サッカーから学んだ“本気”の楽しさを伝える ~大宮アルディージャ濱田水輝選手が挑むキャリア教育~
「何かに本気で取り組むことの素晴らしさを伝えたい」と語るのは、今季J3を制し、J2昇格を果たした大宮アルディージャに所属する濱田水輝選手(以下「濱田」)。濱田選手は、現役のJリーガーとして競技に取り組むだけでなく、セカンドキャリアを見据えた活動にも力を入れています。2024年の10月には、クラーク記念国際高等学校さいたまキャンパスの高校生を対象にキャリア授業を実施しました。
今回は、現役Jリーガーである濱田選手が、なぜセカンドキャリアを見据え、高校生への授業に取り組んだのか、その理由や想いについて伺いました。
サッカー人生を支える価値観は「本気で取り組む楽しさ」
ーーまずは濱田選手ご自身がサッカー選手というキャリアを目指すようになったきっかけについて教えてください。
濱田)僕がサッカーを始めたのは、幼稚園の年中のときです。4歳上の兄がサッカーをやっていて、その影響で始めました。最初は遊びの一環でしたが、それがとにかく楽しくて、小学校に入る頃には完全にサッカーが僕の日常の一部になっていました。特に「プロを目指そう」と決めた瞬間があったわけではありません。
いつの間にか「将来はプロサッカー選手になる」と言い、作文にも自然とそう書いていました。小学校時代はとにかく楽しいからサッカーをしていて、やればやるほど上達して、上達するほどさらに楽しくなる。そんなポジティブな循環があったからこそ、自然とサッカーにのめり込んでいきました。
ーー「楽しい」ということがサッカーを始めるきっかけになったのですね。
濱田)はい。最初は楽しいということが一番でした。しかし、10歳のときに父親の仕事の都合でアメリカに引っ越しました。最初に入ったチームは、試合よりも試合後のお菓子パーティーを楽しみにしているような雰囲気で、僕としては少し物足りなさを感じました。もっと真剣にサッカーをやりたいと思うようになりました。
その頃、メキシコ人の選手ばかりが所属するフットサルチームでプレーする機会を得ました。言葉の壁があって、スペイン語で会話するチームメイトたちには時折冷たくされたと感じることもありましたが、そんな環境の中でも「本気でプレーすることの楽しさ」を感じることができました。高いレベルで切磋琢磨する中での達成感や学びが、僕の中で大きな刺激になりました。
その経験を通じて、「楽しい」だけではなく、「本気で取り組む楽しさ」があることを知りました。これは、日本に帰国してからもずっと僕のサッカー人生を支える大切な価値観となっています。
高校生に自身の中学・高校時代の経験を語る濱田選手
コロナ禍で気づいたスポーツの価値と自分のミッション
ーー濱田選手がセカンドキャリアについて考えるようになったきっかけについて教えてください。
濱田)2019年の終わり頃は怪我が続き、「このままじゃ選手生活が終わるかもしれない」という危機感を強く感じていました。それでも翌年には「勝負の年だ」と気持ちを切り替え、全力で臨みました。しかし、2020年は開幕戦を終えた直後、コロナの影響でJリーグは中断し、試合や練習ができない日々が始まりました。
家に閉じこもり、ほとんど何もできない中で、僕は初めて「もしサッカーがなかったら、自分に何が残るんだろう?」ということを真剣に考えました。僕にとっては、まるで疑似引退のような時間でした。
さらに悔しかったのは、自分が全力で取り組んできた仕事が“不要不急”とされてしまったことです。しかし、その悔しさがスポーツの本当の価値について考えるきっかけにもなりました。
ーー濱田選手が考えるスポーツの価値とは何ですか?
濱田)僕が思うスポーツの価値は、観ている人が感情移入し、疑似体験を通じて感動を得られることです。その背景には、選手やチームが持つストーリーがあり、応援することで生まれる一体感があります。それが、ときに人の人生の活力となり、前を向く力をくれる。僕はその力をもっとたくさんの人に伝えたいと思うようになりました。この気づきがセカンドキャリアについて取り組むきっかけにもなりました。
自分らしい人生を歩むための4つの判断基準
ーー高校でキャリア実践の授業を行うことになった経緯を教えてください。
濱田)コロナ禍を経て「自分にできること」を見つめ直す中で、セカンドキャリアを見据え、高校生に対するキャリア教育にも挑戦してみたいと考えるようになりました。そんな想いを抱いていた際に、アスリートキャリア・コーディネーターであり、クラーク記念国際高等学校さいたまキャンパスで講師を務めている善福(ぜんぷく)さんからご連絡をいただきました。
そこから話が進み、今回の授業を担当する機会をいただきました。正直なところ、初めての経験だったため緊張しましたが、自分なりにテーマをしっかり考え抜き、準備を重ねました。
ーー授業をする中で大切にされたテーマはありますか?
濱田)僕が最も伝えたかったのは、「自分らしい人生を歩むための判断基準」についてです。小学生相手であれば、夢を持つことの大切さや、一生懸命取り組むことの重要性といった話が中心になりますが、高校生には、もう少し現実的な部分を含めた話が必要だと考えました。そのため、自分自身の経験をもとに、具体的なエピソードを交えてお話ししました。
特に大切にしたのは、「本当に楽しめるか」「本気になれるのか」「未来の理想の自分から逆算して考える」「自分で納得して決断する」という4つのポイントです。
最初の2つについては、僕自身の小学生時代の経験を例に挙げ、本気になることの楽しさを伝えました。そのうえで、判断をする際には、未来の自分の姿を想像して逆算すること、そして周囲の意見を参考にしつつも、最終的には自分自身で納得して決断することの重要性をお話ししました。
ーー授業中の生徒の様子はどうでしたか?
濱田)生徒たちには最初に「将来の夢」を書いてもらい、それを意識しながら僕の話を聞いてもらいました。授業中、僕の体感では「少し退屈そうだな」と感じる生徒もいました。しかし、授業後にアンケートを読んでみると、意外にも多くの生徒が真剣に自分の夢について考え、僕の話を参考にしてくれていたので、本当に嬉しかったです。
一方で、生徒たちとのコミュニケーションの取り方に課題を感じました。1時間目は僕が一方的に話す形式だったのですが、2時間目にフリートークを取り入れたところ、そこでは積極的に話してくれる生徒が多くいました。やはり、最初に距離を縮める工夫をすることが大事だと実感しました。
フリートークを通じて積極的にコミュニケーションを図ります
本気で取り組むことで、自分が思いもしなかった場所へ
ーー濱田選手が今回の取り組みを通して感じたことについて教えてください。
濱田)まずは、高校生に対して授業を行うという一歩を踏み出せたことを嬉しく思います。しかし、話し方や説明の仕方など、課題も多く見つかりました。正直なところ、僕よりも上手に話し、ポイントを整理して抽象化しながら具体的な話を盛り込むことができる人は、世の中にたくさんいると思います。
それでも、聞き手の立場からすると「プロサッカー選手が語る」ということ自体に価値があると思います。それこそが、アスリートとしての存在意義や価値だと思います。だからこそ、今回見つかった課題を一つひとつ克服しながら、今後の授業に取り組んでいきたいです。
ーー濱田選手が今後目指すことについて教えてください。
濱田)僕の今後の目標は、サッカーを軸にしつつ、教育や社会貢献活動を広げていくことです。特に、子どもたちに「何かに本気で取り組むことの素晴らしさ」を伝えたいです。さらに、将来的には企業の新人研修やチームビルディング研修にも挑戦したいと思っています。サッカー選手として培ってきた経験が、きっと社会の中でも役立つはずだと信じています。
コロナ禍に特に言われた「スポーツなんてなくても社会は回る」という意見は、たしかに一理あります。それでも僕は、スポーツには「人々に感動や勇気を与える力」があると信じています。その価値をもっと多くの人に伝えていきたいです。
生徒から贈呈された花束とともに記念撮影
ーーサッカーの競技面についてはどうでしょうか?
濱田)昨シーズンはJ3で優勝し、J2に昇格するということだけを目標に全力で取り組んできました。今シーズンも、自分に与えられたミッションを確実にクリアしていき、それがチームの結果につながれば本当に嬉しく思います。
サッカーへの想いについて言えば、僕は「サッカーに育てられた」と感じています。サッカーを通じて、多くの経験をし、多くの人と繋がり、人生を豊かにしてもらいました。だからこそ、今度は僕がサッカーを通じて何かを伝える番だと思っています。
「何かに本気で取り組むことで、自分が思いもしなかった場所にたどり着ける。」このメッセージを、これからもサッカーを通じて多くの人に伝えていきたいと考えています。
ーーありがとうございました。今後もピッチ内とピッチ外両面でのご活躍を楽しみにしております。