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品川区「八潮団地」に現れたITエンジニアたちのコミュニティー。南インドの料理が味わえる『メイド・イン・インディア』へ

さんたつ

_IZM0940インド

品川区の東部、京浜運河を渡った先には、人工の大地が広がっている。東京湾埋め立て造成事業によって1970年代に生まれたものだ。東側は輸出入の巨大ターミナル・大井埠頭だが、西側はマンモス団地になっている。「品川八潮パークタウン(八潮団地)」だ。

メイド・イン・インディア

インド共和国

南アジアで最も存在感を見せる大国。人口14億人は世界一。日本には5万3974人が住む。東京都がおよそ2万人で最多。ほか神奈川、千葉など首都圏に集住している。IT関連などの技術者、コック、その家族、留学生が中心となっているほかに永住者も多い。

団地の中で見つけた気になるインド料理店

リノベーションが進み、きれいに整えられた八潮パークタウンだが、人口減と高齢化に悩む。

僕はまったくの別件で、この団地を取材していた。日本のどこもそうであるように、高度経済成長期から80年代に建てられた団地はいま高齢化と過疎化が進む。八潮パークタウンも例外ではなく、団地の位置する「八潮5丁目」の高齢化率(65歳以上の割合)は37.2%だ。東京都23.5%、全国平均29.3%と比べると突出して高い。だから介護施設も多く、僕はそのひとつのデイサービスで働くミャンマー人を取材していたのだ。「都会の限界集落を支える外国人介護士」というわけである。

『メイド・イン・インディア』。

で、取材の一環として八潮パークタウンの写真を撮り歩いていたのだが、団地の中心部ともいえるショッピングモール「パトリア」の中に、インド料理店を見つけた。よくあるネパール人経営で日本人向けにアレンジした北インドのカレーを出している店かな、と思ったのだが、軒先のメニューを見て仰天した。チェティナード風チキンカレーだの、アーンドラ風の豆とトマトのスープだの、なかなかにマニアックなものが並んでいるではないか。いずれも南インドの料理だ。ほかにもミールスという南アジアスタイルの定食もあるし、米粉と豆から作ったクレープのようなドーサも南インド定番。

しかしなぜ、この高齢化著しい団地で、カレーマニア向けともいえるラインアップを揃えているのか……そこが気になって取材を申し込んだという次第である。

インドのビールやラム酒もあります。

南インド出身のIT技術者たちを狙って出店

社長のラナ・ビシャン・シンさん(右端)とスタッフたち。シェフは南インド出身だ。

「この団地にはIT関連のインド人がたくさん住んでいるんですよ」

社長のラナ・ビシャン・シンさんは言う。八潮パークタウンはUR(都市再生機構)や、都営住宅、分譲マンションなどが混在しているが、このうちのURに近年、インド人ファミリーが増えているという。URは保証人が不要で外国籍でも入居しやすい。だから外国人コミュニティーが形成されやすい傾向にある。日本人の減少を外国人で補っているともいえるだろう。この連載の第15回(東京都江戸川区西葛西)、第37回(神奈川県横浜市緑区)でもやはりUR住宅をベースにインド人が増加した話を聞いたが、八潮も同じ図式のようだ。近隣の日本人は、

「品川とか大井町とかのIT企業で働いている人が多いみたい。会社でURを借り上げているって話ですよ」

なんて教えてくれた。そしてインドのIT人材といえば南部出身者が多い。バンガロール、チェンナイ、ハイデラバードといった南インドの大都市には工科大学や研究機関が集中し、また伝統的に英語教育に熱心であることが、グローバルIT拠点としての成長を促した。そんな南インドからの技術者が、人口の減った八潮パークタウンにも住むようになってきた。

で、そこに目をつけて外国のレストランなんかなーんにもない過疎が進む団地に、珍しい南インド料理の店を出したのはラナさん……ではなく友人の先代社長。ラナさんは1年ほど前に彼から店を譲り受け、経営を引き継いだ。

「私はもともと、コックだったんですよ。『マハラジャ』って知ってますか?」

1968年創業、日本のインド料理店の中でも老舗中の老舗だ。デリー出身のラナさんはムンバイやUAEでもコックとして働いていたが、知人だというマハラジャの社長に誘われて日本にやってきたのが1994年。それから日本で腕を振るい続け、やがて独立を果たし、コックからオーナーの立場になった。高田馬場などでいくつかの店を経営していたがコロナ禍もあって閉店、いまはこの店を守り続けている。

日本では珍しい、「チェティナード料理」とは?

上から時計回りに、マラバール・パロタ(南インド風デニッシュ)1枚350円、ゴアン・フィッシュカレー(ゴア風カジキカレー)1250円、チキン・チェティナード(チェティナード風チキンカレー)1290円、アーンドラ・トマトパップー(アーンドラ風の豆とトマトのスープ)1150円、チキン・ビリヤニ(鶏肉入りスパイス炊き込みご飯)1450円。
ビリヤニは一気にたくさんつくってこそうまい!

メニューはいろいろあるが、やはり南インド各地のカレーを食べ比べたい。まずはタミル・ナードゥ州チェティナード地方のチキンカレーだ。口にすると濃厚かつスパイシーな味わいに驚く。辛いというより、スパイスの芳醇(ほうじゅん)な香りが際立っている感じだ。

「とくにブラックペッパーをたくさん使うんです」

とシェフが言う。チェティナード地方には貿易商が多く、18世紀後半からインドやアジア各地に交易に出向き、現地の食文化を持ち帰ってきたそうだ。そしてさまざまな地域のスパイスや食材を取り入れた独特のメニューを作り出した。チェティナードの商人たちはとりわけスパイス貿易に力を入れていたことから「インドでもとくにスパイスをたくさん使う料理」ともいわれる。

チェティナード料理に使うスパイスあれこれ。
パロタを手際よく整形していく。

この濃厚カレー、「パロタ(小麦粉の生地を折り畳んで焼いて層状にしたデニッシュのようなパン)が合うよ」とシェフがおすすめしてくれたので頼んでみると、さくさく軽い食感は確かに濃いカレーにはちょうどいい。

アーンドラ・プラデーシュ州スタイルの豆とトマトのスープも面白い。挽き割りにした緑豆、ひよこ豆など数種の豆を煮込み、トマトを加えたもの。さわやかな酸味はインドのほかの地域とずいぶん異なる。

そしてゴア風のフィッシュカレーは、タンドールでじっくり焼いたカジキマグロを、ココナツの実を粗挽きにしたものやスパイス、タマリンドからつくったソースに合わせる。甘みと酸味、それにカジキの旨味が絶妙だ。

ほかにビリヤニ(スパイス炊き込みご飯)やミールス各種など、豊富なメニューはITエンジニアにも地元の日本人にも好評で、最近は日本に観光に来たインド人が団体でやってくることも増えたそうだ。団地の一角で南インドを味わってみてはどうだろうか。

世界で最も甘いとも言われるスイーツ、グラブジャムンは牛乳や小麦粉でできた生地を揚げてシロップに浸したもの、2個500円。

メイド・イン・インディア
住所:東京都品川区八潮5-5-3/営業時間:11:00~15:00・17:00~21:00/定休日:無/アクセス:東京モノレール大井競馬場駅から徒歩11分、JR・私鉄・りんかい線大井町駅東口またはJR・私鉄品川駅港南口から都営バス「八潮パークタウン」行きで終点下車2分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2025年10月号

室橋裕和
ライター
1974年生まれ。新大久保在住。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイや周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『カレー移民の謎』(集英社新書)。

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