受刑者を「甘やかしているだけではないのか」刑務官の葛藤…“立ち直らせる”改革の今
新しい刑務所の在り方について、模索が続く中、ヒントとなる“対話”という取り組みが、北海道日高地方にある施設で、40年以上も続けられています。
連載「じぶんごとニュース」
刑務官の葛藤「甘やかしているだけではないのか…」》
「本当にこれで合っているのか。これはただ甘やかしているだけじゃないのか、本当に彼のためになっているのか」
ある刑務官は、葛藤を打ち明けます。
受刑者を“懲らしめる”と書く懲役刑から、“立ち直らせる”拘禁刑へ―。刑務官の受刑者への接し方は、対話を重視した形に変化しています。
北海道の月形刑務所。刑務官の号令が、月形刑務所内に響き渡ります。
刑務作業の手を止め、移動する受刑者たち。
月形刑務所の第15工場では、月に1度、グループミーティングが開かれます。
刑務官が「自分の家族が同じような目にあったときどう思うか?」受刑者に問いかけます。
受刑者たちは「加害者がどう考えているのか聞きたいんだね」「被害者としては、加害者の気持ちを聞きたいと、なるほどね」などと意見を言い合います。
この日は“犯罪被害者の気持ちを考える”がテーマです。
受刑者たちの意見を、刑務官がさらに掘り下げる対話形式で進みます。
「被害者にとっての本当の反省だったら、加害者も自分の大切なものや大切な人、何かを失うべきだと思います」
そう話す受刑者に刑務官は「なんでそう思う?」とすかさず聞きます。
「被害者の気持ちに寄り添うからです」
「被害者の気持ちに寄り添って、自分も同じ目に遭えばいいと?」
「それが本当の反省だと思います」
月形刑務所が、この取り組みを始めたのは2024年2月のこと。
拘禁刑の導入に向けた、改革の一つです。
この改革に受刑者の1人はこう話します。
「今まで刑務官というのは、やっぱり受刑者に対して一線置いていると、違うものだと思っていましたけれど、同じ人間だったということを感じました」
試行錯誤…「当事者研究」を学ぶ
刑務所では試行錯誤が続いています。
3月、月形刑務所の刑務官たちが訪れたのは、北海道日高地方・浦河町にある『べてるの家』という施設です。
メンバーの一人が歓迎の歌で出迎えます。
ここでは統合失調症などの精神障害があり、幻聴や妄想などに苦しむ人たちが、ソーシャルワーカーらと、ともに暮らしています。
月形刑務所の刑務官が「先手必勝で、殴ったもん勝ちっていう感じのスタンスの人が、やはり受刑者には多いですね」と話すとソーシャルワーカーの福岡拓弥さんがこう応じます。
「“べてる”でも、それは変わらないですね。そのことを爆発というふうに呼んでいます」
月形刑務所の職員が、『べてるの家』を見学するわけは、“当事者研究”と呼ばれる対話の手法を学ぶためです。
この“対話”という取り組みは、もう40年以上も続けられています。
『浦河べてるの家』メンバーの浅野さんはかつて自分がしたことについて「車がバァッと走ったんですよね。それで、もう腹立っちゃって…自転車をばって倒してしまったんですよね」と打ち明けます。
向井地生良理事長はそんなメンバーたちについて「やっぱり苦労が溜まってパンパンになると、アンテナが敏感になって、ちょっと誤作動的な感じになる…」と受け止めます。
『浦河べてるの家』で行われるのは、病気の“治療”ではなく“研究”です。
ひとり一人が、自分の病気の研究者となり、生活の中で現れた症状や、苦労したことを発表します。
向井地理事長が浅野さんに問いかけます。
「生活の中で、いろんな何か不信なことは、どんなことがありますか」
「うちの親がもう70歳で高齢になって、その後のことがわからないとか」
大切にしているのは、自身の病気をとことん掘り下げ、症状や苦労と向き合うことです。
それを隠すのではなく共有し、解決方法を話し合うことで、一緒に暮らしていくことを目指します。
「浅野さんにさらに尋ねたいことはありますか?」
「対話」のその先に
「浅野さんにさらに尋ねたいことはありますか?」
理事長の向井地さんが、ほかのメンバーに話を向けてみます。
ここからまた対話が動き出していきます。
「浅野さんは、いつも受身なんじゃないかな。これから受身じゃなくて、攻めたことをやっていけばいいんじゃないか」ほかのメンバーが話します。
ソーシャルワーカーからは「耳がすごい敏感になって、人の声が入ってこないっていうときは、もう自分の発信が足りないからなんじゃないかな」というアドバイスも。
かつて精神障害のある人は、閉鎖された病棟で薬漬けにされる、一方的な治療が当たり前でした。
しかし、退院すると受け入れ先が無くて路頭に迷ったり、社会生活で悩みを抱えて入院を繰り返したりすることが多かったといいます。
「やっぱり、悩むべきことはちゃんと悩んで、困ったことはちゃんと困って…。しかし、その代わりに、人に相談したり、人の力を借りたり…自分のことだから“みんなで一緒に研究しよう”って言って始まったのが“当事者研究”なんですよね」
向井地理事長はそう話します。
これは、ひたすら刑務作業を強いられた受刑者が、社会に出てから居場所がなく、犯罪を繰り返してしまうことによく似ています。
「やっぱり、第三者の力によって保護して管理して、服従を強いる構造によって、社会の治安が保たれるという構造から抜け出さないと駄目だと思います」
「信頼関係ができたから」立ち直るための方法の模索
浦河での対話という取り組みをヒントに、月形刑務所では、拘禁刑導入に向けた実践が進められています。
「本当の反省っていうのは、みなさんにとってどうですか?」
刑務官に聞かれた受刑者が答えます。
「もう絶対刑務所には戻ってこないと。一生懸命働いて、社会に還元するということが、今の自分にやるべき使命なんですよね」
「今まで失敗しちゃったけど、社会でしっかり生活できるようにしたい…、それが自分なりの本当の反省じゃないかということだよね」
月形刑務所が“当事者研究”の手法を取り入れてから、1年あまり。
受刑者の考え方にも変化が見え始めています。
「お互いの信頼関係みたいなものが、多少できていると自分は思っているので、その信頼関係を壊さないためにも、2度と再犯はしないと、心に誓っていこうと思うようになりました」
そんな様子を間近で見ながら刑務官の試行錯誤はこれからも続きます。
「ずっと試行錯誤しながら、決して甘やかすことなく、しかし、ただ厳しくするわけでもなく。本人にとって一番何が最適かを常に考えて、実践していくのかなと思ってます」
まだ、誰も答えを知らない、立ち直りのための新しい刑務所の在り方。
北海道で育まれた対話の手法が、その処方箋となるかもしれません。
「当事者研究」は全国にも広がる
“当事者研究”は、月形刑務所だけでなく、札幌刑務所や北海道外の刑務所でも、取り入れられています。
『浦河べてるの家』の向谷地理事長は、実際に刑務所に足を運んで、受刑者との対話に取り組んでいます。
「甘やかしているのではないか」という刑務官の葛藤もありましたが、受刑者がしっかりと罪と向き合い、更生することは、社会で暮す私たちにとっても大切なことだと思います。
“拘禁刑”の導入までもう少し。
今後も塀の中で起きる変化、変わりゆく刑務所のいまを継続的に取材して、お伝えてしていきます。
連載「じぶんごとニュース」
文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部あい
※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2025年4月23日)の情報に基づきます。