<自覚のない毒親>健康食品にハマり、お金と時間を費やす母。芽生えた疑念【まんが】
【私の気持ち】
私は4歳になる娘をもつ母です。 子育てをしながら、自分の育てられた環境を振り返ると、悲しみや怒りがわく時期がありました。母はとある健康食品メーカーXの大ファンで、熱心に購入をし続けています。
父は仕事一筋で毎日帰りが遅く、2つ上の兄とする留守番が寂しくてイヤだったのを今でも思い出します。 もちろん集まりは休日にも。幼かった頃の私には、玄関で泣きながら母親が帰ってくるのを待ちつづけた記憶がいくつもあります。 ちなみに父は母の活動に口出しすることはなくわれ関せずな態度をいまも貫いています。
いい話を子どもに聞かせたいのはわかるし、健康食も大切なことですが、子どもの気持ちを無視してまで大切にすることでしょうか。私は母の言葉を聞き、つい疑問に思ってしまいます。それでも母を嫌いにはなりませんでした。普段の母は優しい人で、反抗してまで自分の気持ちを伝える気にはなれなかったのです。 あるとき、ひょんなことから会社の同僚とXの話になります。 同僚「実はさ、母がある商品の勧誘をされてしまって困ってるの。ご近所さん相手だから逃げづらいみたいで」 私「そうなんだ。商品はなんなの?」 同僚「健康食品だって。その人、勧誘がすごいから、他のご近所さんからも疎遠にされているんだよね。本人が買うのは自由だと思うけど、人に強要するのはちがうよねー」 イヤな予感がしました。Xの勧誘トラブルを何度か耳にしてきたからです。 私「そうだね。ところでなんていうメーカーなの? 聞いていい?」 興味本位で聞くとやはりXでした。 心臓がバクバクします。同僚はXについて批判的な話ぶりです。 どんな商品やメーカーだって、ファンもいれば拒否反応を示す人も、それぞれにいます。でも身近な人からの意見に私はとても心を揺さぶられました。 このことを機に、私はますます距離を置きたいと思うようになります。その後も、Xの商法には疑問が多々あり、ついには時間と労力、お金の多くをXに使うのがイヤになりました。
できるだけ母を傷つけないように伝えたつもりですが、母は悲しそうに「わかったわ」とだけ言いました。私はこれでようやくXばかりの生活から解放されたのです。
「孫にまで押しつけて、許せない」母に本音をぶつけた日
物心ついたときから、母はある健康食品メーカーXの商品を熱心に購入していました。そのうち母はメーカー主催の勉強会などにも力を入れます。私も一緒になって参加していましたが、成長するにつれて母やXに対して違和感をもちはじめます。 結婚を機に「Xから距離をおきたいと」母に告げ、Xばかりの生活から解放されることになりました。結婚が決まったとき旦那に、「母の健康食品好きが少し度をこえているのよ。特定のメーカーの勉強会に参加するくらいに。私も一時期関わっていたんだけど、最近疑問を感じてやめたの」と伝えます。すると旦那は、「そうなんだ。人それぞれだもんな。サチはやめた話だし、お義母さんも自由でいいと思うよ」と寛容な様子でした。
お母さんは、私よりもXの活動を優先したんだ……。親の愛情の大切さが書かれた育児書を読むたびに、「母なりに愛情はくれたけど、私にXに費やすほど時間や思いをかけてくれていなかった」と母をうらめしく思う気持ちがふくらみつづけます。
そんなことばかり考えているうちに、孫を可愛がり、遊んでくれるにもかかわらず、ついつい嫌味を言ってしまいます。 私「私とは遊んでくれなかったのにねー」 母「そうだったかしら……」 悲しそうにつぶやく母に、自己嫌悪にもなり負のループです。私は母との関係に苦しみ続けます。
「お母さんはもうXが生活の中心で、そんな毎日が楽しいんでしょう? お母さん自身が活動に打ち込むのは自由だと思ってるから。でも孫にまで押し付けないでよ!」 私は最後にこう言い放ちました。
母にとってXは、仕事や趣味の範囲を超えて、心の拠り所であったのかもしれません。 こうやって母を一人の人間として客観視できるようになった自分に対し、私も本当の意味で自立ができたのかな……と思っています。
【母の気持ち】「娘のため」言い訳してきた日々。気付いた娘の本音……
何十年も前。まだ携帯もインターネットもないころ。上の息子が生まれてすぐ、私は旦那の転勤で見ず知らずの土地に。新しい暮らしに慣れず、知り合いもいない孤独な日々。そんななか「あんたの旦那、稼いでるんでしょ!」と実母はお金をせびってくる……。 親はまともではなく、旦那も新しい職場に慣れるのに精一杯で、私には頼れる人がいませんでした。そんなある日、ご近所でたまに顔を合わせる山本さんに声をかけられます。
山本さん「Xにヘンな噂をする人もいるけどね、私はいいものだと思ってる。なにより勉強会が楽しくて。話だけでも聞きにこない?」 山本さんが言うなら、と興味本位で参加して以来、すっかりXの理念、またその勉強会と称した活動の楽しさにハマってしまいました。Xで関わる人たちはみんな親切で、とても居心地が良かったです。「居場所がある」というのは、こんなにも心の支えになるのかと感激したほどです。 私はときに子どもたちも連れ、熱心に勉強会に励みました。好きなものの良さを多くの人と共有できる喜びに夢中になりました。時は流れ、娘の結婚が決まりそうなとき、唐突に娘から言われます。
しばらくして娘に子どもが産まれます。 孫と遊んでいると、娘は妙に刺々しい態度です。 私ははじめての育児にイライラしているのかと思っていました。 しかしある日、「私とは遊んでくれなかったのにねー」と言われて合点がいきました。 娘はXとXの活動に入れ込んだ私をずっと不満に思っていたようです。振り返れば、娘にはさみしい思いばかりさせていたのかもしれません。私も娘を育てながら、自分が育った環境を思い出すことがありました。きっと娘も孫を育てながら同じように思い出していたのでしょう。 私は娘の言動から、娘と少し距離をおくべきだと思いました。
しばらくして。(もうすぐ七五三じゃないかしら)孫のためにと、Xのお菓子を送ります。
私は気付きました。 「よかれ」と思った行動や言動が、娘には強制と捉えられていたのだと。娘のためといいながら、自分のためばかりだったのだと……。客観的に自身の行動を振り返ることができ、自分のことを少し恐ろしく感じました。 もしかしたら私は世間とズレているところがあるのかもしれません。世間では私みたいな母を毒親と呼ぶのでしょうか。 Xに夢中になりすぎるあまり、おろそかにしてしまった娘との時間は戻ってきません。娘との時間を大切にするためにも、自身を客観的にみる視点は忘れてはいけなかった……と今さらながら痛感しています。