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北国の“小さな空港”の利用者数をV字回復させた職員の奮闘

スタジオパーソル

北海道の玄関口として有名なのは「新千歳空港」。しかし、札幌市街から車で約20分という好立地に、「丘珠(おかだま)空港」という小さな空港があることはあまり知られていません。その広さは103ヘクタールと、羽田空港の約15分の1。発着地の中に東京はなく、函館、釧路、女満別、利尻島、奥尻島、青森、長野、静岡、愛知……とややマニアックです。

この丘珠空港で今、小さな空港だからこそできるおもてなしが人びとの心を惹きつけています。たとえば、丘珠空港のみから飛んでいるHAC(北海道エアシステム)の客室乗務員による手書きメッセージ入りキャンディの提供や、空港内に展示されている、パイロット自作の飛行機プラモデル。

空港利用者数は創業から長らく年間約35万人と横ばいでしたが、2010年に約13万人まで落ち込み、徐々に回復するも2020年のパンデミックで再び激減。

ところが現在、利用者数がV字回復し、バブル期とほぼ同等の年間32万人以上が丘珠空港を利用するようになりました。いったいなぜなのでしょうか?その裏側にあるスタッフたちの奮闘や、個々のアイデアに迫ります。

乗客は減っても「来港客」を増やす

総務課の菅原さんは子どものころから大の「空港好き」で、丘珠空港の持つポテンシャルに惹かれて入社しました。

「新千歳空港が札幌駅から車で1時間弱かかるのに対して、丘珠空港は20分。利便性が高い=将来的な伸びしろがあると当時から考えてきましたが、実際に今、就航路線が増え、利用してくださる方も増えたのがうれしいですね」

総務部ではたらいて29年目。広報業務をはじめ、航空会社や行政機関との各調整を担当している

丘珠空港には、菅原さんが入社してから2度、苦難の時期がありました。1度目は2010年、ANAグループが不況のため丘珠空港から撤退し、新千歳空港へ全路線を移したときのことです。

「年間35万人、11,000人ほど訪れてくださっていたお客さまが3分の1に激減したわけですから、我々も必死になって、どうしたらお客さまが戻ってきてくださるのか?を考えました。そこで思いついた企画が、まずは丘珠空港を知っていただくための、発着地の名産品を売る産直市やロビーコンサートなどでした」

丘珠空港はアクセス抜群な立地にある一方で、一般市民にとっては、北海道内の移動なら「車」のほうが安くて手軽。「丘珠空港の存在は知っている。でも訪れたことはない」という人が大半で、当時の利用者のほとんどがビジネス客でした。

そのため、たとえ飛行機に乗ってもらえなくても、まずは空港に足を運んでもらうのが先決。菅原さんはそう考えました。ただたとえば、空港のロビーでコンサートを開こうと思っても、奏者を見つけるツテがありません。そこで菅原さんが足を運んだのは、区民センターでした。

「区民センターって、フラダンスやヨガなどいろいろなサークルの貼り紙がしてありますよね?それを見て窓口で尋ねると、発表の場がなくて困っている音楽サークルの方たちがいると知ったんです」

菅原さんは彼らをはじめ、プライベートで外食した先で偶然目にしたクラシック奏者にも声を掛けました。各地域の町内会に出向き、回覧板にコンサート開催のお知らせも入れてもらいました。この地道な声掛けが、思いもよらない成果を生みます。

2017年、ロビーコンサートについて当初予定していたのは、2カ月に1度の開催、かつ年間12グループが出演するというもの。にもかかわらず、2倍以上の30グループから応募があったのです。観客数も、初回こそ一桁に留まりましたが、4〜5回目には100席すべてが埋まり、立ち見客までが現れロビーは大盛況になりました。それだけではなく、町内会の回覧板を見た人から「私、フラダンスならできるわ」「中国民族楽器の二胡(にこ)なら弾けます」と連絡があり、フラダンスショーや二胡コンサートの開催につながっていきました。

「どの取り組みも、最初はたくさんのお客さまが来てくださる状況ではありませんでした。でも、空港関係者たちと協力して継続したことで、少しずつ認知度が上がっていったんです」

ところがコロナ禍で、上昇基調だった来客数がまたも減少。そこで動いたのが、丘珠空港からのみ就航している航空会社HAC(北海道エアシステム)のCAたちでした。

「小型プロペラ機」だからこそできるサービス

「もともと離陸後のスタンダードなサービスとして、バスケットに入れたキャンディを乗客の皆さんさまにお配りしていたのですが、コロナの流行を機に、不特定多数のお客さまが同じバスケットに手を入れることができなくなってしまいました。そんな中、CA全員で考えたのが、直筆のメッセージカードとキャンディを一緒に個包装したものを、お一人おひとりにお渡しする方法でした」(CA・菊地祐子さん)

HACのCAとして22年間はたらく、客室部部長 査察客室乗務員の菊地祐子さん

メッセージカードは乗客から好評で、飛行中に菊地さんが席へ伺った際「すごくいいね」と言われたり、「メッセージカードがうれしかった」という手紙がHAC本社へ届いたりしました。

「直筆だとどうしても書ける数に限界があるため、途中から18名のCAが一人1枚ずつメッセージを書いてカラーコピーする方法に切り替えましたが、一人のお客さまが同じメッセージを受け取ることがないよう、1カ月に一度新しく書き直しています。その時、季節感を盛り込むことも大切にしています」

菊地さんたちCAが工夫を凝らしたメッセージカードは、SNSでも、

「CAさんの手書きメッセージに心が温まった」「短いフライトだったが、メッセージ付きのキャンディが温かみを感じてうれしかった」

というコメントとともに話題になりました。

丘珠空港の魅力は「お客さまとの距離が近いこと」だと話す菊地さん。飛行機の機体が小さいため、乗客は歩いて乗り降りする

ちなみに、丘珠空港から飛ぶ飛行機は、私たちが普段、羽田空港のような主要空港で目にするそれとは少し異なります。大きな空港では「ジャンボジェット機」がメインで就航しますが、HACの飛行機はすべて「プロペラ機」です。

プロペラ機とはその名のとおり、主にプロペラの回る力を利用して飛ぶ飛行機のことです。ジェット機が定員数百人なのに対して、HACのプロペラ機は定員48人。CAは1フライトにつき一人しか乗りません。

「(目的地が道内なら片道3040分のため)1にうちに往復で乗ってくださるお客さまとは、行きと帰りの両方でご一緒することもあります。そうするとお客さまのお顔をすぐに覚えられますし、お客さまも『久しぶり!』と声を掛けてくださったりするんですね。『このお客さまはこれぐらいの時期に出張へ行かれるんだな』などと、お客さま一人ひとりの状況をしっかりと把握できるのは、全国規模の就航ではできないことですので、乗務していてもすごく楽しいです」

“ファン”と協力する空港

お客さまとの距離が近いのは、CAだけではありません。歩いて乗り降りする乗客に、操縦席からパイロットが手を振り続ける姿は、丘珠空港ならではの名物です。

HACのパイロット・小林啓良機長は、パイロット歴約30年。JAC(日本エアコミューター)、スターフライヤー、ピーチ・アビエーション、エアアジアを経て、2018年にHACではたらくために札幌へやって来ました。

パイロットになる以前は消防士として活躍するなど、異色の経歴を持つ

幼いころからパイロットに憧れ、31歳でようやく夢をつかんだという機長の趣味は、「プラモデルづくり」。丘珠空港の2階ロビーには、小林機長がつくったジェット機やプロペラ機、ヘリコプターのプラモデルが22体(2023年3月時点)展示されています。単なるプラモデルではなく、乗客やCA、パイロットまでが忠実に再現され、中には「丘珠空港のジオラマ」と呼べるような作品もあります。

「飛行機マニアの方や子どもさんが立ち止まって見てくださるのもうれしいですが、何よりも自分が一番喜んでいるかもしれません(笑)」と笑う機長
飛行機本体はキットを使っているが、乗客やCA、操縦席のパイロット、階段などは小林機長のお手製。その精巧さに、取材時も数人の利用客が見入ったり写真を撮ったりしていた

「もしかして、あの飛行機に乗っていた機長さんですか?」

取材時にロビーの窓からプロペラ機を眺めていた男性にそう声を掛けられ、小林機長は穏やかな笑顔で応えます。一日6フライトをこなす日もあるほど多忙なスケジュールですが、フライトが早く終わった日にはロビーに顔を出し、プラモデルを眺める子どもたちや利用客と交流しているそうです。

「プラモデルは小学生時代から好きだったものの、ブームが去るにつれていつの間にかやめてしまっていました。航空業界に入ってからは忙しい日々が続いていましたが、ある時『自分が今乗っている、ずっと憧れてきた飛行機を形にして残したい』と思うようになったんですよね。それで、自宅でつくったものを趣味で他所の展示会に出していたら、それを知った丘珠空港のファンの方々が、空港内にも展示してほしいと要望してくださったんです」

小林機長の言う「丘珠空港ファン」とは、空港に定期的に出入りしているという10名前後の航空ファンのこと。彼らは小林機長のプラモデル展示のサポートをはじめ、空港エントランスの雪像づくりなどにも協力しています。

「こぢんまりとした空港だからでしょうか、何かにつけてフレンドリーな雰囲気がありますね。スタッフ間もそうですし、お客さまともほとんどお顔見知りになります。大きな空港にいたころは、朝の時間帯なんかはとくに大混雑で、お客さまと会話するなんて夢のまた夢でしたから」

丘珠空港にしかない、3つの“引力”

菅原さんは、入社1年目の時から日本全国の小規模空港を回り、丘珠空港にも取り入れられるアイデアがないか参考にしてきました。駐車場やエントランスの雰囲気、トイレの管理方法、ロビーの色使い、お客さまの動線……。「空港ってやはりその地域の“顔”なので、地域の特色が出されていたりと、しつらえも空港によって多種多様なんです」

丘珠空港から飛べるのはかつて北海道内の地域のみでしたが、2013年のHAC青森三沢線を皮切りに、2016年にはFDA(フジドリームエアラインズ)が参入し、信州松本線と静岡線が新規就航しました。2023年3月以降は名古屋小牧線が、6月にはトキエアの新潟線が就航予定です。本州への便を利用するのはビジネス客ではなく、大抵が観光客です。

3名のスタッフの話から分かったのは、丘珠空港にあるのは、「はたらく人の情熱」「人の温かさ」「家庭的なフレンドリーさ」の3つだということ。

「小さい空港なので、航空会社さんはもちろん、給油やセキュリティ会社の話、レストランの売店さんの話、清掃業者さんの話……横のつながりが濃くて、いろいろな情報がすぐに入ってくるんですね。スタッフ同士とお客さまとの距離感が近いのが、やはり、ここ丘珠空港の一番の魅力だと感じています」

(文・写真:原 由希奈 画像提供:札幌丘珠空港ビル株式会社)

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