SHE’Sが3年ぶりの日比谷野音で示した、“これから”も続いていくバンドの姿
SHE’S Toward Blue 2024.6.15 日比谷公園野外大音楽堂
長く続けてきたバンド、長く愛されてきたバンドのライブは総じて、「そう、これこれ」という空気が充満している気がする。新しい作品が出ればもちろん演る曲は変わるし、ツアーごとライブごとにモードやコンセプトも変わる。それでも、なんとなく“いつもの”安心感を感じるのだ。実家の匂いのような、行きつけの飲食店の味のような、代え難い何か。SHE’Sが6月15日に日比谷野音で開催したワンマン『Toward Blue』は、その感覚をこれまで以上に感じるライブだった。
SHE’Sが日比谷野音のステージに立つのはこれで3回目。1回目は結成直後、『閃光ライオット』に出たときで、2回目は10周年イヤーだった3年前。前者はコンテストで対バンだし、後者はコロナ禍によって入場数や声出しに制限のあった時期なので、3度目にして初めて万全な状態のワンマンライブを迎えることとなった。チケットはソールドアウト。ステージから見て扇状に迫り上がる客席を立ち見エリアまでオーディエンスが埋める景色は「これぞ野音」という風情だ。
曇り空ではあるもののまだ陽の高い開演時刻。「The Everglow」から「Blue Thermal」、さらに「追い風」へという彼らのレパートリーの中でもトップクラスに爽やかな疾走感を味わえる楽曲からライブはスタートした。いずれもライブの中で山場を作れるタイプの曲だが出し惜しみは一切なし。場内から一斉に掲げられる手や鳴り響くクラップによってライブの勢いはみるみる加速。「Blue Thermal」の間奏で服部栞汰(Gt)が堂々たるギターソロを鳴らし切ってからの落ちサビで井上竜馬(Vo/Pf)がみせる艶っぽい低音ボイス、そこからオクターブ上で弾けるラスサビというダイナミックな展開など、とりわけ特別な演出をしているわけではなくても「かっこいいなぁ」「気持ちいいなぁ」という瞬間が連続して訪れる。
4曲目は「The World Lost You」が来た。木村雅人(Dr)の叩き出す駆り立てるようなビートに、真っ向からロック的アプローチの演奏を乗せる服部と広瀬臣吾(Ba)。骨格としてはエモの色が濃いが、そこへ井上がジブリ映画か何かで流れてもおかしくないくらいの煌めくピアノリフを乗せていくのがSHE’S流。昨秋リリースされた「No Gravity」はシャープで歯切れの良いアンサンブルで届け、井上はピンボーカルでファンクっぽいニュアンスをつけつつ、ステージを歩き回ったり据えられたベンチに腰掛けたりしながら歌唱。ちなみにこの日のステージにはベンチ以外にも海外の街並みを思わせるような背景(家々の窓から照明が照らすような仕掛けも)や電話ボックス、街灯(実際に光る)などのオブジェが並んでいたが、あくまで雰囲気づくりの一環といった具合で、ライブ自体にはストーリー要素や明確にコンセプトめいた内容はなくストレート。個人的にはそのバランス感が好みであった。
3年前の野音のタイトルが『Back In Blue』で、今回は『Toward Blue』。同じ“Blue”=青春やピュアさを想起させる言葉を掲げつつ、メンバーが30代に突入した今になって“戻る”から“目指す”へと変化したことについて、MCでは服部が「これからのSHE’Sを見せれるようなテーマ」なのだと言及。単にルーツや初期衝動に通じる音へと回帰するのではなく、新たにそこへアプローチするという意味合いだろうか、なんともワクワクさせるじゃないか。そんなMC後のブロックは、かなり懐かしい「フィルム」から。ピアノ弾き語りから始まり、エッジの効いたギターや文字通りボトムを支えるようなベース、切なさを帯びつつも力強い歌でじっくりと聴かせたあとは、SHE’Sの音楽性の主軸の一つであるUSテイストのポップス曲を連打していく。横に揺らしていくグルーヴや小気味良いフレージングで醸成した心地よい空間を、より一層祝福感に満ちたものとしたのは「Grow Old With Me」。地声域とファルセットをスムースに行き来させながら歌う、井上のエアリーなボーカルも素晴らしかった。
「特別な場所から、だんだんと安心する場所になっていけばいいよね」
野音についての想いとともに観客たちへの感謝を伝えた井上が、「そんな感謝の気持ちを……一切込めてない、憎しみの曲を(笑)」と紹介して「Ugly」をドロップ。ちょうど辺りも暗くなってきたところで繰り出したアダルトな打ち込み系のサウンドにシニカルな歌詞、赤や紫系統の照明なども手伝って場内はグッとディープな空気に包まれる。そこから一転して白系の強い光とともに鳴らされたのは、彼らのレパートリーでもトップクラスに真っ直ぐ聴く者を後押しする言葉が並ぶ「Your Song」だ。さらには“毎回やるわけじゃないけど決してスタメン落ちしない曲”であり長年人気曲であり続ける「Night Owl」、代表的なバラードソング「Letter」に「Ghost」と、「そう、これこれ!」が連発される時間が流れていった。
ライブも終盤に差し掛かったところで、木村が12年前の初野音の映像を見返したら年をとったことを実感した、という話から話題は「SHE'Sは若手なのか」「もう次世代扱いされるのは勘弁してほしい」という、世代的になんともリアルなトピックへ。そして井上が、再来年に迎えるデビュー10周年&結成15周年の節目に向けて走っていきたい、結成した頃は15年続くなんて思ってなかったけど、今は20年30年経ってもなんだかんだやってるのでは?と思う、とバンドへの想いを明かす。その心境はきっと、冒頭で書いたような“いつもの”安心感につながっているはずだ。SHE’Sはきっと自らの色やスタンスを自覚し、その先に未来の姿を描けるタームに入っているのだと思う。
現時点でのその最新形となるのが、抑えの効いた平歌部分からサビでスタジアムロック的な爆発力を発揮する「Kick Out」であり、本編最後に演奏された「Memories」だ。自分はずっと思い出に生かされていて思い出に救われてきたからこの曲を書いた。みんなにも思い出をいっぱい作ってほしいという願いを込めて。そんな井上の言葉とともに爽やかな響きをもったミドルテンポのサウンドと優しい歌声が場内を満たす。なお、9月にリリースを予定しているというニューアルバムも同タイトルとなるそうで、この曲もきっと彼らのキャリアにおける重要なピースとなっていくはずだ。
最初期から演奏され続けている「Voice」と、SHE’Sの音楽が聴き手にとってどうあってほしいか、という核心に迫るバラード「Amulet」が披露されたアンコール。井上はこんなことを言っていた。「俺たちは、なんとなくずっとやってるから、聴きたくなったら遊びに来てください。生きて会おうぜ」──。長く続ければ続けるほど、新たなファンやリスナーと出会っていくけれど、そのぶん離れていくことだってあるし、また戻ってくることもある。そのときバンドがどんなモードで、どんな曲を歌っていたとしても、40歳でも50歳でも、「あ、SHE’Sだ」と安心できる何かが、この日の彼らの音や立ち振る舞いからは自然と放たれていた。秋の新作もその後のツアーも、デビュー10周年もその先も、SHE'SはSHE'Sのまま進んでいく。
取材・文=風間大洋