“ヒットメーカー” DHC 執行役員CMO櫻井容子が語る「売れるブランド作りの考え方」
最初に立ち上げた「シーズケース」が初年度50億円のヒット
――新卒でポーラに入社し、いきなりすごい実績を上げられたとのこと。具体的に教えてください。
ありがとうございます。まずポーラで新規事業開発の部署に配属され、8名くらいで営業と開発を担当しました。そのとき私が「シーズケース」というブランドを立ち上げたところ、ヒットして初年度で50億円ほど売れました。
――すごいですね。何が良かったのですか。
海外のスーパーに行ったとき、お菓子の棚の近くにサプリメントのような見た目のお菓子棚がたくさん並んでいる光景にヒントを得ました。当時営業を担当していたセブン-イレブンさんに、スティックキャンディなど100円くらいの商品が入っていたポケット棚で「シーズケース」のような商品を売ったら売れるのではないかと提案したところ、それまでポケット棚に200円の高価格帯で、かつビタミンを本格的に取れる錠菓はほとんどなかったことから、ブルーオーシャンになり、よく売れました。
ほかにも、間寛平さんがレイを付けて踊るテレビCMが人気になったこともヒットの要因としてあると思います。
これが私のスタートです。
その後、ポーラの中でアパレル事業に移り、「クレアミュール」というブランドを立ち上げました。今は存在しませんが、当時はそれなりに売れたと思います。
――それから、現在のアサヒグループ食品(当時アサヒフードアンドヘルスケア)に転職した、と。
はい、シーズケースを担当していたときに上司だった人がアサヒグループ食品にいて、誘われました。そのとき社長から言われたのは、「ビューティー&ヘルスケア事業を拡大したい」ということです。面白そうだと思い、最初に立ち上げたのが「スリムアップスリム」というブランドで、2つ目に立ち上げたのが「ディアナチュラ」ブランドです。
――有名ブランドを連発でヒットさせていますね。
ありがとうございます。だから面白かったです。
その後、J-オイルミルズに移って油脂加工品事業を管掌するようになり、マーガリンブランドの「ラーマ」の撤退を実行しました。また、業務用マーガリン「グランマスター」シリーズが2024年に日本食糧新聞社の「業務用加工食品ヒット賞」を業務用マーガリンとして初めて受賞するという実績を得て、この受賞を最後にDHCに移った形です。
有名ブランドを立ち上げ、ヒットを連発。その背景
――素晴らしい経験と実績です。マーケターを目指す原体験のようなことはありましたか。
もともと商品開発希望で就職活動をしたのですが、総合職で、しかも新卒ですぐに商品開発に配属してもらえる会社が当時ほとんどなく、ポーラだけが自分の目に留まりました。初配属で新規事業の担当になり、トライアル・アンド・エラーで成功も失敗もたくさん経験しながら自由にいろんな商品を作らせてもらえる環境だったのが、今の自分を形作っていると思います。
加えて、「シーズケース」がヒットしたことで、マーケティングの面白さを十分に認識できました。やはり「シーズケース」のヒットが一番のターニングポイントですね。
――ほかにも「クリーム玄米ブラン」や「ミンティア」「和光堂」などの有名ブランドのリブランドを行ったとのこと。自ら立ち上げた「シーズケース」「スリムアップスリム」「ディアナチュラ」など含めて、最も思い入れの深いブランドは何ですか。
最もかどうかは別にして、「ディアナチュラ」は大好きなブランドです。欧米の市場では「ディアナチュラ」のようなサプリメントが野菜などを売っているグロッサリー売り場の近くに置かれていることがよくあります。つまり、生活と近い場所にサプリメント売り場があるということです。一方、日本では薬売り場の近くにサプリメント売り場があります。おそらく何年か経てば、日本でもサプリメントに対する認識が変わり、もっと生活者の近い場所に置かれるようになるだろうと感じました。
価格が手頃で当時から人気だったDHCは別にすると、売り場を見る限り、競合の商品の多くは見た目も売り方も薬っぽさを感じるのが大半でした。そのため、見た目が薬っぽくなくてナチュラル感があり、もっと親しみやすい情緒的価値を訴求したブランドができれば売れるかもしれないと感じました。そこでコンセプトを「家族を守るサプリメント」にしたのです。夫や子どもに栄養のあるものを食べさせたいが、100%は難しい。それなのにサプリメントをとらせることに違和感を覚える人が当時たくさんいました。
――まあ、そうですよね。
そこで全国の女性に対する免罪符のような形をイメージして、正々堂々と「家族を守るサプリメント」であると謳いました。お母さんが家族を守るためのサプリメント。ディアナチュラには自分の想いがすごく詰まっていたのです。
――反対意見は出なかったですか。
コンセプトに対してではなく、今さら新ブランドを立ち上げてシリーズサプリメントに入るのは難しいでしょうという意見は確かにありました。
ただ私は品揃いも相当研究しまして、競合のラインナップにない栄養素のアイテムをシンボル商品として取り入れたり、価格を競合商品より下げたりしました。ほかにも、海外サプリの弱点である粒の大きさに対して、小粒にして飲みやすくすることで継続性を訴求したり、薬っぽい見た目を控えて、白いボトルにオレンジのキャップという30~40代の女性が好むようなカラーアレンジにしたところ、店頭で目立たせることもできました。
第二創業を迎えた新生DHCをどう伝えるか
――その結果、サプリメントブランドシェアNo.1のDHCに次ぐシェアを獲得した、と。DHCはそもそもなぜそんなに強いのですか。
そこは理由がはっきりしていて、DHCには流通だけでなく、ECも直営店もあって総合的に売れるからです。そうすると、原料も安価に調達できるため、商品を低価格帯で提供できます。一方、他社の販売経路はそこまで充実しておらず、客層がある程度限られてしまうため、当時から追い越せないブランドだと思っていました。そのDHCに自分が入社することになるとは当時は思いもせず、不思議な感覚もあります。
――DHCには2024年10月に入社したとのこと。どんなきっかけでしたか。
DHCにいた先輩から「これからDHCは第二創業を迎え、経営体制を大きく変える」という話を聞く機会がありました。そのときにパーパスの映像も見せていただいたところ、「しあわせを、ふつうに。」という言葉が書かれていて、自分の心を強く打ったのです。
何をもって「しあわせ」を感じるかは人それぞれです。「ふつう」の生活をしていて「しあわせ」と感じられる人もいれば、そうでない人もいます。また、「ふつう」の生活ができなくなって、初めて「ふつう」が「しあわせ」だったと気づくこともあり、とても奥が深い言葉です。「家族を守るサプリメント」もそうですが、ブランドのコンセプトを大切にする自分にとって、目指す企業のパーパスに心から共感できたのが一番大きかったと思います。
――現在は執行役員CMOとしてどんな仕事をしているのですか。
企業広告、マス広告は私の担当で、タレントの二宮和也さんに企業アンバサダーをお願いしました。また、二宮さんとフェンシング日本代表の江村美咲さんの共演による企業CMを今年1月2日、3日の箱根駅伝から日本テレビ系列で放映しました。
「しあわせを、ふつうに。」というパーパスをブレイクダウンして商品に落とし込んだときに、どのように価値を提案して、お客さまの体感価値に変えていくかが大切で、今はその過程で企業価値を伝えていく段階的なコミュニケーションをしています。当社の看板商品であるディープクレンジングオイルを今まさにこのイメージに基づいてお客さまにご提案しているところです。
さらにこれから健康食品、化粧品の中長期を含めた新シリーズや、新商品、新ブランドの商品開発に取り組んでいます。
――おお!たくさんヒット商品を出してきましたが、まだネタ切れせずに行きますか!
はい、皆でいろいろな仕組みについて取り組んでいます。
――すごいですね。では、DHCに入って見えてきた強みと課題について教えてください。
先ほど挙げた以外にも強みはたくさんあります。本当に驚いたのは会員数。日本の人口の約13%に当たる1,623万人以上の会員がいらっしゃるのです。過去の累積でここまでの会員数を獲得している会社は関連する業界を見てもなかなかないと思います。
ほかにもLINEの友だち数は4,300万を超える多さです。だから、DHCのすごさの1つは保有するお客さまのデータ量にあると考えています。化粧品や健康食品の企業だという意識をしっかりと持った上で、データを活かしきれるかどうかがポイントの1つです。
また、2023年4月に第二創業として経営体制を刷新し、以降『ウェルビーイング経営でお客さまの心と身体に寄り添う企業』になることを掲げていますが、まだ十分には伝わっていません。
もちろん簡単なことではないのですが、本来なら最優先にしっかりと伝えていく必要性があります。それがコミュニケーションであり、今はテレビCMでもSNSでも、二宮さんが出演するものは、最後に商品名ではなく、「DHC」とコーポレートロゴと一緒に必ず言っていただくようにしています。そうすると、「二宮さんが推奨してくださっているDHCだ」「DHCは変わった」と一番早く伝えられると考えているからです。それをずっとやり続けているところです。
この「やり続ける」ところが重要で、次第に認知が上がってきたときに、DHCのさらなる強みが出てくると考えています。
DHC企業アンバサダーの二宮和也さんとフェンシング日本代表の江村美咲さん
ホワイトスペースは探せば見つかる
――健康食品も化粧品も世の中にこれだけたくさん出ているのに、まだ新シリーズって、そんなにホワイトスペースはあるのですか。
ホワイトスペースはたくさんあります。探し方が足りないだけ。探せばあるものです。競合の中にあったり、競合比較をしたときに見つかったり、私たちが参入していないカテゴリの中にあったり、自分たちのポートフォリオの中にもあったりするので、きちんと調べていけば必ず見つかります。
もちろん、ホワイトスペースが見つかっても、売れるかどうかはわかりませんが、売れるように作ります。マーケティングをしている人ならわかると思いますが、3割バッターでもヒットメーカーで、誰にも当たり外れはあります。でも、バットを振らないとヒットは出ません。何度も打席に立ってバットを振ることが大事です。すでに中期の戦略の中にホワイトスペースのブランドをいくつか入れています。
DHCがいいと思うのは、ECチャネルがあるので、大きなリスクを負わずに商品を出せるメリットがあることです。店頭は競争が激しく、返品も発生するため、ある程度のリスクがあります。その点、流通、EC、直営とチャネルが3つある強さはすごいことだと感じます。
――商品開発の際の事前調査はどんな感じですか。
市場の動向などは常時、情報を入手できますし、お客さまの声もアンケートなどから集めることが可能です。ほかには「ヴァリューズ」というリサーチツールを入れているので、ネット上のデータを定量・定性の両方で分析し、ペルソナ化もしています。
――わかりました。ありがとうございます。次に、個人的なマーケティング論のようなことをお聞きします。「マーケティングとは何ですか?」と聞かれたら、何と答えますか。
私は「人の心の機微を動かすこと」だと思っています。理論もアプローチの仕方もいろいろありますが、心が動かないと好きにならないし、商品・サービスを購入したり利用したりしようとは思わないでしょう。ただ「これは本当に良い商品なんです!」と言っても、それだけでお客さまの心の機微が動くわけではありません。心の機微を動かすにはどうすればいいかと、いつも一番気にしています。
――DHCのようなプロダクトの場合、一番心の機微を動かすのは何ですか。プロダクト自体ですか、それともコミュニケーションですか。
お客さまの心が動くのは、その人がそのときに心の中で悩んでいたことが顕在化されたときだと思います。大きな悩みはあっても、漠としていることも多く、悩みをどこまで自覚しているか、自覚していてもその悩みがどこから来ているのか、人はそんなにわからないものです。「そこから来ていたのか」「それが原因か」とわかった瞬間に気づきがあって、その原因に適合する商品があれば、買うと思います。
――お客さまの悩みを言語化できればいいわけですね。間違ったことも言えないし、それは難しい。
そうですね。だから更年期の話をよくするのですが、更年期と言っても、症状の重い人もいれば、自分が更年期と気づかない人もいますし、更年期症状とは何かわからない人もいれば、細かくわかる人もいます。漠とした更年期の悩みには段階もあって、個人差もあるのです。
生活習慣病でいえば、数値を出したときに初めて、「こんなに肝臓の数値が悪い」「だから体調が悪いのか」などと自分が何に悩んでいたかがリアルにわかる瞬間があります。そんなふうに漠とした悩みの具体を言語化、可視化して自覚できれば、心の機微が動くので、サプリメントはそこから王道の悩み対応で比較的攻めやすいのが特徴です。
一方、化粧品はわかりにくいから情緒的価値で攻めます。そこが化粧品とサプリの難しさの違いの1つです。
――化粧品は情緒的価値で攻めるのですね。
化粧品が1,000円くらいの低価格商品から20万円くらいするものまでランクがあるのは、機能面に加え情緒面へのアプローチが大きいからだと思います。
日々の仕事と暮らしの中で感じる「しあわせ」の形
――わかりました。次に、櫻井さんが一緒に働きたいと考える優秀なマーケター像を教えてください。
情報感度が高いことが第一条件です。自分の興味の及ぶ範囲だけでなく、幅広い領域で情報を取って、流行や本質を思考する訓練ができている人と働きたいと思います。人に関する情報もよく知っていて、とにかく情報が集まっている人ですね。
――櫻井さんは若い頃から実績を上げられて、相当仕事ができる人だと感じます。そこで、Marketing Native恒例の質問ですが、櫻井さんの仕事術や、若いときから頑張ってきたこと、努力してきたことなどを教えてください。
先ほどのお話に関連しますが、昔も今も一番していることは情報をとにかく集めてみることです。業務に関連する数値データはもちろん、マクロ的な経済の記事や書籍もよく読みますし、幅広い情報に四六時中接する訓練をずっとしてきました。仕事でもプライベートでも、何をするにもまずは徹底的な情報収集から入ります。
わかりやすい例でいうと、レストランの選択でも同じレストランに2回行かず、なるべくいろんな店に行って情報収集に努めるようにしています。そういう訓練を重ねると、次第に美味しいレストランの選別が瞬時につくようになります。レストランの話は例ですが、絶えず情報収集し、アップデートしないと、新しいブランドのシリーズを成功させるのは難しいと思います。
――最後に、DHCで達成したいことがあれば教えてください。
これは心から思うのですが、「しあわせを、ふつうに。」というパーパスを浸透させて、例えばお客さまがクレンジングで顔を洗い、化粧を落としてホッとしたときに、「あ~、ちょっと幸せ」と実感していただきたいし、そういった体験価値を提案できる商品の積み重ねができたらDHCはおそらく、本当に良い企業になると思います。社員みんなと実現できればいいですね。
――実感がこもっていてわかりやすいですが、少し優等生な回答ではないですか。
そうですかね…。でも結構本音なんです。前職は上場企業ですし、個人的にも魅力的なところがいくつもありました。でも、DHCのほうが自分には合っています。それは自分の原点だからです。健康食品やサプリを作って、お客さまが召し上がったり、使っていただいたりしているのを見て、「良かったな」と思うあの頃の充実感が今と一緒なのです。ただそれだけ、純粋にその充実した感動する気持ちを追っているだけという気がします。
今でこそマーケターから社長やCEOになる人が出てきましたが、以前は「マーケターは出世できない」と言われてきました。理由の1つはお客さまを見て、顧客の声の代弁者として組織の上の立場の人に平気で意見をするからだと思います。
でも、今の私が心から求めているのは、良い商品を作って、お客さまに「しあわせ」を感じていただくことです。だから新しいシリーズ、新しいブランドの立ち上げに挑戦しますし、成功させたいという強い気持ちを持っています。その商品によって、お客さまが日々の生活の中に「なんだかちょっと、しあわせ…」とホッとする瞬間を持っていただけたらうれしいですし、「しあわせを、ふつうに。」というパーパスを広げていけたらいいと思います。
――本日はありがとうございました。
Profile
櫻井 容子(さくらい・ようこ)
株式会社ディーエイチシー
執行役員CMO マーケティング統括ユニット管掌。
新卒でポーラ化粧品本舗(現ポーラ)入社。新規事業開発など担当。2004年アサヒフードアンドヘルスケアへ転職。ヘルスケア開発部長、ヘルスケアマーケティング部長など務める。2016年アサヒグループ食品(アサヒフードアンドヘルスケアなど3社が合併し、アサヒグループホールディングスの食品子会社化)理事、2019年執行役員 食品事業本部 マーケティング管掌役員。2020年同社 執行役員 コンシューマ事業本部 マーケティング管掌役員。2022年J-オイルミルズへ転職。エグゼクティブフェロー 事業統括部長。2023年同社 執行役員 油脂加工品事業管掌。2024年10月ディーエイチシー入社、執行役員CMOに就任、現在に至る。
記事執筆者
早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
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