています。
神経性やせ症の要因は遺伝などが大きいにもかかわらず、「摂食障害はダイエットが原因だ」と考えている人は約68%います。また、「母親の育て方が関係している」と認識している人も約21%います。
摂食障害の原因について、ダイエットや本人の意思、親の育て方とまちがった認識をされることが多い。 出典:小原千郷ほか.一般女性における摂食障害の認識調査‐病名認知度と誤解・偏見‐. 心身医学 2020年60巻2号 p.162-172
こうした誤解によって、「子どもが神経性やせ症だと周囲に言えなかった」と話す保護者も少なくありません。また、母親自身が「自分の育て方が悪かったのでは」と自分を責めてしまうケースも多いです。そのため、症状を抱える子どもたちは、社会の中で“見えない存在”になりがちです。
ひとりでも多くの子どもが適切な支援につながるように、神経性やせ症への理解を社会全体で深めていくことが求められています。
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次回は、実際に神経性やせ症を経験した子どもたちのケースを通して、「身体や心にどのような影響があるのか」に迫ります。“命にかかわる病”であることが、よりリアルに見えてくるはずです。
取材・文/牧野未衣菜
〈参考〉
・2021年度コロナ禍の子どもの心の実態調査 摂食障害の「神経性やせ症」がコロナ禍で増加したまま高止まり/国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/press/2022/1117.html?utm_source=chatgpt.com
・「神経性やせ症」はコロナ前より依然高い水準に留まる 「希死念慮」の初診外来患者数は、コロナ前の約1.6倍に ~2022年度コロナ禍の子どもの心の実態調査~/国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/press/2023/1114.html?utm_source=chatgpt.com
・日本においても神経性やせ症の若年患者がCOVID-19流行後に増加に転じたことを実証/東邦大学(2025年3月)
https://www.toho-u.ac.jp/press/2024_index/20250317-1469.html?utm_source=chatgpt.com
おすすめの本はこちら
鈴木眞理先生の監修『摂食障害がわかる本 思春期の拒食症、過食症に向き合う』(講談社)。思春期に多い拒食症や過食症について、原因から治療、家族や学校の対応までをイラストとともにやさしく解説。摂食障害が「心の問題が食に現れた病気」であることを軸に、本人の心理や回復のプロセス、家族ができる関わり方を丁寧に紹介しています。「もしかして……」と感じたとき、周囲の理解と支援の第一歩となる一冊です。
『摂食障害がわかる本 思春期の拒食症、過食症に向き合う』(監修:鈴木眞理/講談社)
●鈴木眞理(すずき まり)PROFILE
内科医・医学博士。長崎大学卒業後、元・跡見学園女子大学心理学部臨床心理学科特任教授。政策研究大学院大学名誉教授。現在、一般社団法人日本摂食障害協会理事長。