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【後編】それでも私は、書くことを選んだ―― Temu不審アカウントに挑んだ無名記者の記録

おたくま経済新聞

アカウント1の投稿

※この記事は前編からの続きです。前編では、Temuを名乗る複数のアカウントを調査する中で見えてきた構図をお伝えしました。ここからは、Temu広報への正式照会と、その後に起きた動きを記します。

【最終的に10アカウント発見】

■ Temu広報への正式照会

 まず行ったのは、Temu広報に対し、公式の広報窓口(Temu公式サイトに記載された広報用アドレス)を通じて質問状を送付。このアドレスは、以前に別件の取材で実際に回答を得た実績のあるものです。

 初回の照会では、いくつか別件の質問も併せて送付しましたが、核心となるのは次の2点。

 ひとつは「個人アカウントを用いた活動は公認・正式オペレーションなのか。Temu関係者を名乗る人物が、個人アカウントを用いて一般ユーザーに接触した形跡が見受けられる。この点について率直に答えて欲しい」。

 もうひとつは「もしそれが“公認行為/正式なオペレーション”である場合、個人アカウントを用いたサポート活動はなりすましを容易にするリスクが高いと考えられる。こうした危険性についてどのような対策を講じているか、リスク管理の観点から聞かせてほしい」という点。

 回答期限は翌日の「10月28日12時(日本時間)」とし、約1日後の締め切りを設定しました。

 最初の送信は、2025年10月27日09時51分。

■ 1度目の回答期限:「10月28日12時(日本時間)」

 送信からおよそ1日後、回答期限の約1時間半前に、Temuの広報事務局を担当しているというPR会社の担当者を名乗る人物からメールが届きました。

 メールには「Temuへお問い合わせいただきましたメールについて、ご連絡をさせていただきました。詳細についてお電話にてお話しさせていただきたいと考えておりますが、ご対応をいただく事は可能でしょうか? 」とあり、文書での明言を避ける内容。

 取材内容にもよりますが、今回のような複雑な背景をもつ案件では、後に「言った・言わない」の齟齬を防ぐため、文書での回答を求めるのが基本。私はその旨を伝え、改めて質問事項を添えて返信しました。

 なお、PR会社からのメールにはTemu関係者のアドレスが含まれておらず、非公式な経路によるやり取りとなる懸念がありました。そのため、確認として返信時に、Temu公式の広報アドレスをCCに追加しています。

 次の回答期限は「10月29日12時(日本時間)」と指定。

 送信時刻は10月28日11時08分でした。

■ 2度目の回答期限「10月29日12時(日本時間)」

 そして迎えた翌日の昼12時。設定した回答期限を過ぎても、Temuからの返答はありませんでした。どうしても答えたくないのか、それとも日本の小規模メディアを相手にする価値がないと判断されたのか……。

 しかし、X上で活動している複数の個人アカウントが、Temuの正式な関係者によるものなのか、それとも“なりすまし”なのかを確認することは、取材の核心に関わります。ここを曖昧なままにするわけにはいかない。

 そこで次の照会では、これまでに確認した「Temuを名乗り一般ユーザーに接触していた」アカウントの具体例(URL)を全て挙げ、入手したメールアドレスも一部列記。

 あわせて、「これらのアカウントはTemu関係者本人によるものか、あるいは“なりすまし”なのかを改めてご確認ください」と明記し、再度質問を送付しました。

 問い合わせ内容は複雑なものではありません。前回よりも核心をついたもの。該当アカウントのURLとメールアドレスも添えている以上、実在しないものであれば「該当しない」と答えるだけで済む話です。回答は、極めてシンプルなはず。

 次の回答期限は「10月30日昼12時(日本時間)」と指定。

 送信時刻は10月29日14時20分でした。

■ 沈黙のフォローと「Soft Intimidation」

 その日の夜、異変が起きました。

 気づいたのは20時56分。突然、調査対象7アカウントの内の1つ、アカウント(2)が「おたくま経済新聞」の公式Xアカウントをフォローしてきたのです。

 まるで「見ているぞ」とでも言いたげな、無言の圧力。

 念のためアカウント(2)の投稿内容を確認しましたが、この時点では特に変化はありませんでした。そこで、こちらからも即フォローを返し、続けてDMでメッセージを送信。ちなみに補足しておくと、こちらから先にフォローしたことは一度もありません。監視対象のひとつとして静かに観察していたところ、この時突然「(2)側から」フォローしてきた、という流れです。

 不正が疑われるアカウントをTemuに照会したその当日、指摘したうちのひとつが、指摘元であるおたくま経済新聞の公式アカウントをフォローする。偶然では片付けられません。状況証拠が一つ積み上がりました。

 なお、このアカウント(2)は、3名の名前で運用されていた形跡があり、内1つでは最初に発見したアカウント(1)と同じ名前とメールアドレスを使用。2つのアカウントは関連性が高いと考えられます。

 このあとしばらく待ってみましたが、特に反応はありません。日本語の理解が難しかったのかもしれないと思い、最初のDMを送ってから約17分後、英文でも送信しましたが無反応。さらに1時間待っても変化がなかったため、再びDMで私の個人連絡先を送信しました。

 それにしても、フォローするだけして「沈黙」では困ります。そこで、フォローされた画面をスクリーンショットに撮り、プロフィールを伏せた形で画像を公に投稿。

 見る人がみればわかるであろうメッセージ、「これまで3回にわたり正式な問い合わせをお送りしており、今回フォローをいただいたアカウントのDMにも連絡先をお伝えしています。正式なご回答をお待ちしています」という内容とともに、「弊社にはsoft intimidationは通じません」も添えて。

 裏からの圧力には、表で対抗する。

 10月29日20時59分から始まった静かな騒動。対応は日付が変わる直前の23時59分で一旦やめて、とりあえず結果は全て翌朝から確認することにしました。

■ 消えたもの消えなかったもの

 目覚めてチェックしたのは、昨晩フォローしてきたアカウント(2)。トップ画面を開くと「注意:このアカウントは一時的に制限されています。不審な操作が確認されているアカウントです。表示してもよろしいですか?」という文字が目に飛び込んできました。どうやらアカウントの持ち主が、あわてて色々操作しすぎたようです。

 中身を開いて確認すると、投稿全てが削除されていました。現在残されているのは、リポストのみとなっています。

 次に確認したのは、最初に発見したXアカウント(1)。プロフィール画像を変更し、日本語で対応していた分についてはすべて削除していました。現在は、英語で対応した一部のみが残されています。

 アカウント(5)も一部を残してほとんどを削除。サポートに関するものは全て削除されており、それ以外のものが少し残されていました。

■ 3度目の回答期限:「10月30日昼12時(日本時間)」

 3度目の回答期限の直前、午前10時22分。Temu本体を名乗る「Team Temu」から、初めて直接メールが届きました。

 メールは英文で書かれており、主旨は「質問の背景をより深く理解するため、日本の代理店と直接やりとりをしてほしい」というもの。どうやら、Temu本体としては直接の回答や接触を避けたいように見えます。

 しかし、今回の取材テーマはセキュリティおよびガバナンスに関わる内容です。日本の代理店が、こうした領域についてTemuを代表して発言する正式な権限を持つのかは不明。

 そもそも、こちらはすでに十分な情報を添えて質問を送ってあります。記事には全てのせていませんが、実際にはかなり踏み込んだ内容です。それにもかかわらず、「一方的にこちらが話を聞かれる」だけでは取材とは言えません。記者としては、こちらの質問に対して明確な回答を求める必要がある。

 そこでTeam Temu宛てに、英文で次のように返信しました。「日本の代理店がコンプライアンスおよび情報セキュリティに関する事項について、Temuを代表して公式に発言する権限を有しているかを確認したい」。

 あわせて、2度目の回答期限を無視されていることを踏まえ、回答の遅延を避けるために、新たな期限と条件を明示。

 「もし10月31日昼12時(日本時間)までに権限の確認が得られない場合は、Temuとして本件に関する公式コメントを現時点では控えるご判断をされたものと理解いたします」。

 そして、最後になるかもしれない回答期限は、「10月31日昼12時(日本時間)」を設定しました。

 送信時刻は10月30日午前11時14分。

■ 誘惑と警戒のあいだで

 あとは翌日の結果を待つだけ……そう思っていました。

 私がTeam Temu宛てにメールを送信したその時刻のわずか1分前、入れ違いで代理店からのメールが届いていました。

 送信後に気づき、中身を確認すると、内容はやはり「メールではなく電話で話をしたい」というものでした。加えて、今回の問い合わせが「記事化を前提とした取材なのか」を尋ねる一文も添えられていました。こちらを明らかにうかがうようすです。

 さらに文末には、「御社のウェブサイトのニュースには、消費者視点の報道が多く、とても素晴らしいと感じております。私どもも協力して、さらに多くの消費者視点の良いニュースを掘り起こすお手伝いをさせていただければと思います。例えば、Temu公式YouTubeチャンネルでは~」といった申し出も記されていました。

 Temuのような巨大企業との関係を築ければ、確かに小規模メディアとしては悪い話ではありません。広告収益が減少する中、広告出稿などの話につながるかもしれない。

 しかし、いまこのタイミングで乗るわけにはいかない。

 そんなことを考えていると、ほどなくして代理店から再びメールが到着しました。行き違いに気づいたようで、「先ほどのメールは届いていますか」との確認に加え、「(おたくま経済新聞との)コミュニケーションの機会を大切にしており、ぜひ前向きにご検討いただきたく存じます」といった一文が添えられていました。

 返信すべきか一瞬迷いましたが、既にTemu本体に対して、「代理店が公式に発言する権限を有しているか」を照会済みであり、その回答を待つ段階。

 ここで応じてしまえば、窓口が二重化し、発言責任の所在が曖昧になりかねません。私は慎重を期し、返信を控えることにしました。

 あとはTemu本体の正式な回答を待つだけ。

■ 4度目の回答期限:「10月31日昼12時(日本時間)」

 指定した時刻になっても、Temuからの回答は届きませんでした。

 つまり、私が最後の照会文で明記した「(期限までに回答が得られない場合)Temuとして本件に関する公式コメントを現時点では控えるご判断をされたものと理解します」という文言のとおり、Temuは事実上「回答しない決断をした」ことになります。

 照会内容の核はあくまで、「SNS上で活動しているアカウントがTemu関係者本人によるものか、それとも“なりすまし”なのか」という、単純かつ明確な確認事項にすぎません。にもかかわらず、ここまで頑なに回答を控えるのは不可解。

 仮に“なりすまし”であるなら、Temuとして公式に注意喚起を行うのが通常の対応です。しかし現実は、公にも目立つ動きはありません。それは「確認できない事情がある」のか、あるいは「意図的に回答を避けている」のか。

 なお、本稿は、11月2日時点まで待機したうえで執筆を開始し、公開は最終回答期限から10日を待って行いましたが、公開時点においてもTemuからの回答は届いていません。

 沈黙を貫く理由は、どこにあるのか――。

■ 不審アカウントをめぐるTemuへの公式照会

 私は今回、ネット上で偶然発見した「Temuサポート」を名乗る複数の個人アカウントについて調査を続けてきました。

 これらのアカウントが行っていたのは主に二つの行為です。

 一つは、SNS上でTemuの商品やサービスに関する不具合を訴えるユーザーに対し、“サポート”を名目に個人情報の提供を求めていたこと。

 もう一つは、Temuに批判的な投稿を行うユーザーに、“やんわりとした口調”で接触し、発言内容に干渉するような行動を取っていたことです。

 実際のやり取りについては、可能な限り証拠として記録し、複数箇所で保管しています。

 そして、発見した7つのアカウントの動きを整理すると、先に記したとおり、(1)(2)(5)の3つは照会翌日の10月30日朝8時までに一部を残して投稿を削除。さらに(3)は、11月2日までに日本語に関する投稿のみを削除しています。アカウント(7)は11月1日まで存在を確認していましたが、翌2日にはアカウント自体が削除されていました。

 一方、残る2つ。(4)と(6)には変化が見られません。(4)は2025年10月にも投稿履歴があり、ごく最近まで活動していた形跡を確認していますが、この照会以降は動きが停止したままです。(6)は2024年10月を最後に更新がなく、すでに活動を終えている可能性があります。

 なお、この記事を書いている最中の11月6日、投稿の一部を削除していたアカウント(5)に動きがありました。サポート行為こそ行っていないものの、「これは私の絵です。私はTemuなんかに出品していません!」と投稿したアーティストに対し、「その商品、もうなくなってるね。削除されたみたい」とコメントを残していました。

 また、執筆中にふと思い立ち、別のワードで検索をかけたところ……サポート行為を行っていたアカウントを新たに3つ発見。これで確認できたアカウントは合計10件。使用されていた名前は15名分、メールアドレスは12名分に及びます。

 Temuが公式回答をしていない以上、「なりすましか本物か」の確認はとれていませんが、もし「“なりすまし”である」ならば、Temuとして早急にユーザーへの注意喚起や警告の発信を行うべきです。

 一方で、もしも今回の一連の行為がTemu社員による非公式な活動、あるいはTemuが容認・公認している広報・サポートの一形態であるなら、それはセキュリティ上の問題にとどまらず、企業ガバナンスの根幹を問う事態。大きな問題に発展していくことでしょう。

■ それでも私は、書くことを選んだ

 これはネットの片隅で起きた小さな出来事かもしれません。しかし、その背後にあるのは、世界規模で急成長を続ける巨大企業・Temu。

 一見、ひとつのアカウントの問題に見えても、その構図の奥には、情報の扱い方、企業の倫理、そして私たちが依存しているデジタル社会そのものの脆さが透けて見えます。

 私は今回、確認できた事実をすべて記しました。正直に言えば、怖かった。

 もしかするとこれを機に、記者を辞めなければならなくなるかもしれない。会社そのものも倒れるかもしれない。

 けれど、もし恐れを理由に、見たことを見なかったことにしてしまえば……その瞬間、報道の意味は消える。事実から目をそらすなら、私は記者を名乗る資格を失う。

 この出来事をどう受け止め、どう判断するか……それは、いまこの記事を読んでいる一人ひとりのあなたに委ねたい。

<【前編】それでも私は、書くことを選んだ―― Temu不審アカウントに挑んだ無名記者の記録>

(おたくま経済新聞 宮崎美和子/Miwako Miyazaki)

Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By 宮崎美和子 | 記事元URL https://otakuma.net/archives/2025111006.html

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