KAN「すべての悲しみにさよならするために」冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード
リレー連載【冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード】第五夜
すべての悲しみにさよならするために / KAN
作詞:KAN
作曲:KAN
編曲:小林信吾 / KAN
発売:1995年1月25日
音楽の神は、時に天に召す人を間違える。KANの突然の訃報が伝わったのが2023年のちょうど今頃、11月半ばだった。メッケル憩室がんという聞き慣れない病名で急逝。人間的優しさに満ちた独特の詞世界、遊び心満点でかつジャンル横断的な楽曲、そしてライブでのエンターテイナーぶり… 稀代のポップ職人であり、桜井和寿(Mr.Children)、草野マサムネ(スピッツ)、aikoらミュージシャンのファンが多いアーティストでもあった。61歳は若すぎる。
今回、“冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード” というお題をもらい、真っ先に頭に浮かんだのがKANだった。秋から冬にかけての寒さが増すこの季節がこれほど似合うアーティストも珍しいだろう。KANには珠玉のラブソングがいくつもあるけれど、ここは「すべての悲しみにさよならするために」を選んでみた。歌詞の中には特に季節を表す言葉は入ってないが、31年前のこの時期、1994年11月にリリースされたアルバム『東雲(しののめ)』収録曲で、まさに雰囲気は晩秋から初冬。ファンの人気もとりわけ高い曲だ。
冒頭のフレーズはまさに “KANの世界”
ビリー・ジョエルに憧れる “ピアノ・マン” だったKAN。この曲も王道のピアノイントロで始まる。
いつから君はどんな風にぼくを
痛むほどに 好きになっていたの
君の真ん中に今ぼくがいること
確かめるように君の名を呼ぶ
もうこの導入部で、いきなり沁みる。「♪痛むほどに 好きになっていたの」という表現がとってもKANだ。おそらく2人の関係は微妙に不安定な状態にあるのだろう。そのことに相手が心を痛めるほど、自分のことを好きでいてくれたのか… そう気づいたときの嬉しさと、その愛にきちんと応えられていない申し訳なさ。この主人公、とってもナイーブなんだよな。この冒頭のフレーズこそまさに “KANの世界” だ。
優しさの意味 間違がえぬように
君の隙間をうめて行こう
君が笑う時 君が悲しむ時
そのすべてを 受けとめてたい
粛々と噛みしめるように歌い上げるKAN。パートナーとともに笑い、悲しみ、すべてを受け止めるという覚悟。それこそが “心の隙間” を埋めていくことなのだ。言葉がシンプルなだけに、愛する人と誠実に向き合おうという気持ちが伝わってきて、ここもまたKANらしい。そして曲はサビへと向かう。
もしもこの想いが君にとどいているのなら
いますぐここに来て いつでもそばにいて
そしてこわれるほど 君のこと抱きしめてたい
すべての悲しみにさよならするために
このサビの歌詞、実直を絵に描いたようなフレーズだ。“君のすべてを受け止める” という自分の決意がちゃんと相手に伝わっているのか、どうにも確証が持てない主人公。スマホが当たり前の世代からすると “そんなん、不安だったら直電すりゃいいじゃん” と思うかもしれないが、1994年当時、携帯電話はそんなに普及していなかった。携帯メールの登場ももうちょい後だ。
だから、スマホネイティブの世代にはピンと来ないかもしれないが、相手の気持ちがすぐに確かめられないもどかしさは、今よりずっと強かったのだ。夜間なんか特にそうで、実家住まいの女の子には、深夜に電話なんかかけられなかったんだゾ。お父さんが出て “今何時だと思ってるんだ!” と怒鳴られたら最悪である。
電話もメールもできないとなると、もう以心伝心で、相手が向こうから逢いに来てくれるのを待つしかない。これがまたじれったい。曲が違うが「♪信じることさ 必ず愛は勝つ」だ。そしてもし逢うことが叶ったら「♪こわれるほど 君のこと抱きしめてたい」。この “こわれるほど” がまたKAN節だ。逢えない時ほど思いは募る。“もう絶対に、君を離さないぞ!” と叫びながらギュッと抱き締めたい、そんな切ない思いがひしひしと伝わって来る。
そもそも愛は無償の行為だ。自分のことをもっともっと愛してもらいたい、と思うのであれば、まずは自分が相手を真摯に愛し、信じること。KANは曲の中でそれを愚直に実行している。だから平易な言葉しか使っていないのに、歌詞がいちいち刺さるのだ。
KANが書く主人公は優しくて不器用。人一倍繊細で、とっても傷つきやすい
2番も同様に、相手への熱い思いが飾りのない言葉でストレートに語られる。この曲で私がいちばん心に沁みるのが、このパートである。
遠い遠い昔に二人同じ世界に生まれたように
きっと重なりあう偶然に気づかぬうちに
守られてる そう信じていよう
このロマンティスト!(笑) はるか昔、前世から2人は赤い糸で結ばれていて、だから僕たちの愛は重なり合う偶然(=神)に守られている。“そう信じていよう” というのが実にKANっぽい。そして締めのフレーズはこうだ。
そしてこの想いが二人に於いて永遠なら
すべては君のため すべてはぼくのため
声も許さぬほど 君のこと抱きしめてたい
すべての憂鬱にさよならするために
「♪こわれるほど」じゃ満足できず「♪声も許さぬほど 君のこと抱きしめてたい」である。“○○クン、そんなにギュッとしちゃ痛いよ〜” と言えないぐらい強く抱きしめるって、肋骨が折れちゃうだろ(笑)。これもめっちゃKAN節だ。KANが書く主人公は、ごくごく普通のどこにでもいる男性で、優しくて不器用。人一倍繊細で、とっても傷つきやすい。でもここぞ、というときには侠気(おとこぎ)を見せる。そこがイイのよ。
生涯ピアノ・マンを体現した「すべての悲しみにさよならするために」
そして、何の変哲もない言葉だけで、ここまで心に沁みる曲を書くことができるKANのソングライティング能力には改めて舌を巻く。曲についても、パッと聴いた感じはそんなに複雑に聴こえないんだけれど、実は曲構成やコード進行など細部に緻密な計算が施されていたりするのだ。この「すべての悲しみにさよならするために」も要所でディミニッシュ(dim)コードや分数コードがアクセントに使用されていて、かなり計算されて作られた曲だ。
“KANの曲って、簡単そうに見えて、いざ弾いてみるとメチャクチャ難しかったりするんだよね” と、あるキーボーディストが言っていたけれど、本人はライブでサラッと弾いてしまう。音楽の入口がクラシックだったから、基礎がしっかりしているのだ。それでいてテクニシャンに見えないところが、またKANっぽいんだよなぁ。ーー KANは「Songwriter」(1997年)という自伝的な曲の中で、こう歌っている。
I’m a songwriter ピアノをたたき
繰り返す表現のみが唯一存在の意義です
“生涯ピアノ・マン 。まさにそれを体現した曲が、この「すべての悲しみにさよならするために」であり、そしてこの曲は、晩秋から初冬にかけてのこの時期だからこそ、余計に心に沁みる。気弱だけど一途で純粋な、永遠の少年がそこにいる。